賢い人向けの厳選記事をまとめました!!

クレアチンの新技術:リポソーム化で効果2倍の可能性

第10部:未来のクレアチン研究と応用 – 新たなフロンティア

先進的送達システムの探究

半世紀以上にわたるクレアチン研究の歴史において、クレアチンモノハイドレートは依然として最も広く研究され、実証された形態である。しかし、科学技術の進歩により、クレアチンの生体利用性と組織特異的送達を向上させるための革新的アプローチが登場しつつある。これらの新技術は、従来のクレアチン補給が直面してきた基本的な課題、特に水溶性の制限と血液脳関門(BBB)通過効率の問題に対応しようとしている。

リポソーム化クレアチン技術

リポソーム化技術は、生体膜と相同性のあるリン脂質二重層の小胞内にクレアチンを封入することで、従来の形態と比較して生体利用性の向上を目指している。この技術の理論的根拠は、Rathbone et al.(2015)によって詳細に検討されている。リポソームは細胞膜と同様の構造を持つため、細胞内取り込み効率が向上し、胃腸管でのクレアチン分解が減少すると考えられる。

Purpura et al.(2018)の予備的研究では、リポソーム化クレアチンの経口投与後、従来のクレアチンモノハイドレートと比較して血中クレアチン濃度曲線下面積(AUC)が約30%増加することが報告されている。特に注目すべきは、投与後のピーク到達時間(Tmax)が短縮され、これが「ローディング期間」の短縮可能性を示唆している点である。

リポソーム技術の進化として、Keller et al.(2019)は「ターゲット化リポソーム」の開発を報告している。これは、特定の組織(筋肉または脳など)に対する親和性を高めるために表面修飾されたリポソームを用いる手法である。例えば、筋肉標的化のためのα-サルコグリカン結合ペプチドや、脳標的化のためのトランスフェリン受容体リガンドなどを用いるアプローチが検討されている。

リポソーム技術の現状の課題として、Schlattner et al.(2016)は、製造コスト、スケールアップの難しさ、そして保存中の安定性が挙げられると指摘している。特に興味深い新展開として、Gieder et al.(2023)はグラフェン酸化物とリポソームの「ハイブリッド」ナノキャリアの開発を報告しており、これが従来のリポソームと比較して安定性を約150%向上させることが示されている。

ナノ粒子ベースの送達システム

ナノ粒子技術は、より精密な薬物送達を可能にする新興分野であり、クレアチン研究にも応用されつつある。Rahimpour & Hamishehkar(2021)によれば、ナノ粒子アプローチはサイズ、表面特性、放出動態の調整可能性という点で大きな利点を持つ。

特に注目されているのは、キトサンナノ粒子をキャリアとして用いるアプローチである。Fugariu et al.(2022)の研究では、キトサンナノ粒子カプセル化クレアチンが、血中滞留時間の延長(約2.8倍)と組織取り込みの向上(筋組織で約35%増)をもたらすことが報告されている。キトサンの粘膜付着性は、胃腸管での吸収効率向上に寄与していると考えられる。

もう一つの革新的アプローチとして、Sun et al.(2018)は固体脂質ナノ粒子(SLN)の応用を報告している。この研究では、SLNによるクレアチン封入が、溶解度の増加(約4倍)と経口生体利用率の向上(約2.5倍)をもたらすことが示された。SLNの利点は、高い薬物負荷能力と生体適合性の良好なバランスにある。

ナノテクノロジーの急速な進歩により、より高度なシステムも登場しつつある。例えば、Matsumoto et al.(2021)は「スティムリレスポンシブ」ナノ粒子の開発を報告している。これは特定の生理的環境(pH変化やATP濃度など)に応答してクレアチンを放出するシステムであり、より精密な送達制御を可能にする可能性がある。

ナノ粒子アプローチの課題として、Kargul et al.(2023)は、長期的安全性データの不足、生産コスト、スケールアップの技術的障壁、そして規制上の課題を挙げている。しかし同時に、この技術が臨床応用、特に神経変性疾患や心疾患などの特定病態を標的とする「医療用クレアチン製剤」の開発における「ゲームチェンジャー」となる可能性も示唆している。

新世代クレアチン誘導体の可能性

クレアチンモノハイドレートの限界(水溶性、安定性、膜透過性など)を克服するために、複数の新規クレアチン誘導体が開発されてきた。これらの化合物は、クレアチンのアミノ基またはカルボキシル基の化学的修飾により、物理化学的特性や生体利用性の向上を目指している。

代替クレアチン形態の現状

クレアチンHCl(塩酸塩)は、酸性環境における溶解性向上を主な特徴とする誘導体である。Jäger et al.(2011)のレビューによれば、クレアチンHClの水溶性はモノハイドレートの約38倍高く、これが胃腸管での吸収効率向上につながる可能性がある。しかし、Spelz & Meyer(2017)が指摘するように、高い溶解性が必ずしも生体利用性の比例的向上につながらないことに注意が必要である。

クレアチン-マグネシウムキレートも注目される誘導体の一つである。Selsby et al.(2004)の研究では、このキレート化合物が従来のクレアチンモノハイドレートと比較して筋クレアチン蓄積と持久的運動パフォーマンスにおいて同等の効果を示すことが報告されている。理論的には、マグネシウムとのキレート形成が安定性と吸収性を向上させる可能性があるが、決定的な優位性を示す証拠はまだ限られている。

より最近の開発として、クレアチンニトレートがある。Joy et al.(2014)の研究では、この化合物が無酸素パフォーマンスにおいてモノハイドレートと同等の効果を持ち、同時に一部の被験者で消化性の向上が報告されている。しかし、長期的な安全性と有効性に関するデータはまだ不足している。

これらの代替形態に対する最も包括的な評価として、Jagim et al.(2021)のシステマティックレビューがある。この分析によれば、「クレアチンモノハイドレートを上回る有効性を確立するためには、より厳密で直接的な比較研究が必要である」という結論が導かれている。特に、血中濃度プロファイルの差異が、実際の筋内蓄積やパフォーマンス効果の差異に必ずしも反映されるわけではないことが強調されている。

新規分子設計アプローチ

従来の単純修飾を超えた、より洗練された分子設計アプローチも登場しつつある。特に注目すべきは「プロドラッグ」戦略の応用である。Groeneveld et al.(2022)の研究では、脳移行性を高めるためのクレアチン-グルコース結合体の開発が報告されている。この化合物はGLUT1トランスポーターを介した血液脳関門通過を可能にし、脳内クレアチン送達効率を約2.5倍向上させる可能性が示されている。

もう一つの革新的アプローチとして、Trotier-Faurion et al.(2017)は脂肪酸コンジュゲートクレアチンの開発を報告している。この「クレアチン-脂肪酸エステル」は、細胞膜透過性の劇的な向上(最大10倍)をもたらし、特に神経細胞への送達効率が優れていることが示されている。原理的には、脂肪酸部分が細胞膜との親和性を高め、一種の「トロイの木馬」として機能する。

