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自粛ムードに違和感を覚えれば、時間を有効活用できる方法が見つかる話

今回の話は、外部からの自粛要請だけにはまったく限らない話です。

意識すれば何にでも広く通じる話です。

 

そもそも労働を語る上で休日は無駄な概念とまでは言いませんが不要な存在であり、

しかし目下社会では休日は一般化し、また、残念ながら

必ずしも休日が不要なレベルの職種のみとも限らないのはもちろん承知していますので

そういった議論は今回置いておくとします。

 

「自粛ムードに違和感」というと聞く人が聞けば非常に不愉快に感じる表現ですが、

私が言いたい「違和感」はそういった意味ではなく、

「自粛」が叫ばれて「普段と違う生活をしている自分」

から何かを感じ取れないか?ということです。

 

「なんか違うなぁ…」

と思った感覚は大切にするべきです。

自分を変えるには自分から行動しだす必要がありますが、

その制約条件に反して我々人間は根本的には怠惰に出来過ぎています。

その怠惰の元となっている要素として直感を抑え込む能力があります。

これは理性と呼ばれることが多いです。

 

何か新しいことに挑戦しようとする時、

「挑戦しようとして終わってしまう」人が多いのはある種自然なことです。

何かを始めることとは、総じて膨大なエネルギーが必要で、

エネルギーの確保には膨大な時間が必要なものだからです。

 

 

だからこそ、自粛が叫ばれ、家でいることが増える人ほど

どこかのタイミングで今の自分や環境や仕組みなどに対して

「違和感」を感じて、動き始めることさえできれば

新たな体験を重ねる可能性に恵まれるのです。

なぜなら、家にいることが増えるということは、基本的には

その分裁量的な作業が増えて、時間の確保に努めることができるからです。

また人によってはその滞在時間がまるまる自分の時間となる人もいるでしょう。

 

個々で事情が違うため、人生を豊かにするプロセスは異なります。

しかし、どんなに逆境だとしても、解決を図ることや、

「やってみる」という作業は誰しもが共通しています。

その成功率のカギは間違いなく「やり尽くすこと」が関係し、

そのためにはやはり時間をつぎ込む必要があります。

 

つまり、どうしようとも時間をかける必要性に迫られることは避けられず、

そこに立ち向かう勇気を携えて一歩踏み出したとして、

かけられる時間の有限性によっては

必ずしも解決までの道は歩めない場合があるということです。

 

ただし、注意すべきは解決までの道が歩めなかったとしても

止めてはならない点です。

機会というものは、来たるべき時に来て、うまくマッチングするようになっています。

今できなくとも、心の導火線を切るべきではありません。

 

時間の確保により、物理的に作業は頑張って続けて、

さらに日々トライアンドエラーを続け、

それでもどうしても様々な事情から物理的に作業ができなくても

普段の生活の中でもずっと考え続けて

常に新しい挑戦と隣り合わせなくらいがちょうどいいのです。

 

「自粛ムードに違和感を覚えれば、時間を有効活用できる」

として最も伝えたいことは、日々と異なる生活の中からどんなものでも

「違和感」が生まれたのならばそれを尊重し、

いつもより、「大量に時間を確保できる」状況を利用して

即一歩踏み込んで挑戦し、その違和感の正体を明確にして、

違う景色を覗いてみてほしいのです

 

 

時間を観念的なものとして捉えると我々のような質量的な存在が立ち向かうためには

スピードで上回ることが一つ解決手段として機能してくれるのではないかと

私は楽観して考えることもあります。

 

また時間を消費者として立ち振る舞ううちは、

存在としての「時間」が優位に立つ構図になります。

 

この段階を卒業できないのであれば

時間を有効活用するための方法論は意味を成しません。

 

しかし、

意思決定一つで状況を変えていけることは

時間に対しても影響の範囲内であることは間違いないでしょう。

どのようにして意思を強く発揮するかが大事になり、

そういった自問自答や根本的疑問をも今回の自粛要請でできた「時間」で

それぞれが気づき、新世界を創造できれば

これを執筆した私としてもとても嬉しく思います。

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