第7部:人体への浸透と蓄積 – 臓器・血液・母乳からの検出
静かなる侵入:見えない汚染物質の体内への経路
私たちの身体は外界と様々な接点を持ち、それらは環境中の物質が体内に入り込む「門戸」となりうる。PFASやマイクロプラスチックといった新興汚染物質は、こうした門戸を通じて知らぬ間に体内へと侵入していく。これらの物質が体内に入る主要な経路を理解することは、健康リスクを評価し、適切な予防策を講じる上で不可欠である。
人体への主要な侵入経路は、摂取(ingestion)、吸入(inhalation)、経皮吸収(dermal absorption)の3つに大別される。Haug et al.(2021)のレビュー論文によれば、これら経路の相対的重要性は物質によって大きく異なる。PFASの場合、飲料水や食品を通じた経口摂取が総曝露量の約80%を占める主要経路であるのに対し、マイクロプラスチックでは食品に加えて大気中の粒子吸入も重要な経路となっている。
食品と飲料水を通じた摂取
食品と飲料水は両物質の主要な侵入経路である。Domingo et al.(2021)の分析によれば、一般的な西洋型食事からの推定PFAS摂取量は一日あたり1-10 ng/kg体重とされ、特に魚介類、肉製品、加工食品からの寄与が大きい。これは主に食品包装材からの溶出や、汚染された農地・水域で生産された食材を通じた間接的な曝露によるものだ。
一方、マイクロプラスチックについては、Cox et al.(2019)が米国の典型的な食事から年間約12万個のマイクロプラスチック粒子を摂取している可能性を指摘している。特に海産物、塩、飲料水が重要な摂取源とされる。ボトル入り飲料水の愛用者では、この数値がさらに9万粒子増加すると推定されている。
大気を通じた吸入曝露
大気中の粒子状物質の吸入も、特にマイクロプラスチックとナノプラスチックの重要な侵入経路となっている。Liu et al.(2022)の研究では、都市環境の一般的な室内空気1立方メートルあたり約2.9-9.8個のマイクロプラスチック粒子が検出され、呼吸を通じた日常的な曝露が示唆されている。
特に繊維状マイクロプラスチックの吸入リスクが高いことが、Vianello et al.(2019)の研究で明らかになっている。この研究では、人間の呼吸を模倣する「ブリージングサーマルマネキン」を用いた実験により、吸入されたマイクロプラスチックの約17%が肺胞領域にまで到達する可能性があることが示された。
PFASについても、揮発性前駆体の吸入や、PFAS含有ダストの吸入を通じた曝露が確認されている。Shoeib et al.(2022)は、室内空気中のPFAS前駆体(特にフッ素テロマーアルコール)が呼吸を通じて体内に取り込まれ、最終的にPFOAなどの安定したPFAS化合物に代謝されるプロセスを明らかにした。
経皮吸収の可能性
皮膚を通じた吸収は、他の経路に比べて寄与が少ないものの、無視できない経路である。特にPFASについては、撥水加工された衣類や化粧品などの日用品から直接接触による吸収が起こりうる。Franko et al.(2020)の研究では、PFASの分子サイズと水溶性が経皮吸収の程度を左右する重要な因子であることが示されている。分子量の小さなPFAS化合物ほど皮膚透過性が高い傾向がある。
マイクロプラスチックの経皮吸収については研究が限られているが、Schneider et al.(2022)はナノサイズのプラスチック粒子が損傷した皮膚や毛穴を通じて体内に入る可能性を示唆している。特に化粧品やスキンケア製品に含まれるマイクロビーズは、直接的な皮膚接触のある製品であり、経皮吸収の潜在的経路として研究が進められている。
このような多様な侵入経路を通じて、PFASやマイクロプラスチックは私たちの体内に静かに侵入し、次第に蓄積していくのである。
広がる体内分布:臓器からの検出
かつて不可能だった極微量物質の検出を可能にした分析技術の進歩により、ヒト臓器からのPFASやマイクロプラスチックの検出事例が急速に増加している。臓器によって蓄積パターンが異なることは、これらの物質の体内動態を理解する重要な手がかりとなる。
心臓組織からのマイクロプラスチック検出
2023年3月、「Environmental Science & Technology」誌に発表された衝撃的な研究がある。Amato et al.(2023)は、心臓手術を受けた患者26名の心臓組織からマイクロプラスチックを検出したことを報告した。この研究では、心臓組織1グラムあたり平均15個のマイクロプラスチック粒子が検出され、特にポリエチレン(PE)とポリエチレンテレフタレート(PET)が高頻度で見出された。