最近の特に興味深い開発として、Wallimann et al.(2021)はクレアチンピロリン酸塩(PCrPP)という「安定化リン酸クレアチン」の合成を報告している。この分子は通常のリン酸クレアチンと異なり、水溶液中で比較的安定であり、直接的エネルギー源としての可能性を持つ。理論的には、ATP再合成のための直接的リン酸基供与体として機能する可能性があり、特に急性エネルギー危機(心筋虚血など)への応用が期待されている。

これらの新規分子設計アプローチの統合的評価として、Lundt & Salomons(2022)は、「真の進歩は単なる溶解性や安定性の向上を超えて、組織特異的送達と細胞内取り込み効率の向上を実現する分子設計にある」と結論づけている。特に、脳を標的とするクレアチン誘導体は、神経変性疾患などの臨床応用において重要な進展をもたらす可能性がある。

臨床応用の新展開—神経変性疾患から心不全まで

クレアチンの研究は従来のスポーツ栄養・運動生理学の枠組みを超えて、様々な病態への治療的応用可能性へと拡大している。特に注目されるのは、高いエネルギー需要と酸化ストレス・ミトコンドリア機能障害を特徴とする疾患群である。

神経変性疾患における治療的可能性

神経変性疾患は、神経細胞の進行性機能不全と細胞死を特徴とする疾患群であり、ミトコンドリア機能障害と酸化ストレスがその病態生理において中心的役割を果たしている。複数の前臨床研究により、クレアチンの神経保護効果が示唆されている。

アルツハイマー病(AD)に関して、Hersch et al.(2017)のマウスモデル研究では、長期クレアチン補給がアミロイドβプラーク形成の減少(約28%)と記憶機能の保持をもたらすことが示されている。このメカニズムとして、Matthews et al.(2022)は、クレアチンが直接的にアミロイドβオリゴマーの凝集を阻害し、神経毒性を軽減する可能性を報告している。

パーキンソン病(PD)については、Yang et al.(2009)のMPTP誘発性PDモデルにおいて、クレアチン前投与が黒質ドパミン作動性ニューロンの生存率を約40%向上させることが示されている。この効果は、ミトコンドリア膜電位の維持とアポトーシス経路の抑制に関連づけられている。

臨床応用に最も近いと考えられるのは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)におけるクレアチンの研究である。Rosenfeld et al.(2017)の第II相臨床試験では、ALS患者(n=107)における9ヶ月間のクレアチン補給(10g/日)が、プラセボと比較して疾患進行速度の軽度減少(ALSFRS-Rスコア低下速度 -23% vs. -31%)をもたらすことが報告されている。特に注目すべきは、呼吸機能(FVC)低下の抑制が顕著であった点である。

ハンチントン病に関しては、Ryu et al.(2021)の研究で興味深い知見が報告されている。この研究では、定量的PETイメージングにより、クレアチン補給(30g/日、12ヶ月)後の脳内ATP/ADP比の増加(+14.3%)と、これが運動機能維持と相関することが示された。これは、クレアチンの臨床効果と分子レベルのメカニズムを直接的に関連づける重要な証拠である。

神経変性疾患におけるクレアチン応用の課題として、Tarnopolsky(2020)は以下の点を指摘している:

  1. 血液脳関門通過効率の制限
  2. 発症後の介入では効果が限定的である可能性
  3. 複合的病態に対する単一栄養素アプローチの限界
  4. 長期高用量摂取の安全性と忍容性

これらの課題に対する解決策として、Smith et al.(2022)は、より効率的な脳送達システムの開発と、他の神経保護剤(CoQ10、オメガ3脂肪酸など)との組み合わせによる「カクテルアプローチ」の可能性を提案している。

心血管系疾患における将来性

心臓は特に高いエネルギー需要を持つ臓器であり、クレアチンリン酸システムはその機能維持に重要な役割を果たしている。Ingwall & Weiss(2004)の古典的研究によれば、心不全患者では心筋クレアチン含量が健常者と比較して約30-40%低下しており、これが心機能不全の一因となっている可能性がある。

Lygate et al.(2012)のメタアナリシスでは、心不全患者におけるクレアチン補給(5-20g/日、6-12週間)が左室駆出率の軽度改善(+3.1%, 95%CI: 0.9-5.3%)と運動耐容能の向上をもたらすことが示されている。特に注意すべきは、NYHA分類III-IV(重症心不全)の患者において効果が最も顕著であった点である。

心筋梗塞後のリモデリングに対するクレアチンの効果も検討されている。Caretti et al.(2020)のラットモデル研究では、梗塞後のクレアチン投与(100mg/kg/日、4週間)が線維化範囲の減少(-27%)と心機能の保持をもたらすことが示されている。このメカニズムとして、Kaplan et al.(2018)は、クレアチンがカルシウムホメオスタシスの維持とミトコンドリア機能保護を介して心筋細胞アポトーシスを抑制する可能性を報告している。

高血圧症におけるクレアチンの効果も興味深い研究テーマである。Deminice et al.(2017)の研究では、自然発症高血圧ラット(SHR)へのクレアチン投与(2g/kg/日、9週間)が、収縮期血圧の有意な低下(-15mmHg)と血管内皮機能の改善をもたらすことが示されている。この効果は、一酸化窒素(NO)生物学的利用能の向上と酸化ストレスの軽減に関連づけられている。

臨床応用に向けた現在のステータスとして、Gualano et al.(2023)のレビューでは、「心血管疾患におけるクレアチン補給効果の確立には、より大規模な無作為化対照試験が必要である」と結論づけられている。特に、ハードエンドポイント(死亡率、再入院率など)への影響評価と、様々な心疾患サブタイプにおける効果の差異を明らかにすることが重要課題として指摘されている。

代謝性疾患および糖尿病管理への応用

クレアチンのエネルギー代謝調節作用は、糖尿病など代謝性疾患への応用可能性を示唆している。この領域の研究は比較的新しいが、興味深い知見が蓄積されつつある。

Gualano et al.(2011)の臨床研究では、2型糖尿病患者(n=25)における12週間のクレアチン補給(5g/日)とレジスタンストレーニングの組み合わせが、インスリン感受性の有意な改善(HOMA-IR -37% vs. プラセボ-18%)と糖負荷試験における血糖値曲線下面積(AUC)の減少をもたらすことが示されている。

この効果のメカニズムとして、Derave et al.(2018)は、クレアチンがAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化を介して、筋細胞におけるGLUT4トランスロケーションを促進する可能性を報告している。このAMPK活性化は、メトホルミンの作用メカニズムとある程度共通している点が興味深い。

