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終末糖化産物(AGEs)形成機序|メイラード反応の分子メカニズム

メイラード反応の科学:基礎から最新研究まで

1. メイラード反応とは

1.1 基本的な定義

メイラード反応(Maillard reaction)は、還元糖(アルデヒド基またはケトン基を持つ糖)とアミノ化合物(主にタンパク質のアミノ基)が加熱などの条件下で反応し、褐色の色素や香り成分を生成する非酵素的褐変反応だ。この反応は1912年にフランスの化学者ルイ・カミーユ・メイラード(Louis Camille Maillard)によって初めて科学的に記述された[1]。

ここで出てきた専門用語をまず解説しよう:

還元糖(かんげんとう, reducing sugar):分子内にアルデヒド基(-CHO)またはケトン基(C=O)を持ち、他の化合物を酸化させることで自らは還元される性質を持つ糖のことだ。具体的には、ブドウ糖(グルコース)、果糖(フルクトース)、麦芽糖(マルトース)、乳糖(ラクトース)などが該当する。これらは化学的に活性が高く、他の分子と反応しやすい特性を持つ。

  • アルデヒド基:炭素原子に二重結合で酸素が結合し(C=O)、残りの結合は水素原子と炭素鎖(または水素)に結合している官能基だ。一般的に-CHOと表される。
  • ケトン基:炭素原子に二重結合で酸素が結合し(C=O)、残りの結合は2つの炭素鎖に結合している官能基だ。

アミノ化合物(amino compound):分子内にアミノ基(-NH₂)を持つ化合物の総称だ。タンパク質を構成するアミノ酸が代表的だが、他にもアミン類など様々な化合物が含まれる。

  • アミノ基:窒素原子に水素原子が2つ結合した官能基(-NH₂)だ。化学的に塩基性を示し、プロトン(H⁺)を受け取りやすい性質がある。

非酵素的褐変反応(ひこうそてきかっぺんはんのう, non-enzymatic browning reaction):酵素の助けを借りずに、化学反応によって食品などが褐色に変化する現象だ。メイラード反応の他にもカラメル化(糖の熱分解)なども含まれる。「非酵素的」とは、生体内の反応を触媒するタンパク質である酵素が関与しないことを意味する。

  • 酵素(enzyme):生体内の化学反応を触媒するタンパク質だ。特定の反応に対して高い特異性を持ち、反応の活性化エネルギーを下げることで反応速度を加速させる。

1.2 歴史的背景

メイラード反応は、1912年にフランスの生化学者ルイ・カミーユ・メイラード博士によって初めて科学的に記述された。彼はアミノ酸と糖類を水溶液中で加熱すると褐色化することを観察し、この現象を報告した[2]。しかし、この反応の複雑なメカニズムの全容が解明され始めたのは、1940年代にアメリカの化学者ジョン・E・ホッジ(John E. Hodge)による研究からだった[3]。

興味深いことに、人類はメイラード反応の科学的理解以前から、料理や食品加工においてこの反応を無意識のうちに利用してきた。パンの焼成、肉の焼き目付け、ビールの醸造、コーヒー豆の焙煎など、多くの調理プロセスでメイラード反応が重要な役割を果たしている。

2. 反応の化学メカニズム

メイラード反応は非常に複雑で、数百種類もの中間体や最終生成物を生み出す一連の反応だ。しかし、大きく分けると初期段階、中間段階、後期段階の3つのステップで進行する[4]。

2.1 初期段階:カルボニルアミノ反応

最初のステップでは、還元糖のカルボニル基(C=O)とアミノ化合物の遊離アミノ基(-NH₂)が縮合反応を起こし、不安定な化合物である「N-グリコシルアミン」(シッフ塩基とも呼ばれる)を形成する。この段階では、まだ褐変は起こらない。

ここで新たに出てきた用語を解説しよう:

カルボニル基(carbonyl group):炭素原子と酸素原子が二重結合で結合した官能基(C=O)だ。アルデヒド基とケトン基はどちらもカルボニル基を含む。

縮合反応(condensation reaction):2つの分子が結合して、より大きな分子になると同時に、水分子などの小さな分子が放出される反応のことだ。化学式で表すと:A-H + B-OH → A-B + H₂O となる。