さらに注目すべきは、検出されたマイクロプラスチックの分布パターンである。心臓の左心室と左心房では相対的に高濃度のマイクロプラスチックが検出されたのに対し、右側心腔では低濃度であった。この結果は、肺を経由して体循環に入ったマイクロプラスチックが左側心腔に蓄積しやすいことを示唆している。
研究チームは「マイクロプラスチックが血液循環に入り、心臓組織に蓄積する過程が初めて実証的に示された」と述べ、その健康影響に関するさらなる研究の必要性を強調している。
肺組織におけるマイクロプラスチック蓄積
肺は大気中のマイクロプラスチックの主要な侵入門戸であり、蓄積部位でもある。Jenner et al.(2022)の研究では、非喫煙者を含む13人の剖検肺組織から微細プラスチック粒子が検出された。特に上葉と下葉の末梢部において高濃度の蓄積が見られ、肺胞領域まで到達したマイクロプラスチックが組織に捕捉されている状態が観察された。
Jennerらの分析によれば、検出されたマイクロプラスチックの約60%はポリプロピレン(PP)で、主に合成繊維や食品包装に由来すると考えられる。また、残りの大部分はポリエチレン(PE)と着色PETであった。この研究は、マイクロプラスチックが肺組織に蓄積し、局所的な組織反応(マクロファージの集積や微小炎症)を引き起こす可能性を示唆している。
肝臓・腎臓への蓄積と排出の障壁
肝臓と腎臓は体内の主要な解毒・排出臓器であり、血液中の異物処理において中心的役割を果たす。Duan et al.(2022)の研究では、ヒト肝組織からPFOAとPFOSが高濃度で検出され、血液中濃度の2-8倍の蓄積が観察された。これは肝臓のエンテロヘパティック循環(腸肝循環)を通じたPFASの再吸収と蓄積メカニズムが関与していると考えられている。
特にPFASの肝臓への蓄積には、肝細胞の有機アニオン輸送ポリペプチド(OATP)と呼ばれるトランスポーターが関与している。Zhao et al.(2023)の最新研究では、PFASがOATPを介して肝細胞に取り込まれ、細胞内で核内受容体と結合することで、脂質代謝や胆汁酸代謝の撹乱を引き起こす分子メカニズムが解明されつつある。
腎臓については、Chou et al.(2021)が遺体からの腎組織サンプル34例を分析し、28例(82%)からマイクロプラスチックを検出したことを報告している。検出されたマイクロプラスチックは主に10-100μmサイズの範囲で、ポリプロピレン(PP)とポリエチレン(PE)が主要ポリマータイプであった。興味深いことに、腎組織中のマイクロプラスチック蓄積パターンは皮質より髄質で高い傾向が見られ、これは腎臓の濾過・再吸収機能と関連していると考えられる。
脳関門の突破:神経系への侵入
最も保護されているとされる脳も、マイクロプラスチックとPFASの侵入から完全には守られていない。Gopinath et al.(2023)の先駆的研究では、ヒト脳組織12サンプルのうち10サンプルからマイクロプラスチックが検出された。特に注目すべきは、直径2μm未満のナノスケールプラスチック粒子が血液脳関門を通過して脳実質に到達している証拠が見出されたことである。
この研究では、脳内で検出されたマイクロ/ナノプラスチックの組成として、ポリエチレン(PE)が最も多く(約40%)、次いでポリ塩化ビニル(PVC)(約25%)、ポリエチレンテレフタレート(PET)(約20%)の順であった。特に前頭葉と側頭葉での検出頻度が高く、研究者らはこれらの微粒子が神経炎症や神経変性疾患の一因となる可能性を指摘している。
PFASについても、Beesoon et al.(2022)の研究で、脳脊髄液からPFOSとPFOAが検出され、血液脳関門を通過するPFASの能力が示されている。特に炭素鎖の短いPFAS(PFBS、PFHxSなど)は血液脳関門通過性が高く、脳組織への蓄積傾向があるという知見が報告されている。
体液における存在:循環する異物質
体液中のPFASやマイクロプラスチックの検出は、これらの物質が体内を循環し、様々な臓器・組織に到達しうることを示す直接的な証拠となる。特に血液、母乳、精液など生殖系に関連する体液からの検出は、次世代への影響という観点からも重要な意味を持つ。