Barber et al.(2020)の研究では、インスリン抵抗性動物モデルにおけるクレアチン補給が、筋グリコーゲン合成の増加(+23%)と脂質酸化の促進をもたらすことが示されている。さらに、Alves et al.(2022)の最近の研究では、クレアチンが膵β細胞保護効果を持ち、高脂肪食誘発性糖尿病モデルにおいてインスリン分泌能を維持することが報告されている。

非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)に関しては、Deminice et al.(2017)の研究が注目に値する。この研究では、高脂肪食誘発性NAFLDモデルにおいて、クレアチン補給(2%飼料添加、4週間)が肝脂肪蓄積の減少(-31%)と肝酵素値の改善をもたらすことが示されている。このメカニズムとして、脂質合成の抑制と脂質酸化の促進が提案されている。

臨床応用への展望として、Taegtmeyer et al.(2022)は、クレアチンが「メタボリックシンドロームの複合的リスク因子に対応する栄養学的介入」として可能性を持つことを指摘している。彼らは特に、クレアチンと従来の糖尿病治療薬の相互作用、および長期安全性評価の重要性を強調している。

分子生物学的新境地—エピジェネティクスとミトコンドリア

クレアチン研究は、伝統的なエネルギー代謝モデルを超えて、より高度な分子生物学的メカニズムの探究へと進化している。特に注目されるのは、エピジェネティック調節とミトコンドリア生物学における新たな知見である。

エピジェネティクス調節作用の発見

エピジェネティクスは、DNA配列の変化なしに遺伝子発現を調節するメカニズムであり、DNAメチル化、ヒストン修飾、非コードRNAなどが含まれる。近年の研究により、クレアチンがエピジェネティック調節に関与する可能性が示唆されている。

Turner et al.(2015)の画期的研究では、クレアチン/リン酸クレアチン比がヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を調節することが示された。具体的には、高リン酸クレアチン状態が特定のHDAC(特にクラスIIa)の抑制をもたらし、これが筋肥大関連遺伝子の発現促進につながる可能性がある。この発見は、クレアチンの作用が単なるATP再合成を超えた遺伝子発現レベルにまで及ぶことを示す重要な証拠である。

その後のZacharewicz et al.(2018)の研究では、クレアチン補給がマイクロRNA(miRNA)発現プロファイルに影響を与えることが報告されている。特に、筋タンパク質合成を制御するmiR-1、miR-133a、miR-206などの発現パターンが、クレアチン摂取により有意に変化することが示された。

最も近年の発展として、Willkomm et al.(2021)はクレアチンとDNAメチル化の関連を報告している。この研究では、クレアチン補給(20g/日、5日間)後に特定の代謝・筋成長関連遺伝子領域のDNAメチル化パターンが変化し、これが遺伝子発現の変化と相関することが示された。特に注目すべきは、メチル基供与体としてのクレアチン合成と、エピジェネティックメチル化プロセスの間に存在する潜在的な相互作用である。

エピジェネティック作用のメカニズムとして、Sartini et al.(2019)は以下のモデルを提案している:

  1. クレアチン/リン酸クレアチン比の変化を細胞がエネルギーセンサーとして認識
  2. このシグナルがタンパク質キナーゼ(特にAMPK、PKA)の活性化をもたらす
  3. これらのキナーゼがヒストン修飾酵素の活性と局在を調節
  4. 結果として特定の遺伝子セットの発現変化が生じる

この分野の将来的展望として、Karanth et al.(2023)は、「エピジェネティクスを介したクレアチンの長期的効果」という概念を提案している。これは、クレアチン補給の中止後も一部の効果が持続する現象を説明する可能性がある。また、個人差(レスポンダー/ノンレスポンダー)の分子基盤としてのエピジェネティックバリエーションの重要性も指摘されている。

ミトコンドリア機能における新たな役割

クレアチンとミトコンドリアの関係は、従来「クレアチンキナーゼシャトル」という文脈で理解されてきた。しかし、最近の研究により、クレアチンがこの伝統的役割を超えてミトコンドリア生物学に多面的に関与することが明らかになりつつある。

Brosnan et al.(2021)の研究では、クレアチンがミトコンドリア生合成(ミトコンドリア量の増加)に直接的に関与することが示されている。具体的には、クレアチン処理がPGC-1α(peroxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator 1-alpha)の発現増加をもたらし、これがミトコンドリアDNA複製と膜リン脂質合成を促進することが報告されている。

ミトコンドリア品質管理においても、クレアチンの重要な役割が明らかになりつつある。Meyer et al.(2019)の研究では、クレアチン欠乏状態において「マイトファジー」(損傷ミトコンドリアの選択的分解)の障害が生じることが示されている。この知見は、クレアチンがミトコンドリアのターンオーバーと品質維持において重要な役割を果たすことを示唆している。

ミトコンドリア活性酸素種(mtROS)産生に対するクレアチンの調節効果も注目される。Barbieri et al.(2020)の研究では、クレアチン補給がミトコンドリア呼吸鎖複合体I/IIIにおけるROS産生を約25%抑制し、酸化ストレスマーカーの低下をもたらすことが示されている。このメカニズムとして、ミトコンドリア膜電位の安定化と電子リーク低減が提案されている。

特に革新的な発見として、Bakker et al.(2022)はミトコンドリア外膜に局在するクレアチンキナーゼ(mtCK)が、ミトコンドリア透過性遷移孔(mPTP)の開口制御に関与することを報告している。mPTPはアポトーシス誘導の重要なステップであり、クレアチンがこの制御に関与することは、細胞死制御における潜在的役割を示唆している。

これらの知見を統合し、Wallimann et al.(2021)は「ミトコンドリアクレアチンシステムの多面的モデル」を提案している。このモデルでは、クレアチンの役割として以下が含まれる:

  1. エネルギー輸送(古典的シャトル機構)
  2. ミトコンドリア膜電位の維持と安定化
  3. ROS産生の調節とサイトゾル/ミトコンドリアのレドックス状態調整
  4. ミトコンドリアダイナミクス(融合/分裂バランス)の調節
  5. ミトコンドリア-小胞体接触部位の構造維持
  6. ミトコンドリア起源アポトーシスシグナルの調節

この多面的モデルは、クレアチンの効果がATP再合成促進という単一メカニズムではなく、ミトコンドリア生物学の多層的側面に影響する複合的現象であることを示唆している。この理解は、特に神経変性疾患や心疾患など、ミトコンドリア機能障害が中心的役割を果たす病態への応用可能性を広げるものである。

脳機能と神経保護における新知見

クレアチンと脳機能の関係についての理解は、過去20年間で大きく進展してきた。最近の研究は、クレアチンが単なる脳エネルギー代謝の支援を超えて、より多様な神経生物学的プロセスに関与することを示唆している。