シッフ塩基(Schiff base):カルボニル化合物とアミン(-NH₂基を持つ化合物)が反応して生成するイミン(C=N結合を持つ化合物)のことだ。一般的な化学式は R₁R₂C=NR₃ と表される。ドイツの化学者ヒューゴ・シッフにちなんで名付けられた。

N-グリコシルアミン(N-glycosylamine):糖とアミノ化合物が反応して形成される化合物で、糖の1位炭素と窒素原子が結合した構造を持つ。非常に不安定で、すぐに次の段階の反応に進む。

2.2 中間段階:アマドリ転位

初期段階で生成したN-グリコシルアミンは不安定なため、分子内で水素原子が移動する「アマドリ転位」と呼ばれる反応を起こす。これにより、より安定な「1-アミノ-1-デオキシ-2-ケトース」(アマドリ化合物)が生成される。例えば、グルコースとアミノ酸の反応では、1-アミノ-1-デオキシ-2-ケトグルコース(フルクトースアミン)が生成される。

アマドリ転位(Amadori rearrangement):N-グリコシルアミンからケトアミンへの分子内水素転位反応だ。アルドース(アルデヒド基を持つ糖)とアミンが反応した場合に起こる。フランスの化学者マリオ・アマドリにちなんで名付けられた。

ケトース(ketose):分子内にケトン基を持つ単糖のことだ。フルクトース(果糖)が代表的なケトースだ。

アルドース(aldose):分子内にアルデヒド基を持つ単糖のことだ。グルコース(ブドウ糖)が代表的なアルドースだ。

分子内水素転位(intramolecular hydrogen shift):分子内で水素原子が別の位置に移動する反応だ。分子の骨格構造は保たれたまま、官能基の位置や種類が変化する。

もし、最初の還元糖がケトースの場合は、「ハインズ転位」という類似の反応が起こり、2-アミノ-2-デオキシ-1-アルドースが生成される。

ハインズ転位(Heyns rearrangement):ケトースとアミンが反応した場合に起こる転位反応で、アマドリ転位の逆のプロセスだと考えられる。ドイツの化学者クルト・ハインズにちなんで名付けられた。

2.3 後期段階:複雑な反応経路

中間段階で生成したアマドリ化合物は、さらに複雑な一連の反応を経て、最終的には褐色の色素や香り成分を生成する。主な反応経路には以下のようなものがある:

2.3.1 糖の分解

アマドリ化合物は不安定なため、分解して様々な反応性の高い化合物(ジカルボニル化合物など)を生成する。これらには、グリオキサール、メチルグリオキサール、3-デオキシグルコソン(3-DG)などが含まれる。

ジカルボニル化合物(dicarbonyl compound):分子内に2つのカルボニル基(C=O)を持つ化合物の総称だ。メイラード反応中間体として重要で、高い反応性を持つ。

グリオキサール(glyoxal):最も単純なジアルデヒド(2つのアルデヒド基を持つ化合物)で、化学式はC₂H₂O₂だ。メイラード反応の中間体として生成され、さらに複雑な化合物へと反応を進める。

メチルグリオキサール(methylglyoxal):ケトアルデヒド(ケトン基とアルデヒド基を持つ化合物)で、化学式はC₃H₄O₂だ。糖の分解や生体内の代謝過程でも生成される。

3-デオキシグルコソン(3-deoxyglucosone, 3-DG):グルコースから派生したα-ジカルボニル化合物で、メイラード反応の重要な中間体だ。3位の炭素に水酸基(-OH)がなく(デオキシ)、1位と2位にカルボニル基を持つ。

2.3.2 ストレッカー分解

ジカルボニル化合物はアミノ酸と反応して「ストレッカー分解」を起こし、アルデヒドとα-アミノケトンを生成する。このアルデヒドは食品の香り成分として重要だ。

ストレッカー分解(Strecker degradation):α-ジカルボニル化合物とアミノ酸が反応し、アミノ酸が脱炭酸・脱アミノ化されてアルデヒドになる反応だ。ドイツの化学者アドルフ・ストレッカーにちなんで名付けられた。

