第1部:病態生理学の新展開:ヘパーデン結節におけるモヤモヤ血管理論と炎症カスケードの分子機構
従来の変形性関節症治療—NSAIDs、ヒアルロン酸注射、理学療法—がこれほど効果を示さない背景には、根本的な病態理解の欠落があるのではないだろうか。
この疑問に答えるきっかけとなったのが、2014年に奥野祐次医師により発見された「モヤモヤ血管」という概念である。病的新生血管の存在を示すこの発見は、単なる軟骨摩耗による機械的疼痛という従来の理解を根底から覆すものだった。
モヤモヤ血管理論
モヤモヤ血管(病的新生血管)理論について考えると、ヘパーデン結節の病態が全く異なる姿で見えてくる。これは単純な「加齢による関節の摩耗」ではない。異常血管新生に伴う神経新生が痛みの本質であるという、革新的な病態概念である。
奥野医師らの臨床研究によると、ヘパーデン結節患者において手首や指の血管造影を行うと、正常血管とは明らかに異なる「べったりとした黒い血管影」が観察される。これらモヤモヤ血管は一般的なレントゲンには映らず、従来の画像診断では見落とされていた。
興味深いことに、動注治療によりこれらの異常血管を減少させると、多くの患者で疼痛が著明に改善する。全国で8,000人以上(2023年時点)がこの治療を受けており、重篤な副作用は報告されていない。
分子病理学的基盤—VEGF・NGF過剰発現の意味
ヘパーデン結節におけるモヤモヤ血管形成の分子機構を検討してみると、VEGF(血管内皮増殖因子)とNGF(神経成長因子)の過剰発現が中核的役割を果たしていることが明らかになってくる。
VEGF系の病的活性化
VEGFは本来、胎生期の血管形成や創傷治癒時の血管新生に不可欠な因子である。分子量約20,000のサブユニット2個からなる二量体構造を示し、VEGF121、VEGF165、VEGF189、VEGF206の4つのサブタイプが存在する。正常な血管新生では、低酸素刺激により適切に発現が誘導される。
しかし、ヘパーデン結節では、明らかな低酸素環境が存在しないにもかかわらず、VEGF系が異常に活性化している可能性が示唆されている。これにより、VEGFR-1およびVEGFR-2を介したシグナル伝達が亢進し、血管内皮細胞の異常増殖・遊走が惹起される。
重要な点は、これらの新生血管が機能的に正常ではないことである。 通常の血管と比較して脆弱で、血流動態も不安定であることが、モヤモヤ血管という特徴的な画像所見につながっている。
NGF系と疼痛神経新生
NGFは50年以上前にレビー・モンタルチーニ博士により発見された神経栄養因子である。高親和性受容体TrkAと低親和性受容体p75を介して、神経細胞の生存・分化・軸索伸長を制御する。
ヘパーデン結節において注目すべきは、血管新生とともに疼痛神経の新生が同時進行する現象である。NGFの過剰発現により、本来存在しない部位に疼痛を伝達する神経終末が形成され、これが慢性疼痛の原因となっている。
近年の研究では、NGF前駆体とp75受容体の相互作用が細胞死を誘導する一方、成熟NGFとTrkAの結合が神経生存を促進することが明らかになっている。ヘパーデン結節では、このバランスが神経新生側に大きく傾いている可能性がある。
補体蛋白系の活性化—免疫系関与の証拠
ヘパーデン結節の病態をより深く理解するために、補体系の関与について検討してみよう。補体系は、古典経路、副経路、マンノース結合レクチン経路の3つの活性化経路を持つ免疫カスケードシステムである。
C3a・C5aアナフィラトキシンの役割
補体活性化により産生されるC3a(分子量約9kDa)とC5a(分子量約9kDa)は、強力な炎症性メディエーターとして機能する。C5aは特に、C5a受容体(C5aR1)を発現する細胞に作用し、炎症局所への好中球リクルートメントと炎症性ミクロ環境の形成を促進する。
興味深いことに、これらアナフィラトキシンはマスト細胞の脱顆粒を誘導し、血管透過性の亢進と平滑筋収縮を引き起こす。この現象は、ヘパーデン結節における関節周囲組織の腫脹と疼痛増悪を説明する重要なメカニズムとなっている。
近年の研究では、C3aが血小板活性化や白血球遊走を促進し、血栓形成リスクを増大させることも明らかになっている。ヘパーデン結節患者における微小血栓形成が、モヤモヤ血管の異常な血流動態に寄与している可能性が考えられる。
炎症性老化(Inflammaging)の病態的意義
40歳代以降の女性に好発するヘパーデン結節を理解する上で、炎症性老化(inflammaging)という概念は極めて重要である。これは「inflammation(炎症)」と「aging(老化)」を組み合わせた造語で、加齢に伴う慢性的な低グレード全身性炎症を指す。
サイトカインストームの分子機構
炎症老化の中核を担うのが、IL-1β、TNF-α、IL-6を中心とするプロ炎症性サイトカインカスケードである。これらは**細胞老化関連分泌表現型(SASP: Senescence-Associated Secretory Phenotype)**の主要構成要素であり、老化細胞から継続的に分泌される。
IL-1βは、NLRP3インフラマソームの活性化により前駆体から成熟型に変換される。活性化されたカスパーゼ-1がプロIL-1βを切断し、強力な炎症応答を誘導する。ヘパーデン結節では、関節周囲組織における持続的なIL-1β産生が、軟骨基質メタロプロテアーゼの過剰活性化を引き起こしている。
TNF-αは、NF-κB経路の活性化を介して、さらなる炎症性サイトカインとケモカインの産生を誘導する。また、血管内皮細胞における接着分子(ICAM-1、VCAM-1)の発現を増強し、炎症細胞の組織浸潤を促進する。
IL-6は、炎症老化のバイオマーカーとして最も信頼性が高いとされている。肝臓でのCRP産生を刺激し、全身の急性期反応を惹起する。ヘパーデン結節患者では、血清IL-6レベルの上昇が疼痛の重症度と相関することが報告されている。
エピジェネティック制御の破綻
炎症老化において見落とされがちなのが、エピジェネティック制御の変化である。活性化ミクログリアでは、ヒストンH3のリン酸化-アセチル化が増強され、IL-1β、IL-6、TNF-α、iNOS、c-Fosなどの炎症性遺伝子発現が促進される。
これと類似した現象が、ヘパーデン結節の関節滑膜細胞でも起こっている可能性がある。慢性的な炎症刺激により、正常な転写制御機構が破綻し、病的遺伝子発現プログラムが固定化される。
HLA多型と個体免疫原性—なぜ個人差があるのか
同じ年齢・性別でもヘパーデン結節の発症に個人差がある背景には、HLA(Human Leukocyte Antigen)多型による免疫原性の違いが関与している可能性がある。
HLAは第6染色体短腕部のMHC領域にコードされ、自己・非自己の識別に重要な役割を果たす。HLA-A、HLA-B、HLA-CなどのクラスI分子と、HLA-DP、HLA-DQ、HLA-DRなどのクラスII分子が存在し、極めて高い多型性を示す。
強直性脊椎炎におけるHLA-B27との強い関連性(有病率の数倍増加)が示すように、特定のHLA型は自己免疫性関節疾患の発症リスクを大きく左右する。ヘパーデン結節においても、特定のHLAハプロタイプが炎症応答の増強や制御不全に関与している可能性が高い。
この個体差は、将来的な個別化医療の基盤となり得る重要な知見である。 HLA型に基づく発症リスク評価や、治療反応性の予測が可能になれば、より精密な治療戦略の立案が可能となる。
病理組織像の再評価—従来の変形性関節症との本質的差異
ヘパーデン結節の病理組織像を詳細に検討すると、従来の変形性関節症とは明らかに異なる特徴が浮かび上がってくる。
DIP関節特有の病態
一般的な変形性関節症では、軟骨下骨硬化と骨棘形成が主要な病理学的変化である。しかし、ヘパーデン結節では、滑膜増殖とパンヌス形成が顕著であり、むしろ関節リウマチに類似した炎症性変化を示す。
電子顕微鏡解析では、滑膜組織における異常血管の密度増加と、それに伴う神経線維の不規則な分布パターンが観察される。これらの所見は、モヤモヤ血管理論を形態学的に裏付ける重要な証拠となっている。
軟骨基質メタロプロテアーゼの過剰活性
免疫組織化学的解析により、MMP-1(インターステイシャルコラゲナーゼ)、MMP-3(ストロメライシン-1)、MMP-13(コラゲナーゼ-3)の発現が著明に増強されていることが明らかになっている。
これらの酵素は、IL-1βやTNF-αによって転写レベルで誘導され、軟骨基質の分解を促進する。重要な点は、この酵素活性が関節破壊の原因ではなく、炎症カスケードの結果として生じていることである。
統合病態モデル—「血管-神経-免疫連関障害」という新概念
これまでの知見を統合すると、ヘパーデン結節は「血管-神経-免疫連関障害」として理解すべき疾患であるかもしれない。
病態進展の分子シナリオ
- 初期誘発因子: 加齢、ホルモン変化、機械的ストレスなどによる軽微な組織損傷
- 炎症老化の活性化: SASP関連サイトカイン(IL-1β、TNF-α、IL-6)の持続産生
- VEGF/NGF系の異常活性化: 病的血管新生と疼痛神経新生の同時進行
- 補体系の関与: C3a/C5aによる炎症増幅と血管透過性亢進
- HLA多型による個体差: 免疫応答の強度と持続性の決定
- 病態の慢性化: エピジェネティック変化による病的遺伝子発現の固定化
この統合モデルにより、従来の対症療法が効果を示さない理由が明確になる。NSAIDsは炎症の下流を阻害するに過ぎず、ヒアルロン酸注射は既に破綻した関節環境の改善には限界がある。
治療戦略の革新—病因治療への転換
分子標的治療の可能性
このような病態理解に基づけば、以下のような革新的治療戦略が考えられる:
VEGF阻害療法: ベバシズマブなどの抗VEGF抗体による病的血管新生の抑制。ただし、正常な血管機能への影響を慎重に評価する必要がある。
NGF経路阻害: 抗NGF抗体による疼痛神経新生の制御。オピオイドより強力な鎮痛効果が期待されているが、長期安全性のデータ蓄積が課題である。
補体阻害療法: C5a受容体拮抗薬による炎症カスケードの上流遮断。関節リウマチなどでの応用経験を活用できる可能性がある。
炎症老化標的療法: IL-1β、TNF-α、IL-6の選択的阻害による根本的炎症制御。既存の生物学的製剤の適応拡大として検討できる。
モヤモヤ血管治療の位置づけ
現在実施されているモヤモヤ血管に対する動注治療は、病的血管を直接標的とする革新的アプローチである。イミペネム・シラスタチンの微粒子による血管塞栓術は、脆弱なモヤモヤ血管を選択的に閉塞し、正常血管への影響を最小限に抑える。
この治療法の理論的基盤は本稿で述べた病態理解と完全に一致しており、血管-神経-免疫連関の病的ネットワークを根本から断ち切る効果が期待できる。
研究の限界と今後の展望
本稿で提示した統合病態モデルには、以下の限界が存在することを率直に述べておく必要がある:
- 人間における直接的検証の不足: 多くの分子機構は動物実験や培養細胞実験からの外挿であり、人間のヘパーデン結節における直接的証明は限られている
- サンプルサイズの制約: モヤモヤ血管治療の有効性については、大規模ランダム化比較試験のデータが不足している
- 長期予後の不明: 血管-神経-免疫連関障害の概念に基づく治療の長期的安全性と有効性は未確立である
- 個体差の定量化困難: HLA多型と病態重症度の関連については、より大規模な疫学研究が必要である
結語—新しい医学の地平線
ヘパーデン結節研究は、現代医学における重要なパラダイムシフトを象徴している。単純な「加齢性変化」として片付けられてきた疾患が、実は極めて複雑で精緻な分子ネットワークの破綻によって生じていることが明らかになった。
モヤモヤ血管理論から始まったこの探究は、血管生物学、神経科学、免疫学、老化生物学を統合する新しい医学領域の創出につながっている。従来の臓器別診療の限界を超え、システム病理学的アプローチの重要性を示している。
最も重要なことは、患者の「痛み」という主観的体験に、これほど豊かな科学的基盤が存在することである。 「湿布しかない」と言われ続けてきた患者たちの訴えが、実は医学の最前線を切り開く原動力となっている。
将来的には、血管-神経-免疫連関の理解がさらに深まり、より精密で個別化された治療戦略が確立されることが期待される。それまでの間も、現在利用可能な治療選択肢を患者と十分に議論し、最適な治療方針を共に見出していくことが、臨床医の責務になっていく。
参考文献
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- 奥野祐次『ヘパーデン結節の痛みはモヤモヤ血管が原因だった』ワニブックス、2020年
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