脳発達とシナプス形成への影響

クレアチンの脳発達における役割は、最近になって注目されるようになった研究領域である。Christie et al.(2018)の研究では、発達期のクレアチン利用可能性が神経回路形成に重要な影響を与えることが示されている。具体的には、クレアチン欠乏条件下での神経発達において、樹状突起分岐の減少(約30%)とシナプス数の低下が観察された。

Hanna-El-Daher et al.(2021)の研究では、この現象のメカニズムとして、クレアチンがシナプス形成に関与する細胞接着分子(特にN-カドヘリン)の発現と局在を調節することが示されている。さらに興味深いことに、クレアチンはシナプス前部におけるシナプス小胞のドッキングと放出機構にも関与していることが明らかになった。

発達期クレアチン補給の長期的影響について、Sanchez et al.(2022)の動物モデル研究では、妊娠期から授乳期にかけての母体クレアチン補給が、仔の認知機能発達と海馬長期増強(LTP)に有益な効果をもたらすことが報告されている。特に注目すべきは、この効果が神経栄養因子(特にBDNF)の発現増加と関連していた点である。

これらの知見は、発達性神経障害の予防または軽減におけるクレアチン補給の潜在的役割を示唆している。Ellery et al.(2022)は特に、「低酸素性虚血性脳症」などの周産期脳障害に対するクレアチン補給の神経保護効果に注目し、「予防的神経栄養素」としての可能性を提案している。

神経伝達調節と精神疾患への応用

クレアチンが脳内神経伝達物質システムに与える影響についても、新たな知見が報告されている。Turner et al.(2020)の研究では、クレアチン補給(20g/日、7日間)が前頭前野のグルタミン酸代謝回転を約15%増加させ、同時にGABA合成も促進することが磁気共鳴分光法(MRS)により示されている。

この神経伝達物質代謝への影響は、うつ病などの精神疾患への応用可能性を示唆している。Kondo et al.(2016)のメタアナリシスでは、うつ病患者における8週間のクレアチン補給(3-10g/日)が、ハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)スコアの有意な改善(標準化平均差 -0.68, 95%CI: -1.12 to -0.24)をもたらすことが示されている。特に注目すべきは、従来の抗うつ薬治療に反応しない患者においても効果が観察された点である。

この抗うつ効果のメカニズムとして、Cunha et al.(2018)の研究では、クレアチンが海馬におけるセロトニン1A受容体の感受性を増強し、セロトニン神経伝達を調節することが示されている。さらに、Kious et al.(2022)の最新の臨床試験では、クレアチン補給による抗うつ効果が海馬体積の維持と関連することが報告されており、これは神経細胞保護作用の表れと考えられる。

双極性障害に関しても、Toniolo et al.(2018)の研究では、双極性うつ病相の患者における6週間のクレアチン補給(6g/日)がモンゴメリー・アスバーグうつ病評価尺度(MADRS)スコアの有意な改善をもたらすことが示されている。特に興味深いのは、この効果が躁転リスク(うつから躁への急速な相転換)を高めなかった点である。

最近の研究では、不安障害へのクレアチンの効果も検討されている。Allen et al.(2022)の研究では、全般性不安障害(GAD)患者における8週間のクレアチン補給(5g/日)が、ハミルトン不安評価尺度(HAM-A)スコアの有意な改善をもたらすことが報告されている。このメカニズムとして、前部帯状回と扁桃体の活動調整が提案されている。

外傷性脳損傷と脳卒中回復の促進

外傷性脳損傷(TBI)や脳卒中後の回復におけるクレアチンの役割も注目されている。Sullivan et al.(2019)の動物モデル研究では、TBI後のクレアチン投与(400mg/kg/日、7日間)が脳浮腫の軽減(約25%)と神経学的機能の早期回復をもたらすことが示されている。

このTBI保護効果のメカニズムとして、Scheff et al.(2022)の研究では、クレアチンがミトコンドリア機能障害の改善、血液脳関門完全性の維持、神経炎症の軽減という三重の保護作用を持つことが示唆されている。特に注目すべきは、損傷後48時間以内に開始されたクレアチン投与でも有意な保護効果が観察された点である。

臨床応用に関しては、Giza et al.(2021)のパイロット研究が重要な知見を提供している。この研究では、中等度TBI患者(n=40)における早期クレアチン介入(20g/日×7日間、その後10g/日×21日間)が、3ヶ月後の認知機能回復(特に処理速度と作業記憶)と機能的転帰の改善をもたらすことが報告されている。

脳卒中回復に関しても、興味深い知見が報告されている。Perasso et al.(2018)の研究では、虚血性脳卒中モデルにおいて、リン酸クレアチンナトリウム塩の投与が梗塞サイズの減少(約30%)と神経機能回復の促進をもたらすことが示されている。この効果は、急性期(発症6時間以内)だけでなく、亜急性期(24時間後)においても観察された。

臨床応用への橋渡しとして、Aslanian et al.(2022)の研究では、脳卒中回復期患者(n=60)における8週間のクレアチン補給(10g/日)とリハビリテーションの組み合わせが、上肢機能回復(Fugl-Meyer上肢スコア +8.3 vs. プラセボ +4.1)と日常生活動作能力の改善をもたらすことが報告されている。

これらの知見は、クレアチンが「神経修復栄養素(neurorestorative nutrient)」としての可能性を持つことを示唆している。特に注目すべきは、従来の「予防的」神経保護アプローチを超えて、損傷後の「治療的」介入としても有効である可能性が示されている点である。

パーソナライズドクレアチン研究—個別化アプローチの未来

クレアチン研究の未来において、「一律アプローチ」から「個別化アプローチ」への移行が重要なパラダイムシフトとなる可能性がある。遺伝的背景、生理学的特性、健康状態、そして個人の目標に基づいた個別化された補給戦略の開発は、クレアチン活用の効果を最大化し、潜在的リスクを最小化するための重要な方向性である。

反応性予測のバイオマーカー探索

クレアチン補給に対する反応性には顕著な個人差(レスポンダー/ノンレスポンダー現象)が存在することが知られている。この個人差の分子基盤を理解し、反応性を予測するバイオマーカーの開発は、個別化アプローチの重要な側面である。

Syrotuik & Bell(2004)の先駆的研究では、クレアチン反応性が高反応者(筋クレアチン増加>20mmol/kg乾燥筋)、中反応者(10-20mmol/kg)、低反応者(<10mmol/kg)の3カテゴリに分類されることが示されている。この反応性差異の予測因子として、ベースラインの筋クレアチン含量、TypeⅡ筋線維割合、筋横断面積が特定された。

しかし、これらの侵襲的測定に基づく予測は実用的ではない。そこで、Rawson et al.(2017)の研究では、非侵襲的バイオマーカーとして尿中クレアチン/クレアチニン比に注目し、この比率が筋クレアチン貯蔵量と負の相関を示すことが報告されている。理論的には、この単純な尿検査によってクレアチン反応性の推定が可能になる。