脱炭酸(decarboxylation):カルボキシル基(-COOH)からCO₂(二酸化炭素)が除去される反応だ。アミノ酸の場合、-COOH基が失われる。

脱アミノ化(deamination):アミノ基(-NH₂)が分子から除去される反応だ。アミノ酸の場合、-NH₂基が失われる。

α-アミノケトン(α-aminoketone):ケトン基の隣の炭素(α位)にアミノ基が結合した化合物だ。ストレッカー分解で生成され、さらに複雑な反応に関与する。

2.3.3 重合反応と最終生成物

さまざまな中間体が複雑な縮合反応や重合反応を経て、最終的には高分子量の褐色色素(メラノイジン)や香り成分を形成する。また、特に重要な最終生成物としてAGEs(終末糖化産物)がある。

重合反応(polymerization):小さな分子(モノマー)が結合して長い鎖や網目状の高分子(ポリマー)を形成する反応だ。メイラード反応の後期では、様々な中間体が重合して複雑な構造を形成する。

メラノイジン(melanoidin):メイラード反応の最終段階で生成される高分子の褐色色素だ。正確な化学構造は非常に複雑で、まだ完全には解明されていない。これがパンの焼き色やコーヒーの褐色の原因となる。

AGEs(Advanced Glycation End products、終末糖化産物):メイラード反応によって生体内で生成される最終生成物の総称だ。タンパク質や脂質が糖と非酵素的に反応して形成される複雑な化合物群で、老化や糖尿病などの疾患と関連がある。

  • 糖化(glycation):タンパク質や脂質が糖と非酵素的に反応する現象で、メイラード反応と本質的に同じプロセスだ。生体内で起こる場合は特に「糖化」と呼ばれることが多い。
  • CML(カルボキシメチルリシン, Carboxymethyllysine):代表的なAGEsの一つで、タンパク質のリシン残基がグリオキサールなどのジカルボニル化合物と反応して生成される。
  • ペントシジン(pentosidine):リシンとアルギニン(どちらもアミノ酸)の残基間に架橋を形成するAGEsの一種で、生体内のタンパク質の架橋形成に関与する。

3. 料理と食品におけるメイラード反応

3.1 おいしさの科学:香りと風味

メイラード反応は料理の「おいしさ」に大きく貢献している。この反応によって生成される数百種類もの化合物が、食品特有の香りや風味を作り出す[5]。

例えば、肉を焼いたときの香ばしい香りは、肉中のタンパク質(特に含硫アミノ酸)と糖が反応して生成されるチアゾールやピラジンなどの化合物によるものだ。

含硫アミノ酸(sulfur-containing amino acids):分子内に硫黄原子を含むアミノ酸で、メチオニンやシステインが代表的だ。これらが熱分解されると強い香りの成分が生成される。

チアゾール(thiazole):分子内に窒素原子と硫黄原子を含む五員環の複素環化合物だ。肉や焙煎コーヒーなどの香り成分として重要。

ピラジン(pyrazine):分子内に2つの窒素原子を含む六員環の複素環化合物だ。ナッツやロースト風味の香り成分として知られている。

複素環化合物(heterocyclic compound):環状構造の中に炭素以外の原子(酸素、窒素、硫黄など)を含む有機化合物の総称だ。メイラード反応では多様な複素環化合物が生成され、これらが特徴的な香りに寄与する。

3.2 料理におけるメイラード反応の例

3.2.1 肉料理

ステーキやハンバーガーなどの肉料理で見られる魅力的な焼き色と香ばしい風味は、メイラード反応の結果だ。肉を高温で調理すると、表面のタンパク質とグルコースや他の還元糖が反応してメイラード反応が進行する。このとき、「ウマミ」と呼ばれる美味しさを感じる成分も生成される。