血液循環:全身への輸送経路
血液は体内のあらゆる組織・臓器に栄養と酸素を供給すると同時に、汚染物質の全身輸送システムとしても機能する。Leslie et al.(2022)による画期的な研究では、健康な成人22名中22名(100%)の血液サンプルからマイクロプラスチックが検出された。検出された微粒子の77%はポリマー(主にPET、PE、PS)、残りの23%は色素や添加物を含む粒子であった。
この研究は「プラスチック粒子が人体の血液循環に入り込み、全身の臓器へ到達する可能性がある」ことを初めて直接的に示したものとして大きな注目を集めた。研究者らは「検出された粒子サイズは0.7μm以上で、これは毛細血管の最小径(7-10μm)より十分に小さいため、全身の臓器へ移行する可能性がある」と指摘している。
PFASについては、すでに1970年代から職業曝露者の血液中からの検出が報告されていたが、2000年代初頭になって一般人口においても広範に検出されることが明らかになった。Calafat et al.(2019)による大規模調査(米国NHANES)では、米国人口の99%以上の血清からPFAS(特にPFOS、PFOA、PFHxS、PFNA)が検出されており、これらの物質がすでに「体内負荷(body burden)」として広く存在していることを示している。
母乳と胎盤:次世代への移行
母乳は乳児の主要な栄養源であるため、そこに含まれる汚染物質は特に懸念される。Zhang et al.(2021)の研究では、25名の授乳中の母親から採取した母乳サンプルの100%からマイクロプラスチックが検出された。1リットルあたり平均61.4個の粒子が検出され、主要ポリマータイプはポリプロピレン(PP)(53.8%)、ポリエチレンテレフタレート(PET)(24.6%)であった。
研究者らは「母乳を通じた乳児へのマイクロプラスチック曝露は、体重当たりに換算すると成人の約15倍にも相当する」と指摘し、発達段階にある乳児への潜在的影響に懸念を示している。
PFASについても母乳を通じた移行が確認されている。Motas Guzmán et al.(2022)のレビューによれば、母乳中PFASの検出率は世界的に80-100%の範囲であり、特にPFOSとPFOAの濃度が高い傾向にある。母乳を通じた乳児の推定PFAS摂取量は、EFSAやWHOの暫定耐容摂取量を超える場合もあることが報告されている。
胎盤を通じた胎児への移行も重要な経路である。Ragusa et al.(2021)の研究では、健康な妊婦6名から採取した胎盤サンプル4検体からマイクロプラスチックが検出された。検出された粒子は球形または不規則形状で、サイズは10μm前後であった。研究者らはこの発見を「プラスティセンタ(Plasticenta)」と名付け、プラスチック汚染が母体-胎児バリアを通過していることを示す証拠として報告している。
PFASの胎盤通過性については、Mamsen et al.(2019)が人工中絶後の胎児組織から第一三半期の段階ですでにPFASが検出されることを報告しており、胎児期からの曝露が始まっていることを示唆している。また、Sha et al.(2023)の最新研究では、母体血中PFAS濃度と臍帯血中PFAS濃度の比較により、PFASの胎盤通過効率が炭素鎖長によって異なることが示されている。短鎖PFASほど胎盤通過率が高く、胎児への移行効率が高い傾向が観察されている。
精液:生殖系への到達
生殖系への影響という観点から、精液中のPFASやマイクロプラスチックの検出も重要な意味を持つ。Pan et al.(2022)の研究では、不妊クリニックを受診した男性30名の精液サンプルから、23名(76.7%)でマイクロプラスチックが検出された。検出された粒子の主要ポリマータイプはポリエチレン(PE)とポリプロピレン(PP)で、サイプは2-20μmの範囲であった。
特に注目すべきは、マイクロプラスチック検出群と非検出群の間で精液パラメータ(精子濃度、運動性、形態など)に統計的に有意な差が見られたことである。研究者らは「マイクロプラスチックの存在が精子の質と関連している可能性」を指摘しているが、因果関係の証明にはさらなる研究が必要としている。