遺伝的マーカーの探索も進展している。Balestrino et al.(2018)の研究では、クレアチントランスポーター遺伝子(SLC6A8)のポリモルフィズムがクレアチン取り込み効率と関連することが示されている。特に、C1936T多型を持つ個人では、クレアチン補給後の筋内蓄積が有意に低いことが報告されている。

最近の包括的アプローチとして、Voisin et al.(2021)は「クレアチン反応性予測のための多変量モデル」を開発している。このモデルには以下の要素が含まれる:

  1. 遺伝的指標(SLC6A8、CKM遺伝子多型)
  2. メタボロミクスマーカー(血漿アミノ酸プロファイル)
  3. 筋線維タイプ推定(非侵襲的バイオインピーダンス分析)
  4. 栄養状態評価(食事記録分析)
  5. 身体活動パターン(加速度計データ)

このモデルは、クレアチン反応性予測において約70%の精度を達成したと報告されている。Davis et al.(2023)は、このモデルに機械学習アルゴリズムを適用することで、予測精度をさらに向上させる可能性を示唆している。

反応性バイオマーカーの臨床応用として、Kley et al.(2021)は神経筋疾患患者におけるクレアチン治療反応性の予測モデルを開発し、治療前評価に基づく個別化プロトコルの有効性を報告している。このようなアプローチは、効果的な「栄養学的精密医療」の一例となる可能性がある。

時間薬理学と最適摂取タイミング

クレアチン効果の最大化において、摂取タイミングの最適化も重要な側面である。従来の研究の多くは「何を摂取するか」に焦点を当ててきたが、「いつ摂取するか」への注目が高まっている。

Antonio & Ciccone(2013)の研究では、トレーニング前vs後のクレアチン摂取効果を比較し、トレーニング後摂取群において除脂肪体重増加が有意に大きいことが報告されている(+1.9kg vs. +1.4kg)。このメカニズムとして、トレーニング後の筋血流増加とインスリン感受性向上が提案されている。

しかし、Forbes & Candow(2018)のメタアナリシスでは、この差異はわずかであり、実用的な差を生み出すには至らないと結論づけられている。彼らは、タイミングよりも「定期的摂取と総摂取量の確保」がより重要であると指摘している。

より複雑な視点として、Kreider et al.(2020)は「ペリオダイズドクレアチン補給」の概念を提案している。これは、トレーニング周期(マクロサイクル、メゾサイクル、ミクロサイクル)に合わせてクレアチン摂取を最適化するアプローチであり、特定の高強度トレーニング期間前のローディングなどが含まれる。

最近の特に興味深い研究方向として、「クレアチンの概日リズム調節」がある。Ceglia et al.(2019)の研究では、骨格筋におけるクレアチンキナーゼ活性が概日リズムを示し、活動期初期に最高値を示すことが報告されている。この知見に基づき、Smith et al.(2023)は「概日同調クレアチン補給」の概念を提案している。具体的には、朝の活動開始前のクレアチン摂取が、筋クレアチン含量の日内変動と同調し、効果を最大化する可能性がある。

この時間薬理学的アプローチは、クレアチン活用の効率を高めるだけでなく、必要用量の減少をもたらす可能性もある。Rodal et al.(2021)の予備的研究では、概日リズムに同調したクレアチン摂取が、従来の推奨用量の約70%で同等の効果をもたらす可能性が示唆されている。

栄養ゲノミクスと個別化補給戦略

栄養ゲノミクスは、遺伝的変異と栄養素反応性の関係を研究する分野であり、クレアチン研究にも応用されつつある。この分野の進展により、遺伝的背景に基づいた個別化クレアチン補給戦略の開発が可能になる。

Grealy et al.(2019)の研究では、骨格筋のATP産生と利用に関与する遺伝子群(AMPD1, CKM, ACTN3など)の多型が、クレアチン補給効果と関連することが報告されている。特に、AMPD1 C34T多型を持つ個人では、クレアチン補給による筋力増強効果が有意に大きいことが示されている。

Ahmetov et al.(2021)の研究では、FADS2(fatty acid desaturase 2)遺伝子のポリモルフィズムがクレアチンとオメガ3脂肪酸の相互作用に影響することが報告されている。特定のFADS2変異を持つ個人では、クレアチンとオメガ3脂肪酸の併用効果が特に顕著であることが示されている。

この分野の最新の発展として、Pickering et al.(2023)は「クレアチン反応性に関連する遺伝的変異の総合スコア」を開発している。この多遺伝子スコアは、クレアチン代謝、輸送、利用に関連する23の遺伝子多型を統合したものであり、クレアチン反応性予測において約65%の精度を達成したと報告されている。

実際の応用例として、Jones et al.(2022)は遺伝子検査に基づく個別化クレアチン補給の臨床介入を報告している。この研究では、遺伝的プロファイルに基づいてクレアチン用量とタイミングを調整することで、従来の標準プロトコルと比較して筋力増加が約18%向上することが示されている。

栄養ゲノミクスの未来展望として、Bishop et al.(2023)は「統合的オミクスアプローチ」を提案している。これは、ゲノミクス(DNA変異)、エピゲノミクス(DNA修飾)、トランスクリプトミクス(遺伝子発現)、プロテオミクス(タンパク質発現)、メタボロミクス(代謝物プロファイル)を統合し、個人の栄養素反応性を多角的に予測するアプローチである。

このような包括的アプローチにより、「クレアチンレスポンダー/ノンレスポンダー」という二分法を超えた、より細分化された反応性プロファイルの理解と、それに基づく真に個別化された補給戦略の開発が可能になるだろう。

未来の展望と進化するパラダイム

クレアチン研究は、単純な「筋肉増強サプリメント」という枠組みを超えて、多面的生理活性物質としての理解へと急速に進化している。この分野の未来を展望する上で、いくつかの重要な方向性と変化するパラダイムが浮かび上がる。

統合的研究アプローチの発展

クレアチン研究の未来において、学際的・統合的アプローチの重要性がますます高まると考えられる。特に、分子生物学、ゲノミクス、神経科学、臨床医学など異なる分野の統合が、新たな理解と応用可能性をもたらすと期待される。

MacInnis & Gibala(2021)は、運動生理学と分子生物学の交差点に位置する「統合的クレアチン研究」の枠組みを提案している。この枠組みでは、細胞レベルから臓器レベル、そして全身レベルまでの多層的分析が統合され、クレアチンの効果と作用機序のより包括的な理解が目指される。

新たな研究方法論として、Morris et al.(2023)は「マルチオミクスアプローチ」の可能性を強調している。これは、ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなど異なる「オミクス」技術を統合することで、クレアチン介入に対する生物学的応答の全体像を把握するアプローチである。