ウマミ(umami):甘味、塩味、酸味、苦味に次ぐ「第五の味覚」とされる味だ。グルタミン酸ナトリウムなどのアミノ酸塩が主な原因物質で、メイラード反応でも様々なうま味成分が生成される。

3.2.2 パン・ペストリー

パンやクッキーの魅力的な焼き色と香りもメイラード反応の賜物だ。小麦粉中のタンパク質と糖が焼成過程で反応する。特に、パン生地に砂糖や蜂蜜を加えると反応が促進され、より濃い焼き色になる。

3.2.3 コーヒー・ココア

コーヒー豆やカカオ豆の焙煎過程では、豆に含まれるタンパク質と糖がメイラード反応を起こし、特徴的な褐色と芳醇な香りを生み出す。コーヒーの香りは800種類以上の化合物によって形成されるが、その多くはメイラード反応の生成物だ[6]。

3.3 メイラード反応vs.カラメル化

メイラード反応とよく混同される現象に「カラメル化」がある。どちらも食品の褐変を引き起こすが、基本的なメカニズムは異なる。

カラメル化(caramelization):糖だけが高温にさらされたときに起こる反応で、アミノ化合物は必要としない。砂糖を熱すると褐色になり、特有の甘い香りを放つ現象だ。砂糖(ショ糖)が分解してフルフラールや他の化合物が生成される。

フルフラール(furfural):五員環のアルデヒド化合物で、糖の熱分解で生成される。キャラメル様の香りに寄与する。

カラメル化が起こる温度は一般的に160℃以上だが、メイラード反応はより低温(140℃程度)から始まり、さらに湿度の高い環境でも進行する。また、メイラード反応はより複雑で多様な風味化合物を生成する。

実際の調理では、メイラード反応とカラメル化が同時に起こることも多い。例えば、フライパンで肉を焼くとき、肉の表面ではメイラード反応が起こり、同時に肉に含まれる糖や調味用の砂糖がカラメル化することがある。

4. 生体内のメイラード反応

メイラード反応は調理だけでなく、生体内でも自然に発生している。生体内では一般的に「糖化(glycation)」と呼ばれるが、本質的には同じ反応だ[7]。

4.1 生理的条件下でのメイラード反応

生体内のメイラード反応は料理のように高温条件ではなく、体温(約37℃)という比較的低温で、長時間かけて進行する。主に血液中のグルコースとタンパク質(特にヘモグロビンやアルブミンなど)の間で反応が起こる。

ヘモグロビン(hemoglobin):赤血球中に存在するタンパク質で、酸素を運搬する役割を持つ。血中グルコースと反応して糖化ヘモグロビン(HbA1c)を形成する。

アルブミン(albumin):血漿中に最も多く存在するタンパク質で、様々な物質の運搬に関わる。グルコースと反応して糖化アルブミン(フルクトサミン)を形成する。

4.2 糖化ヘモグロビン(HbA1c)と糖尿病管理

血中のグルコースがヘモグロビンと反応して形成される糖化ヘモグロビン(HbA1c)は、糖尿病患者の血糖コントロール状態を評価する重要な指標となっている。HbA1cは赤血球の寿命(約120日)を反映するため、過去1〜2ヶ月の平均的な血糖値を知ることができる[8]。

糖化ヘモグロビン(glycated hemoglobin, HbA1c):ヘモグロビンのβ鎖N末端のバリン残基にグルコースが結合したもので、メイラード反応の生成物だ。赤血球の寿命(約120日)の間、蓄積するため、長期的な血糖コントロールの指標として用いられる。

N末端(N-terminus):タンパク質またはペプチドのアミノ末端のことで、遊離のアミノ基(-NH₂)を持つ端だ。「N」は窒素(Nitrogen)を表す。

バリン(valine):必須アミノ酸の一つで、疎水性側鎖を持つ。ヘモグロビンのβ鎖のN末端に位置し、糖化の標的となる。

4.3 AGEs(終末糖化産物)の生成と蓄積

生体内のメイラード反応が進行すると、最終的にAGEs(終末糖化産物)と呼ばれる複雑な化合物が生成される。AGEsは主に以下のような経路で形成される[9]:

  1. グルコース経路:血糖(グルコース)が直接タンパク質と反応する
  2. 脂質過酸化経路:不飽和脂肪酸の酸化で生じるジカルボニル化合物がタンパク質と反応する
  3. ポリオール経路:フルクトースやその代謝産物がタンパク質と反応する

脂質過酸化(lipid peroxidation):不飽和脂肪酸が酸素と反応して脂質過酸化物を形成するプロセスだ。活性酸素種(ROS)による酸化ストレスで促進される。

不飽和脂肪酸(unsaturated fatty acid):分子内に一つ以上の炭素-炭素二重結合(C=C)を持つ脂肪酸だ。オレイン酸、リノール酸、アラキドン酸などが代表的で、二重結合が多いほど酸化されやすい。

活性酸素種(Reactive Oxygen Species, ROS):酸素を含む反応性の高い分子種で、スーパーオキシドアニオン(O₂⁻)、過酸化水素(H₂O₂)、ヒドロキシルラジカル(OH・)などがある。細胞の酸化ストレスを引き起こす。

ポリオール経路(polyol pathway):グルコースがソルビトールを経てフルクトースに変換される代謝経路だ。アルドース還元酵素とソルビトール脱水素酵素が関与する。糖尿病状態で活性化され、様々な合併症に関与する。

ソルビトール(sorbitol):グルコースが還元されて生成される糖アルコールだ。細胞内に蓄積すると浸透圧ストレスを引き起こす可能性がある。

AGEsはタンパク質の架橋形成を促進し、タンパク質の構造や機能に影響を与える。特に、寿命の長いタンパク質(コラーゲン、水晶体クリスタリンなど)での蓄積が問題となる。

架橋形成(crosslinking):2つ以上のタンパク質分子間に共有結合が形成され、分子が連結されること。AGEsによる架橋形成は組織の硬化や弾力性低下を引き起こす。

コラーゲン(collagen):結合組織の主要なタンパク質で、体内で最も豊富なタンパク質だ。三重らせん構造を持ち、皮膚や骨、軟骨、血管などに存在する。寿命が長く、AGEsが蓄積しやすい。

クリスタリン(crystallin):眼の水晶体を構成する主要なタンパク質だ。透明性を維持する役割があり、寿命が非常に長い(実質的に一生)。AGEsの蓄積により水晶体が黄色く変色し、最終的には白内障の原因となりうる。

5. 健康との関連性

5.1 糖尿病とAGEs

糖尿病患者では血糖値が高いため、メイラード反応が促進され、AGEsの生成・蓄積が健常者より多くなる。これが糖尿病の様々な合併症(網膜症、腎症、神経障害、血管障害など)の発症や進行に関与している[10]。

糖尿病網膜症(diabetic retinopathy):糖尿病による網膜の微小血管障害だ。AGEsの蓄積が血管壁を傷害し、血液網膜関門の破綻や新生血管形成を引き起こす。失明の主要な原因の一つ。

糖尿病腎症(diabetic nephropathy):糖尿病による腎機能障害だ。糸球体基底膜へのAGEsの蓄積が糸球体濾過機能を低下させ、最終的には腎不全に至る可能性がある。

糖尿病神経障害(diabetic neuropathy):糖尿病による末梢神経や自律神経の障害だ。神経細胞や髄鞘へのAGEsの蓄積が神経機能を阻害する。

5.2 老化とAGEs

AGEsの蓄積は正常な加齢過程でも起こり、老化現象と密接に関連している。皮膚のしわや弾力性の低下、動脈硬化、白内障など、加齢に伴う様々な変化にAGEsが関与していることが明らかになっている[11]。

動脈硬化(atherosclerosis):動脈壁が肥厚・硬化し、弾力性を失う疾患だ。AGEsの蓄積が血管壁のコラーゲンを変性させ、炎症反応を惹起することで進行する。