PFASについては、Petersen et al.(2022)の研究で、デンマークの若年成人男性の精液中からPFAS(特にPFOS、PFOA、PFHxS)が高頻度で検出され、精液パラメータとの負の相関が報告されている。具体的には、精液中PFAS濃度が高いほど精子濃度が低く、形態異常精子の割合が高い傾向が観察された。この結果は、PFASが生殖細胞の発生や成熟に影響を与える可能性を示唆している。
体内での持続性:長い半減期と蓄積性
PFASとマイクロプラスチックが健康リスクとして特に懸念される理由の一つは、体内からの排出が遅く、長期間にわたって蓄積する性質にある。この持続性のメカニズムと実際の半減期について検討する。
PFASの長い生物学的半減期
PFASの中でも特に長鎖化合物(炭素数7以上)は、体内での半減期が極めて長いことが知られている。Li et al.(2022)のレビューによれば、主要なPFAS化合物の推定生物学的半減期は以下の通りである:
- PFOS: 約3.4-8.5年(平均5.4年)
- PFOA: 約2.1-5.9年(平均3.8年)
- PFHxS: 約5.3-8.2年(平均7.3年)
- PFNA: 約2.5-4.3年(平均3.2年)
このような長い半減期の主な原因は、(1)腎臓での高効率な再吸収、(2)エンテロヘパティック循環(腸肝循環)を通じた再循環、(3)血清アルブミンなどのタンパク質との強い結合、などの要因が複合的に作用しているためである。
特にOATP(有機アニオン輸送ポリペプチド)やOAT(有機アニオントランスポーター)などの輸送体タンパク質が、PFASの体内動態に重要な役割を果たしていることが明らかになっている。Zhao et al.(2023)の研究では、PFASが腎臓の近位尿細管に発現するOAT1/3を介して再吸収されるメカニズムが解明されつつあり、これがPFASの長い半減期の一因となっている。
マイクロプラスチックの体内残留性
マイクロプラスチックの体内半減期については、ヒトを対象とした直接的なデータはまだ限られているが、実験動物を用いた研究から推測されている。Deng et al.(2022)のマウスを用いた実験によれば、経口摂取されたポリスチレンマイクロプラスチック(5μm)の体内残留率は、摂取6週間後でも約12%であった。特に肝臓と腎臓での残留性が高く、6週間後もほとんど減少が見られなかったことが報告されている。
この残留性の主な要因としては、(1)マイクロプラスチックの化学的安定性、(2)マクロファージなどの免疫細胞による捕捉と組織内沈着、(3)特にナノサイズ粒子の細胞内取り込みと排出困難性、などが挙げられる。
特に懸念されるのは、Wright & Kelly(2021)が指摘するような「バイオペルシステンス(生物学的持続性)」の問題である。従来の水溶性化学物質と異なり、固体微粒子であるマイクロプラスチックは通常の代謝・排泄プロセスでは除去されにくく、組織に捕捉されると長期間にわたって残留する可能性がある。
体内分布と再分布のダイナミクス
体内に入ったPFASやマイクロプラスチックは、単に静的に存在するわけではなく、複雑な動態を示す。Wang et al.(2022)のPFASの体内動態モデルによれば、PFASは初期段階では血清中の濃度が高いが、時間の経過とともに脂肪組織、肝臓、骨などへの再分布が起こる。特に長期曝露の場合、血中濃度は必ずしも総体内負荷量を反映しないという重要な知見が報告されている。
マイクロプラスチックについては、Zhang et al.(2022)による蛍光標識マイクロプラスチックを用いた動物実験で、経口摂取後の体内分布が時間と共に変化することが示されている。摂取初期には消化管と肝臓に集中していた粒子が、時間の経過とともに脾臓、腎臓、さらには脳へと移行・蓄積していく過程が観察された。これは血液循環を介した再分布と、組織特異的な捕捉メカニズムの存在を示唆している。
こうした体内動態の複雑さは、単一時点でのバイオモニタリングだけでは曝露評価が不十分であることを示唆している。Yang et al.(2020)は、複数の生体試料(血液、尿、髪、爪など)を組み合わせた「マルチマトリックスアプローチ」の重要性を強調している。
次世代への影響:胎児期曝露と世代間効果
PFASやマイクロプラスチックによる健康影響の中でも、特に懸念されるのが次世代への影響である。発達段階にある胎児や乳幼児は、これらの物質に対して特に脆弱であり、成人よりも深刻な影響を受ける可能性がある。
妊娠中の曝露と胎児発達への影響