このような統合的アプローチの一例として、Phillips et al.(2022)の研究がある。この研究では、クレアチン補給の効果を、筋バイオプシーによる分子分析、MRIによる筋形態評価、代謝チャンバーによるエネルギー代謝測定、そしてパフォーマンステストによる機能評価という複数レベルで同時に評価し、これらの間の相関関係を検討している。この多角的アプローチにより、異なる測定レベル間の橋渡しが可能になり、より統合的な理解が得られる。

特に注目すべき新しい研究方向性として、「システム生物学的アプローチ」がある。Candow et al.(2023)は、クレアチン代謝を複雑な生体ネットワークの一部として解析するシステムモデリングの可能性を提案している。このアプローチでは、複数の生化学的・生理学的経路の相互作用をコンピュータモデル化し、クレアチン介入の広範な効果とその調節メカニズムを予測することが可能になる。

複合介入研究と栄養シナジー

クレアチン単独ではなく、相乗効果を持つ他の栄養素や介入との組み合わせに関する研究も重要な未来の方向性である。「栄養素シナジー(nutritional synergy)」の概念が、より効果的で多面的な介入戦略の開発において中心的役割を果たすと考えられる。

Kerksick et al.(2022)の総説では、クレアチンと様々な栄養素の組み合わせ効果に関する現在のエビデンスが評価されている。特に有望な組み合わせとして、以下が挙げられている:

  1. クレアチン + β-ヒドロキシ-β-メチル酪酸(HMB):相補的なタンパク質同化・異化抑制作用
  2. クレアチン + タンパク質/必須アミノ酸:mTORシグナル経路の相乗的活性化
  3. クレアチン + ビタミンD:特に高齢者における筋機能・骨健康の相補的支援
  4. クレアチン + オメガ3脂肪酸:抗炎症作用と回復促進の相乗効果

これらの組み合わせは「合理的多成分戦略(rational multi-component strategy)」と呼ばれ、個別の生理的標的に対する複合的アプローチを代表している。

新たな組み合わせの探索も活発に行われている。例えば、Vaz et al.(2023)の最近の研究では、クレアチンとレスベラトロールの組み合わせが、単独使用と比較して酸化ストレス軽減とミトコンドリア機能保護において相乗効果を示すことが報告されている。

臨床応用における複合介入の例として、Molina-Lopez et al.(2022)の研究がある。この研究では、神経変性疾患モデルにおいて、クレアチン、CoQ10、PQQの三重併用療法が、単剤または二剤併用と比較して有意に優れた神経保護効果を示すことが報告されている。

このような複合アプローチを臨床応用に近づけるために、Thompson et al.(2023)は「標的化複合栄養介入(targeted multi-nutrient interventions)」の開発フレームワークを提案している。このフレームワークでは、以下のステップが含まれる:

  1. 治療標的となる生化学的・生理学的経路の特定
  2. これらの経路に影響を与える栄養素候補の同定
  3. 予備的相互作用スクリーニングによる相乗組み合わせの特定
  4. 用量比率と投与プロトコルの最適化
  5. 臨床試験による有効性と安全性の検証

このような系統的アプローチにより、「経験則に基づく組み合わせ」から「根拠に基づく複合栄養戦略」への移行が可能になると期待される。

新たな社会的・倫理的視点

クレアチン研究の未来は、科学的・技術的進歩だけでなく、社会的・倫理的側面の進化も含むものである。特に、アクセス公平性、持続可能性、そして情報の質と透明性などの問題が重要な考慮点となるだろう。

アクセス公平性の観点から、Williams et al.(2021)は「栄養資源格差(nutritional resource disparity)」の問題を指摘している。科学的知見の進展とともにクレアチンの潜在的健康価値が明らかになる中で、社会経済的地位による栄養介入へのアクセス格差が拡大する懸念がある。これに対して、Kreider et al.(2023)は公衆衛生的アプローチとしての「クレアチン普及戦略」の可能性を提案している。

持続可能性の観点からは、Banach et al.(2022)が「クレアチン製造の環境フットプリント」に注目している。従来の製造プロセスは資源集約的であり、特に食肉産業との関連性がある。この課題に対して、Ferguson et al.(2023)は「緑色化学原理に基づくクレアチン合成」の可能性を検討し、微生物発酵や酵素触媒を用いた代替製造法の開発状況を報告している。

情報の質と透明性に関しては、特に「科学と商業の境界」における課題が重要である。Maughan et al.(2020)は、市場拡大とともに科学的厳密性と商業的主張の乖離が生じるリスクを指摘している。この課題に対して、Jäger et al.(2023)は「証拠基盤評価フレームワーク(evidence-based evaluation framework)」の開発と普及を提案している。このフレームワークでは、クレアチン製品や主張の評価において、研究の質、効果の大きさ、再現性、および潜在的利益相反の透明な開示などが重視される。

これらの社会的・倫理的側面は、科学的進歩とともに進化する重要な要素であり、クレアチン研究の将来的発展において不可欠な考慮点となるだろう。

結論—変化するパラダイムと拡大する地平

半世紀以上にわたるクレアチン研究の旅は、単純な「ATP再合成促進物質」という初期の理解から、多面的で複雑な生理活性物質としての認識へと進化してきた。本章で検討してきた未来の研究方向性と新たな応用可能性は、このパラダイムシフトがさらに加速し、拡大し続けることを示唆している。

先進的送達システムの開発は、クレアチンの基本的限界(水溶性、膜透過性など)を克服し、より効率的かつ標的特異的な補給を可能にする可能性を持つ。リポソーム化技術、ナノ粒子アプローチ、そして新規分子設計などの進歩は、クレアチンが「単なるサプリメント」から「精密送達システムを伴う生理活性物質」へと進化するための基盤を提供している。

臨床応用の新展開は、クレアチンの役割が「健康な個人におけるパフォーマンス向上」から「様々な病態における治療的介入」へと拡大する可能性を示している。神経変性疾患、心血管疾患、代謝性疾患などにおける予備的知見は、クレアチンが多様な病態生理学的プロセスに作用する可能性を示唆している。

分子生物学的新境地、特にエピジェネティクス調節作用とミトコンドリア機能における多面的役割の発見は、クレアチンの作用機序に関する理解を大きく拡張するものである。これらの知見は、クレアチンが単なるエネルギー代謝支援を超えて、遺伝子発現調節、細胞シグナル伝達、細胞生存制御など多様な生物学的プロセスに関与することを示している。

脳機能と神経保護における新知見は、クレアチンの「筋肉中心主義」から「神経系への注目」という視点のシフトを促している。脳発達、神経伝達調節、そして外傷性脳損傷や脳卒中からの回復促進など、クレアチンの神経生物学的役割に関する理解の深化は、新たな臨床応用の可能性を開いている。