白内障(cataract):眼の水晶体が混濁する疾患だ。水晶体タンパク質(クリスタリン)へのAGEsの蓄積が主な原因の一つとされる。

5.3 食事由来のAGEsと健康影響

食品中のAGEs(食事AGEs)も健康に影響を与える可能性がある。特に高温で調理した動物性食品(焼肉、揚げ物など)は食事AGEsを多く含む。これらを大量に摂取すると、体内の総AGEs量が増加し、炎症や酸化ストレスを促進する可能性がある[12]。

炎症(inflammation):外的刺激や組織の傷害に対する生体の防御反応だ。AGEsはRAGE(AGE受容体)と結合して炎症性サイトカインの産生を促進する。

RAGE(Receptor for AGE):AGEsが結合する細胞表面受容体で、免疫グロブリンスーパーファミリーに属する。AGEsとの結合により炎症反応や酸化ストレスを引き起こすシグナル伝達が活性化される。

サイトカイン(cytokine):細胞から分泌されるタンパク質で、他の細胞の機能を調節する。TNF-α、IL-6、IL-1βなどの炎症性サイトカインはAGE-RAGE相互作用により産生が促進される。

TNF-α(腫瘍壊死因子α, Tumor Necrosis Factor-α):主にマクロファージから分泌される炎症性サイトカインで、様々な炎症反応を引き起こす。

IL-6(インターロイキン6, Interleukin-6):様々な細胞から分泌されるサイトカインで、急性期反応や免疫応答の調節に関与する。

マクロファージ(macrophage):白血球の一種で、体内に侵入した病原体や異物を貪食して排除する役割を持つ。AGEsに応答して炎症性サイトカインを分泌する。

5.4 抗糖化食品と予防戦略

AGEsの生成や蓄積を抑制する「抗糖化」作用を持つ食品や成分が注目されている[13]:

  1. 抗酸化物質:ビタミンC、ビタミンE、ポリフェノールなどの抗酸化物質は、メイラード反応の中間体であるフリーラジカルを捕捉し、AGEs形成を抑制する。
  2. アミノグアニジン様化合物:カレースパイスのターメリックに含まれるクルクミンや、ニンニクに含まれる成分はアミノグアニジン様の抗糖化作用を持つ。
  3. ジカルボニル捕捉剤:カルノシン、アンセリン、タウリンなどのアミノ酸誘導体はジカルボニル化合物を捕捉し、AGEs形成を抑制する。

抗酸化物質(antioxidant):フリーラジカルや活性酸素種と反応し、それらの反応性を低下させる物質だ。ビタミンC、ビタミンE、カロテノイド、ポリフェノールなどが代表的。

フリーラジカル(free radical):不対電子を持つ高反応性の原子や分子だ。細胞の酸化ストレスを引き起こす。

ポリフェノール(polyphenol):植物に含まれる多数の水酸基(-OH)を持つ化合物群だ。抗酸化作用や抗炎症作用を示す。緑茶のカテキン、ブドウのレスベラトロール、ターメリックのクルクミンなどが代表的。

アミノグアニジン(aminoguanidine):メイラード反応の初期段階で形成されるシッフ塩基と反応し、AGEs形成を阻害する化合物だ。実験的な抗糖化剤として研究されている。

クルクミン(curcumin):ターメリック(ウコン)に含まれる黄色の色素成分で、抗酸化作用、抗炎症作用、抗糖化作用など様々な生理活性を持つ。

カルノシン(carnosine):β-アラニンとヒスチジンからなるジペプチドで、筋肉や脳に多く含まれる。強い抗酸化作用と抗糖化作用を持つ。

アンセリン(anserine):カルノシンのメチル化誘導体で、主に鳥類や魚類の筋肉に含まれる。カルノシンと同様に抗酸化・抗糖化作用を持つ。

タウリン(taurine):含硫アミノ酸の一種で、胆汁酸の合成や浸透圧調整などに関与する。抗酸化作用や抗糖化作用も報告されている。

AGEs形成を抑制するためのライフスタイル戦略としては、以下のようなものがある:

  1. 血糖コントロール:糖尿病患者は適切な血糖管理を行うことでAGEs形成を抑制できる。
  2. 調理法の工夫:低温調理、蒸す、煮るなどの調理法を選択する。
  3. 抗糖化食品の摂取:抗酸化物質を豊富に含む野菜や果物、ハーブなどを積極的に摂取する。
  4. 適度な運動:定期的な運動は糖代謝を改善し、AGEs形成を抑制する。

6. 産業応用と技術革新

6.1 食品工業での応用

メイラード反応は食品工業でも積極的に利用されている[14]:

6.1.1 香料開発

メイラード反応の生成物は、肉、パン、コーヒーなどの風味を再現する香料として広く利用されている。特定の糖とアミノ酸の組み合わせを選択し、反応条件を制御することで、様々な香りプロファイルを作り出すことができる。

香料(flavor):食品に特定の香りや風味を付与する目的で使用される物質だ。天然香料と合成香料があり、メイラード反応生成物は両方に含まれる。

香りプロファイル(aroma profile):食品の香りを構成する様々な揮発性化合物の組み合わせやバランスのことだ。食品の風味特性を決定する重要な要素。

6.1.2 食品の色調調整

メイラード反応によって生成されるメラノイジンは、食品の色調を調整するために利用されている。例えば、パン製品やビスケットの焼き色を均一にするための添加物や、醤油やソースの色調を深めるための酵素処理などがある。

6.1.3 機能性食品開発

最近の研究では、メイラード反応生成物の中には抗酸化活性や抗菌活性を持つものがあることが明らかになっている。これらを活用した機能性食品の開発も進められている。

機能性食品(functional food):通常の栄養素としての働き以外に、特定の健康効果をもたらすことを目的とした食品だ。

6.2 分析技術の進歩

メイラード反応生成物の分析技術も急速に進歩している[15]:

6.2.1 質量分析法

最新の高分解能質量分析装置により、食品や生体試料中の微量のAGEsを高感度で検出・定量することが可能になっている。特に、液体クロマトグラフィー/質量分析(LC-MS/MS)は、複雑なマトリックス中のAGEsの分析に威力を発揮する。

質量分析法(mass spectrometry):分子をイオン化し、質量電荷比(m/z)に基づいて分離・検出する分析技術だ。複雑な混合物中の特定の物質を高感度で検出できる。

液体クロマトグラフィー(liquid chromatography, LC):移動相に液体を用いるクロマトグラフィーの一種で、物質の分離・精製に用いられる。

タンデム質量分析(tandem mass spectrometry, MS/MS):2段階の質量分析を連続して行う技術で、一次イオンをさらに断片化して分析することで、より詳細な構造情報を得ることができる。

6.2.2 イメージング技術

質量分析イメージングや蛍光イメージングなどの技術を用いて、組織中のAGEsの分布を視覚化することも可能になっている。これにより、AGEsの蓄積と疾患との関連をより詳細に研究できるようになった。

質量分析イメージング(mass spectrometry imaging):組織切片などの表面を走査し、各点での質量スペクトルを取得することで、特定の分子の空間分布を可視化する技術だ。

蛍光イメージング(fluorescence imaging):蛍光物質を用いて特定の分子や構造を可視化する技術だ。AGEsの中には自家蛍光を持つものがあり、これを利用した検出も可能。

自家蛍光(autofluorescence):外部から蛍光物質を添加せずに、物質自体が持つ蛍光特性のことだ。一部のAGEs(特にペントシジンなど)は特徴的な自家蛍光を示す。

6.3 医療分野での応用

AGEsの研究は医療分野でも応用されている[16]:

6.3.1 診断マーカー

AGEsの血中や組織中の濃度は、糖尿病の進行や合併症リスクの評価に役立つバイオマーカーとして研究されている。特に、皮膚AGEs測定装置(AGEリーダーなど)は、非侵襲的に体内AGEs量を推定できるツールとして注目されている。

バイオマーカー(biomarker):体内の生物学的変化を客観的に測定し、健康状態や疾患の評価に利用できる指標だ。

非侵襲的(non-invasive):体を傷つけたり、体内に器具を挿入したりすることなく行える検査や測定のことだ。

AGEリーダー(AGE Reader):皮膚の自家蛍光を測定することで、組織中のAGEs蓄積レベルを推定する装置だ。

6.3.2 治療薬開発

AGEs形成の阻害や、既に形成されたAGEsを分解する薬剤の開発も進められている。アミノグアニジン(ピマゲジン)、アラゲブリウム(ALT-711)、TRC4186などの化合物が研究されている。

アラゲブリウム(alagebrium, ALT-711):既に形成されたAGEsの架橋を切断する作用を持つ化合物だ。「AGE breaker(AGE切断剤)」として研究されている。

TRC4186:抗糖化作用と抗酸化作用を併せ持つ合成化合物で、糖尿病合併症の予防効果が研究されている。

7. 最新の研究動向

7.1 マイクロバイオームとAGEs

近年、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)とAGEsの関連性に注目が集まっている[17]。一部の腸内細菌は食事由来のAGEsを分解する能力を持つことが示唆されており、プロバイオティクスによるAGEs低減効果も研究されている。

マイクロバイオーム(microbiome):特定の環境(腸管内など)に生息する微生物群集の総称だ。ヒト腸内には1000種以上、約100兆個の微生物が生息している。

プロバイオティクス(probiotics):適切な量を摂取することにより宿主(人間)に健康上の利益をもたらす生きた微生物だ。ビフィズス菌や乳酸菌などが代表的。

7.2 脳におけるAGEsと神経変性疾患

アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の病理にAGEsが関与している可能性が示唆されている[18]。脳内のタンパク質(アミロイドβ、タウ、α-シヌクレインなど)がAGE化されると、凝集性や毒性が増大することが報告されている。

神経変性疾患(neurodegenerative disease):神経細胞が徐々に機能を失い、最終的に死滅する疾患の総称だ。アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などが含まれる。

アミロイドβ(amyloid-β):アルツハイマー病の病理に関与するタンパク質だ。脳内で凝集して老人斑を形成する。

タウタンパク質(tau protein):神経細胞内の微小管安定化に関わるタンパク質だ。アルツハイマー病では過剰にリン酸化されて神経原線維変化を形成する。

α-シヌクレイン(α-synuclein):神経伝達物質の放出調節に関わるタンパク質だ。パーキンソン病では凝集してレビー小体を形成する。

7.3 エピジェネティクスとメイラード反応

メイラード反応がDNAやヒストンタンパク質の修飾を介して遺伝子発現に影響を与える「エピジェネティック」な効果も研究されている[19]。特に、ヒストンのリシン残基がAGE化されると、クロマチン構造や遺伝子発現パターンが変化する可能性がある。

エピジェネティクス(epigenetics):DNAの塩基配列変化を伴わずに遺伝子発現を調節するメカニズム全般を指す。DNAメチル化、ヒストン修飾、非コードRNAなどが含まれる。

ヒストン(histone):DNAが巻き付いて染色体を形成する塩基性タンパク質だ。N末端側の「尾部」は様々な化学修飾を受け、遺伝子発現の調節に関わる。

クロマチン(chromatin):真核生物の細胞核内でDNAとヒストンが複合体を形成した構造だ。クロマチンの凝縮状態は遺伝子の活性化・不活性化に関与する。

7.4 抗糖化物質の探索

天然物由来の新規抗糖化物質の探索も活発に行われている[20]。海洋生物、薬用植物、食用キノコなど、様々な生物資源から抗糖化活性を持つ化合物が発見されている。

7.5 創薬ターゲットとしてのRAGE

AGE受容体(RAGE)を標的とした創薬研究も進展している[21]。RAGE拮抗薬、可溶性RAGE、RAGE発現抑制薬などのアプローチが検討されている。

拮抗薬(antagonist):受容体に結合するが活性化しない(シグナル伝達を引き起こさない)物質だ。

可溶性RAGE(soluble RAGE, sRAGE):細胞膜に結合していない形のRAGEで、循環血液中に存在する。AGEsを捕捉してRAGEとの結合を阻害する「デコイ受容体」として機能する。

8. 参考文献

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