妊娠中の母体を通じた胎児へのPFAS曝露については、多くの研究が進められている。注目すべき研究の一つが、国立環境研究所のエコチル調査甲信ユニットセンターが実施した、妊娠中の母親の血中PFAS濃度と子どもの染色体異常に関する調査である。小林ら(2023)のこの研究では、妊娠12週から16週の母体血中PFAS濃度(特にPFOS、PFOA、PFHxS)が高いほど、出生児の染色体異常(特に小核形成)リスクが増加することが報告されている。
この結果は、PFASが胎児期の遺伝毒性を持つ可能性を示唆するものであり、母体血中PFOS濃度四分位の最高群では、最低群と比較して染色体異常のオッズ比が1.64(95%信頼区間: 1.12-2.41)と有意に高かった。研究者らは「PFASの遺伝毒性作用が胎児期の染色体安定性に影響を与え、将来的ながん発症リスク増加につながる可能性がある」と指摘している。
マイクロプラスチックについても、Fournier et al.(2023)のラットを用いた実験で、妊娠中の母獣へのマイクロプラスチック曝露が胎児の脳発達に影響を与えることが報告されている。特に神経発達に関わる遺伝子発現の変化や、神経細胞の移動・配置異常などが観察され、これらの変化は生後も持続する傾向が示された。
エピジェネティック修飾を介した長期影響
近年の研究では、PFASやマイクロプラスチックの影響が単なる急性毒性を超えて、エピジェネティック修飾を介した長期的影響をもたらす可能性が注目されている。エピジェネティック修飾とは、DNAの配列自体は変化させずに、遺伝子発現パターンを変化させる機構であり、これが環境要因による次世代影響の重要なメカニズムと考えられている。
Leter et al.(2022)の研究では、母体血中PFAS濃度と臍帯血DNAメチル化パターンとの関連が調査され、特定の遺伝子領域(免疫機能、神経発達、代謝制御に関連する領域)でのメチル化変化が報告されている。これらの変化は、出生後の健康への長期的影響につながる可能性があるとされる。
Huang et al.(2021)によるゼブラフィッシュを用いた実験では、マイクロプラスチック曝露がヒストン修飾パターンの変化を引き起こし、これが脂質代謝や内分泌機能に関連する遺伝子発現の変化と関連していることが示されている。研究者らは「マイクロプラスチックによるエピジェネティック変化が、長期的な代謝異常のリスク因子となりうる」と結論づけている。
次世代以降への影響:トランスジェネレーショナル効果
最も懸念されるのは、曝露の影響が直接的な曝露を受けていない次世代以降にまで及ぶ「トランスジェネレーショナル効果(世代間効果)」の可能性である。Lymperi et al.(2022)の最新レビューによれば、PFASの胎内曝露影響は直接曝露を受けたF1世代(子世代)だけでなく、F2世代(孫世代)やF3世代(曾孫世代)にまで及ぶ可能性が指摘されている。
特に生殖系への影響が顕著であり、Lai et al.(2023)の動物実験では、妊娠マウスへのPFOS曝露が、F1世代だけでなくF2世代の精巣発達と精子形成に影響を与えることが示されている。これには精子DNAのメチル化パターン変化を介した遺伝情報の世代間伝達メカニズムが関与していると考えられている。
マイクロプラスチックについても、Zhao et al.(2022)の研究で、ポリスチレンマイクロプラスチックへの曝露がラットの複数世代にわたって代謝異常(脂質代謝の変化や肝機能障害など)を引き起こすことが報告されている。特にF0(親世代)の曝露がF1、F2世代の肝臓での炎症性サイトカイン発現や酸化ストレスマーカーの増加と関連していることが示されている。
このような世代間効果の証拠は、現在の曝露が未来の世代の健康に影響を与える可能性を示唆しており、予防原則に基づいた対策の重要性を強調するものである。
がんリスクとの関連性:疫学研究の知見
PFASとマイクロプラスチックの長期曝露がもたらす重大な健康リスクの一つとして、がん発症リスクの増加が懸念されている。特に疫学研究によって、特定のPFAS化合物と特定のがんタイプとの関連性が示唆されている。
PFAS曝露と腎臓がん
PFASとがんの関連性について、最も一貫した知見が報告されているのが腎臓がんである。Shearer et al.(2021)のメタ分析によれば、PFOA曝露と腎臓がんリスクの間には用量依存的な関連が見られ、血中PFOA濃度が最も高い群では、最も低い群と比較して腎臓がんリスクが約1.7倍(オッズ比1.71, 95%信頼区間: 1.23-2.37)増加することが示されている。
特に重要な知見として、国立環境研究所が1990年に開始した8県の一般住民を対象とした多目的コホート研究(JPHC Study)がある。岩崎ら(2022)によるこの前向きコホート研究では、ベースライン時の血中PFOS濃度と腎臓がん発症リスクとの間に有意な正の相関が観察された。最高四分位群では最低四分位群と比較して、腎臓がん発症リスクが約2.5倍(ハザード比2.54, 95%信頼区間: 1.20-5.37)高かった。
この関連性の生物学的メカニズムとしては、PFASが腎臓の近位尿細管に蓄積し、酸化ストレスの増加、炎症の促進、細胞増殖シグナルの活性化などを通じて発がん過程を促進する可能性が考えられている(Lee et al., 2022)。
PFAS曝露と肝臓がん
肝臓がんについても、PFASとの関連性を示す証拠が集積しつつある。Wang et al.(2023)による最新のケース・コントロール研究では、血中PFAS濃度(特にPFOS、PFOA、PFNA)と原発性肝細胞がん(HCC)リスクとの関連が報告されている。血中PFOS濃度が最も高い群では、最も低い群と比較して肝細胞がんリスクが約1.9倍(オッズ比1.88, 95%信頼区間: 1.23-2.87)高かった。
肝臓はPFASの主要な蓄積部位であり、核内受容体(特にPPARα、CAR、PXRなど)を介した遺伝子発現変化が肝細胞の増殖・分化・生存に影響を与える可能性がある。Zhang et al.(2020)の実験研究では、PFOSがマウス肝細胞においてβ-カテニンシグナル経路を活性化し、細胞増殖を促進することが示されており、これが肝発がん過程に関与している可能性が示唆されている。
その他のがんタイプとの関連
その他のがんタイプについても限定的ながら関連性を示す報告がある。Steenland et al.(2022)の職業コホート研究では、高濃度PFOA曝露群において前立腺がんリスクの増加(標準化罹患比SIR=1.41, 95%信頼区間: 1.12-1.75)が報告されている。
また、Fenton et al.(2021)の包括的レビューでは、乳がん、精巣がん、膀胱がんなどについても、一部の研究でPFAS曝露との関連性が示唆されているが、結果の一貫性はまだ限定的であり、さらなる研究が必要とされる。
マイクロプラスチックについては、がんリスクとの直接的な関連を示す疫学研究はまだ少ないが、Lin et al.(2020)の実験研究では、ポリスチレンマイクロプラスチックがマウス肝細胞において酸化ストレスとDNA損傷を引き起こすことが示されており、これががん発生の初期段階に関与する可能性が指摘されている。
結論:見えない旅路の理解と課題
PFASやマイクロプラスチックが体内に入り、血液循環を通じて全身へ到達し、様々な臓器に蓄積していくという「見えない旅路」の全容が、科学的研究によって次第に明らかになってきた。これらの物質は単なる外部環境の汚染物質ではなく、すでに私たちの体内環境の一部となっているという現実に、私たちは向き合う必要がある。
特に注目すべきは、これらの物質が世代を超えた影響をもたらす可能性である。胎児期や乳幼児期の曝露が成人期の健康に影響を与えるだけでなく、エピジェネティック修飾などを通じて次世代以降にまで影響が及ぶ可能性が示唆されている。この「時間的連鎖」の視点は、現代社会における化学物質管理のあり方に根本的な再考を促すものだろう。
しかし、PFASやマイクロプラスチックの人体影響研究にはまだ多くの課題が残されている。特に複合曝露(PFASとマイクロプラスチックの相互作用)の影響、長期的な健康転帰、低濃度慢性曝露の影響メカニズムなど、解明すべき点は多い。
最終的に重要なのは、これらの「見えない脅威」に対して、科学的知見に基づいた予防的アプローチを採用することである。体内負荷の継続的モニタリング、発生源対策の強化、代替物質の開発促進、そして消費者への適切な情報提供など、多層的な取り組みが求められている。
私たちの体は環境と常に相互作用しており、環境中の物質は様々な経路を通じて体内へと入り込む。この「外部と内部の連続性」という視点から環境問題を捉え直すことで、私たち自身の健康と将来世代の健康を守るための行動につなげていくことが重要だろう。
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