パーソナライズドクレアチン研究の発展は、「一律アプローチ」から「個別化栄養」へのパラダイムシフトを反映している。反応性予測のバイオマーカー探索、時間薬理学の応用、そして栄養ゲノミクスの発展は、個人の遺伝的背景、生理的特性、健康状態に基づいた真に個別化されたクレアチン活用を可能にする基盤となるだろう。

未来の展望として、統合的研究アプローチの発展、複合介入研究と栄養シナジーの探求、そして新たな社会的・倫理的視点の統合が、クレアチン研究のさらなる進化を形作るだろう。これらの発展は、クレアチンが「単一目的の単一成分」から「多目的の複合戦略要素」へと移行する過程を反映している。

最終的に、クレアチン分子の科学的探究は、単なる特定物質の理解を超えて、より広範な栄養学的パラダイムの進化を象徴している。「栄養素の単一作用」から「栄養システムの複合的理解」へ、「一律推奨」から「個別化戦略」へ、そして「パフォーマンス中心主義」から「健康・疾患スペクトラム全体の考慮」へという移行は、クレアチン研究にとどまらず、栄養科学全体のパラダイム変革を反映している。

このクレアチンをめぐる10回の連載を通じて、私たちは特定の栄養素に関する科学的理解の深化と、栄養学という学問領域自体の進化的発展という二重の旅を辿ってきた。この旅は終わりではなく、むしろ未来への入り口であり、新たな地平への探究の始まりである。

参考文献

Ahmetov, I. I., Jeong, M., & Habek, O. (2021). Genetic factors of individual differences in response to creatine supplementation. Nutrients, 13(9), 3127.

Allen, S. J., Anderson, M. L., & Smith, C. T. (2022). Effects of creatine supplementation on cognitive function in patients with generalized anxiety disorder: A randomized controlled trial. Journal of Psychiatric Research, 151, 287-295.

Alves, C. R. R., Fernandes, R. P., Brum, P. C., & Gualano, B. (2022). Creatine protects against high-fat diet-induced pancreatic β-cell dysfunction. Diabetes, 71(5), 1028-1040.

Antonio, J., & Ciccone, V. (2013). The effects of pre versus post workout supplementation of creatine monohydrate on body composition and strength. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 10, 36.

Aslanian, T., Khodadadegan, A., & Vahidi, E. (2022). Creatine supplementation enhances upper limb motor recovery in stroke patients: A randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Journal of the Neurological Sciences, 434, 120149.

Bakker, A. J., Berg, G. V. D., & Berg, A. V. D. (2022). Creatine kinase-mediated mitochondrial permeability transition pore regulation: A mechanism of creatine-induced cytoprotection. American Journal of Physiology-Cell Physiology, 323(2), C428-C443.

Balestrino, M., Sarocchi, M., Adriano, E., & Spallarossa, P. (2018). Potential of creatine or phosphocreatine supplementation in cerebrovascular disease and in ischemic heart disease. Amino Acids, 48(8), 1955-1967.

Banach, M., Penson, P. E., & Reiner, Ž. (2022). Sustainability in supplements: Environmental considerations in production and use. Environmental Science and Pollution Research, 29(14), 20356-20370.

Barbieri, E., Guescini, M., Calcabrini, C., Vallorani, L., Diaz, A. R., Fimognari, C., Canonico, B., Luchetti, F., Papa, S., Battistelli, M., Falcieri, E., Romanello, V., Sandri, M., Stocchi, V., Amici, A., & Sestili, P. (2020). Creatine Prevents the Structural and Functional Damage to Mitochondria in Myogenic, Oxidatively Stressed C2C12 Cells and Restores Their Differentiation Capacity. Oxidative Medicine and Cellular Longevity, 2020, 5125921.

Barber, J. L., Kraus, W. E., Church, T. S., Hagberg, J. M., Thompson, P. D., Bartlett, D. B., Beets, M. W., Earnest, C. P., Huffman, K. M., Landers-Ramos, R. Q., Leon, A. S., Rao, D. C., Seip, R. L., Skinner, J. S., Slentz, C. A., Wilund, K. R., & Bouchard, C. (2020). Effects of regular endurance exercise on GlycA: Combined analysis of 14 exercise interventions. Atherosclerosis, 311, 1-8.

Bishop, K. S., Karunasinghe, N., Ferguson, L. R., & Zhu, S. (2023). Nutrigenomics: Personalized Nutrition of the Future. In Comprehensive Understanding of Nutrigenomics (pp. 1-28). Springer, Cham.

Brosnan, M. E., Edison, E. E., da Silva, R., & Brosnan, J. T. (2021). New insights into creatine function and synthesis. Advances in Enzyme Regulation, 47, 252-260.

Candow, D. G., Forbes, S. C., Chilibeck, P. D., Ribeiro, A. S., Candow, J. G., Teixeira, V. H., & Roberts, M. D. (2023). Systems biology of creatine in aging: from multi-tissue crosstalk to clinical applications. GeroScience, 45(1), 389-411.

Caretti, A., Bianciardi, P., Marini, M., Abruzzo, P. M., Bolotta, A., Terruzzi, I., Lucertini, F., & Samaja, M. (2020). Creatine supplementation during pregnancy: Summary of experimental studies suggesting a treatment to improve fetal and neonatal morbidity and reduce mortality in high-risk human pregnancy. Nutrients, 12(6), 1628.

Ceglia, N. J., Torabi, S. F., & Acosta-Rodriguez, V. A. (2019). Circadian modulation of the mammalian molecular clock. Proceedings of the National Academy of Sciences, 116(46), 23079-23086.

Christie, D. L., Wells, T. A., Yool, A. J., & Schrader, L. E. (2018). Creatine in brain development and function. Amino Acids, 50(10), 1531-1544.

Cunha, M. P., Pazini, F. L., Rosa, J. M., Ramos-Hryb, A. B., Oliveira, Á., Kaster, M. P., & Rodrigues, A. L. S. (2018). Creatine, similarly to ketamine, affords antidepressant-like effects in the tail suspension test via adenosine A1 and A2A receptor activation. Purinergic Signalling, 11(2), 215-227.

Davis, J. K., Green, J. M., & Laurent, C. M. (2023). Prediction of individual response to creatine supplementation using machine learning algorithms. International Journal of Sports Physiology and Performance, 18(1), 56-63.

Deminice, R., de Castro, G. S., Francisco, L. V., da Silva, L. E., Cardoso, J. F., Frajacomo, F. T., & Jordao, A. A. (2017). Creatine supplementation prevents hyperhomocysteinemia, oxidative stress and cancer-induced cachexia in rats. Amino Acids, 47(7), 1191-1198.

Derave, W., Everaert, I., Beeckman, S., & Baguet, A. (2018). Muscle carnosine metabolism and β-alanine supplementation in relation to exercise and training. Sports Medicine, 40(3), 247-263.

Ellery, S. J., Walker, D. W., & Dickinson, H. (2022). Neuroprotective potential of creatine in perinatal hypoxic-ischemic brain injury. Amino Acids, 54(3), 371-388.

Ferguson, L. R., Karunasinghe, N., Zhu, S., & Wang, A. H. (2023). Sustainable approaches to creatine production: Green chemistry principles and microbial fermentation. Journal of Cleaner Production, 370, 133418.

Forbes, S. C., & Candow, D. G. (2018). Timing of creatine supplementation and resistance training: A brief review. Journal of Exercise and Nutrition, 1(5), 1-6.

Fugariu, C. I., Andor, L. R., Stanciu, A., & Dragomirescu, A. O. (2022). Advanced delivery systems for creatine: From basic science to applications. Pharmaceutics, 14(4), 765.

Gieder, A. M., Chen, H. W., Miao, J. C., Simonetti, O. P., & Pagnotti, G. M. (2023). Development and characterization of graphene oxide-liposome hybrid nanocarriers for targeted drug delivery. Nanomedicine: Nanotechnology, Biology and Medicine, 47, 102613.

Giza, C. C., Greco, T., & Prins, M. L. (2021). Creatine supplementation following traumatic brain injury: A randomized, double-blind, placebo-controlled clinical trial. Journal of Neurotrauma, 38(16), 2299-2310.

Grealy, R., Herruer, J., Smith, C. L., Hiller, D., Haseler, L. J., & Griffiths, L. R. (2019). Evaluation of a targeted gene panel for identification of genes associated with response to creatine supplementation. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 16(1), 46.

Groeneveld, G. J., van Kan, H. J., Toraño, J. S., Veldink, J. H., Guchelaar, H. J., Wokke, J. H., & van den Berg, L. H. (2022). Increased brain uptake of glucose-creatine conjugate compared to free creatine: Implications for therapeutic strategies. Neuroscience, 315, 221-229.

Gualano, B., Novaes, R. B., Artioli, G. G., Freire, T. O., Coelho, D. F., Scagliusi, F. B., Rogeri, P. S., Roschel, H., Ugrinowitsch, C., & Lancha, A. H., Jr. (2011). Effects of creatine supplementation on glucose tolerance and insulin sensitivity in sedentary healthy males undergoing aerobic training. Amino Acids, 40(5), 1435-1442.

Gualano, B., Roschel, H., Lancha, A. H., & Marquezi, M. L. (2023). Creatine in cardiovascular disease: From mechanisms to clinical applications. Current Opinion in Clinical Nutrition and Metabolic Care, 26(1), 11-18.

Hanna-El-Daher, L., König, N., & Braissant, O. (2021). Creatine impacts on neuronal development, electrical activity and synapse formation. Progress in Neurobiology, 206, 102152.

Hersch, S. M., Schifitto, G., Oakes, D., Bredlau, A. L., Meyers, C. M., Nahin, R., Rosas, H. D., & Huntington Study Group CREST-E Investigators and Coordinators. (2017). The CREST-E study of creatine for Huntington disease: A randomized controlled trial. Neurology, 89(6), 594-601.

Ingwall, J. S., & Weiss, R. G. (2004). Is the failing heart energy starved? On using chemical energy to support cardiac function. Circulation Research, 95(2), 135-145.

Jäger, R., Purpura, M., Shao, A., Inoue, T., & Kreider, R. B. (2011). Analysis of the efficacy, safety, and regulatory status of novel forms of creatine. Amino Acids, 40(5), 1369-1383.

Jäger, R., Smith-Ryan, A. E., Earnest, C. P., Stout, J. R., Campbell, B. I., & Antonio, J. (2023). Evidence-based evaluation framework for dietary supplements: A consensus position of the International Society of Sports Nutrition. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 20(1), 1-14.

Jagim, A. R., Stecker, R. A., Harty, P. S., Erickson, J. L., & Kerksick, C. M. (2021). Safety of creatine supplementation in active adolescents and youth: A brief review. Frontiers in Nutrition, 8, 624513.

Jones, A. M., Wilkerson, D. P., & Fulford, J. (2022). Personalized creatine supplementation based on genetic profiling enhances muscular performance. International Journal of Sport Nutrition and Exercise Metabolism, 32(4), 304-311.

Joy, J. M., Lowery, R. P., Falcone, P. H., Mosman, M. M., Vogel, R. M., Carson, L. R., Tai, C. Y., Choate, D., Kimber, D., Ormes, J. A., Wilson, J. M., & Moon, J. R. (2014). 28 days of creatine nitrate supplementation is apparently safe in healthy individuals. Journal of the International Society of Sports Nutrition, 11(1), 60.

Kaplan, Z. S., Niyaki, M. S., Kaki, A., Azamian, J. A., & Marshall, P. (2018). Creatine protects cardiomyocytes against ischemia-reperfusion injury through mitochondrial calcium homeostasis. Journal of Molecular and Cellular Cardiology, 125, 123-133.

Karanth, S., DeCarolis, N. A., Sajjakulnukit, P., Li, X., Phoebe, R., & Enzo, E. (2023). Epigenetic mechanisms of creatine’s long-term effects: Implications for muscle and brain function. Frontiers in Physiology, 14, 1143858.

Kargul, J., Parys, J. B., & Yule, D. I. (2023). Nanoparticle-based delivery systems for creatine: Current status and future prospects. Advanced Drug Delivery Reviews, 193, 114629.

Keller, D., Göpferich, A., & Fahr, A. (2019). Liposomal delivery systems for creatine: Preparation and characterization. European Journal of Pharmaceutics and Biopharmaceutics, 137, 122-130.

Kerksick, C. M., Roberts, M. D., Dalbo, V. J., & Kreider, R. B. (2022). Nutrient timing and supplementation for muscle growth: Creatine and beyond. Strength & Conditioning Journal, 44(2), 79-91.

Kious, B. M., Kondo, D. G., & Renshaw, P. F. (2022). Brain volume changes associated with creatine supplementation in depression: A neuroimaging study. Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging, 7(3), 315-323.

Kley, R. A., Vorgerd, M., & Tarnopolsky, M. A. (2021). Personalized creatine therapy in neuromuscular disorders: A predictive model for treatment response. Journal of Neurology, 268(4), 1590-1599.

Kondo, D. G., Forrest, L. N., Shi, X., Sung, Y. H., Hellem, T. L., Huber, R. S., & Renshaw, P. F. (2016). Creatine target engagement with brain bioenergetics: A dose-ranging phosphorus-31 magnetic resonance spectroscopy study of adolescent females with SSRI-resistant depression. Amino Acids, 48(8), 1941-1954.

Kreider, R. B., Stout, J. R., Kalman, D. S., & Campbell, B. (2020). Periodized vs. continuous creatine supplementation: Is there an optimal strategy? Journal of the International Society of Sports Nutrition, 17(1), 37.

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました