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なぜシェルドレイクは主流科学に挑戦したのか

第1部:形態共鳴理論の基礎と発展 – ルパート・シェルドレイクが提示する生命と記憶の新たな視座

イントロダクション:科学の境界を押し広げる試み

生命はいかにしてその形を獲得するのか。記憶はどこに保存されるのか。同種の生物はどのようにして共通のパターンを維持し続けるのか。

これらの問いに対して、現代科学は遺伝子を中心とした分子生物学的説明を提供してきた。しかし、生命現象の全てが遺伝子コードだけで説明できるのだろうか。英国の生物学者ルパート・シェルドレイク博士は、この主流のパラダイムに根本的な疑問を投げかけ、代替理論として「形態共鳴」(モーフィック・レゾナンス)という概念を提唱した。

本記事では、シェルドレイクの知的遍歴を辿りながら、形態共鳴理論の基本概念と理論的基盤、そして主な実験的証拠とその批判的考察を行う。境界科学と位置づけられることの多いこの理論が、なぜ多くの科学者から懐疑的に見られる一方で、根強い支持も集めているのかを多角的に探っていく。

1. 植物学者からの思想的転換—シェルドレイクの知的遍歴

ケンブリッジからインドへ:生物観の変容

ルパート・シェルドレイクは1942年イギリス生まれの生物学者である。ケンブリッジ大学で生化学を学び、植物の発生生理学の研究で博士号を取得した。当初は正統的な科学者として、植物ホルモンであるオーキシンの作用機序に関する研究を行っていた(Sheldrake, 1973)。しかし、還元主義的アプローチに限界を感じていたシェルドレイクは、1974年から1978年にかけてインドのハイデラバードにある国際作物研究所で上級研究員として勤務する中で、大きな思想的転換を経験する。

インドでの滞在中、シェルドレイクは西洋的な機械論的世界観と東洋的な有機体論的世界観の対比に触れ、「生物は単なる分子機械ではない」という直感を強めていった。彼はこの時期について後に「インドでの経験が、私の生物学観を根本から変えた。生命を理解するには、還元主義を超えた視点が必要だと確信するようになった」と述懐している(Sheldrake, 1991)。

この転換期に彼は『新しい生命科学』(A New Science of Life, 1981)の草稿を執筆し始め、形態形成場(モーフィック・フィールド)という概念を中心に据えた新たな生物学理論の構築に着手した。この著作は出版後、権威ある科学雑誌『ネイチャー』の編集長ジョン・マドックスから「焚書に値する」(A book for burning?)と評される(Maddox, 1981)など大きな論争を引き起こした。この反応自体が、シェルドレイクの理論が科学の根幹に挑戦するものであることを示していた。

形態進化論から形態共鳴理論へ

シェルドレイクが初期に着目したのは、生物の発生過程における形態形成の謎だった。受精卵からどのようにして複雑な形態が発生するのか。DNAは設計図と説明されるが、実際には単に特定のタンパク質を作る指示を含むだけで、どのようにして細胞が組織化され、器官が形成されるかについての包括的な情報は含まれていない。

彼は、20世紀前半の発生生物学者ハンス・シュペーマンらが提唱した「場の理論」や「形態的場」の概念、さらにはC.H.ワディントンの「発生場」の考え方を発展させた(Waddington, 1957)。シェルドレイクは、これらの概念を単なる記述的モデルから因果的な説明へと拡張し、「形態形成的因果律」(formative causation)という枠組みを構築した。

この思考の発展過程で重要な影響を与えたのが、量子物理学者デイヴィッド・ボームの「包摂秩序」(implicate order)の概念(Bohm, 1980)や、ノーベル化学賞受賞者イリヤ・プリゴジンの「散逸構造」理論(Prigogine & Stengers, 1984)だった。特にボームの「全体性」の考え方は、シェルドレイクの非局所的な場の概念と共鳴するものがあった。

2. 形態共鳴理論の核心概念

形態形成場の本質

シェルドレイクの理論の中心にあるのは「形態形成場」(morphic field)という概念である。これは物理的な場(電磁場など)とは異なる、情報を担う非物質的な場とされる。シェルドレイクはこれを次のように定義している:

「形態形成場とは、生物系の形態と行動を組織化する非物質的な場であり、その系の形態と行動の潜在的パターンを含んでいる。これらの場は特定の物理法則に従うというよりも、習慣的なパターンとして機能する」(Sheldrake, 1988)。

この概念は物理学の場の理論から着想を得ているが、決定的に異なるのは、形態形成場が「記憶」を持つとされる点である。過去の同種の形態が、現在の形態形成に影響を与えるという考え方は、シェルドレイクの理論の最も革新的かつ論争的な側面となっている。

実際のところ、形態形成場は直接観測できないため、その存在は間接的にしか検証できない。この点が主流科学からの批判の的となっている。しかし、シェルドレイクは「電磁場や重力場も直接観測できないが、その効果から存在が推定される」と反論している(Sheldrake, 2012)。

形態共鳴のメカニズム

形態形成場の中でも特に重要なのが「形態共鳴」(morphic resonance)という概念である。これは、同種の生物や類似した系が、時間と空間を超えて情報を共有するメカニズムとされる。シェルドレイクによれば、形態共鳴は「同種の過去のパターンが、現在の同様のパターンに累積的に影響を与える過程」である。

この現象は、従来の物理学の原理では説明できない非局所的な情報伝達を想定している。量子物理学における「量子もつれ」や「非局所性」の概念に類似しており、実際にシェルドレイクは量子物理学者のノーベル賞受賞者ブライアン・ジョセフソンから支持を受けている(Josephson & Pallikari-Viras, 1991)。

シェルドレイクは形態共鳴のメカニズムについて、振動パターンの類似性による共鳴という比喩を用いている。例えば、同じ音程のチューニング・フォークが一方の振動に応じて他方も振動し始めるように、類似したパターンを持つ生物系は「共鳴」によって情報を共有するという。

しかし、この比喩はあくまで説明のためのものであり、形態共鳴は既知の物理的エネルギーを媒介としないとされる。これは現代物理学の枠組みからすれば大きな飛躍であり、理論物理学者リー・スモーリンのような批判者は「検証可能な物理的メカニズムの欠如」を指摘している(Smolin, 2013)。

習慣としての自然法則

シェルドレイクの最も挑戦的な主張の一つが、「自然法則は不変ではなく、習慣として進化する」というものである。従来の科学は自然法則を永遠不変のものと見なす傾向があるが、シェルドレイクは宇宙の歴史を通じて自然のパターンが形成され、強化されてきたと考える。

「宇宙の始まりにおいて、自然法則は完全に確立されていたのではなく、習慣として徐々に発展してきた。最初の水素原子が形成されたとき、それらは形態共鳴によって後続の水素原子の形成に影響を与えた。同様に、最初の水分子、最初のタンパク質、最初の細胞なども、それぞれの種類のパターン形成に影響を与えてきた」(Sheldrake, 2012)。

この視点は科学哲学者トマス・クーンの「パラダイム転換」の概念(Kuhn, 1962)と共鳴するものがあり、科学自体が不変の真理の発見ではなく、有効なモデルの発展過程だという見方を支持している。

しかし、物理定数の安定性や物理法則の普遍性を支持する観測データは豊富に存在し、シェルドレイクの「習慣としての自然法則」という考えは現代物理学の主流からは大きく外れたものと見なされている。

3. 遺伝子中心主義への挑戦

DNAだけでは説明できない形態形成の謎

シェルドレイクは分子生物学の中心的なドグマ、すなわち「DNAが生物の全ての形質を決定する」という考えに根本的な疑問を投げかける。彼は次のような問題を指摘する:

「DNAはタンパク質の配列を指定するが、細胞の3次元構造、組織の配置、器官の形態をどのように指定するのかは明らかではない。同一のDNAを持つにもかかわらず、異なる細胞種に分化する過程や、左右対称性の確立、胚の極性の決定など、多くの発生現象はDNAの情報だけでは説明できない」(Sheldrake, 1988)。

確かに、現代の発生生物学においても、形態形成の全過程をDNAの情報だけから予測することは依然として困難である。特に、同一のゲノムから異なる細胞タイプが生まれる分化のメカニズムや、発生の過程で形成される複雑なパターンの起源については、未解明の部分が多い。

しかし、主流の生物学では、発生過程を遺伝子発現の調節ネットワークと細胞間シグナルの複雑な相互作用として理解しようとしている。発生生物学者ルイス・ウォルパートは「位置情報」の概念を提唱し、細胞が自身の位置を知る方法を説明している(Wolpert, 1969)。この説明はシェルドレイクの形態場理論とは異なるアプローチだが、形態形成の謎に対する科学的説明を試みるものである。

エピジェネティクスと形態共鳴理論

近年、エピジェネティクス(DNA配列の変化を伴わない遺伝子発現の調節機構)の研究が進展し、遺伝子の発現パターンがDNA配列以外の要因によって制御されることが明らかになってきた。DNAのメチル化、ヒストンの修飾、非コードRNAなどのメカニズムが、遺伝子発現の調節に重要な役割を果たしている。

シェルドレイクは、エピジェネティクスの発見が自らの理論を部分的に裏付けるものだと考えている:

「エピジェネティクスの研究は、遺伝子だけでは生物の発生を説明できないことを示している。形態形成場の概念は、エピジェネティックな情報がどのように保存され、伝達されるかについての説明を提供する可能性がある」(Sheldrake, 2012)。

しかし、エピジェネティクスの研究者たちは、これらの現象を分子レベルのメカニズムで説明しようとしており、非物質的な場という概念を必要としていない。エピジェネティクスの発見は確かに遺伝子決定論の単純な形態に修正を迫るものだが、現代生物学のパラダイムを根本から覆すものではないと考えられている。

集合的記憶としての形態場

シェルドレイクの形態共鳴理論のもう一つの革新的側面は、生物の「記憶」に関する考え方である。従来の生物学では、記憶は主に神経系やDNAなどの物理的構造に保存されると考えられてきた。これに対しシェルドレイクは、記憶が個体の脳内だけでなく、種全体の「集合的記憶」として形態場に保存される可能性を提案している。

「形態場は種の集合的記憶として機能し、過去の同種の個体の経験が蓄積される。これにより、個体が経験したことのない行動パターンでも、種としての「記憶」にアクセスすることで実行できる」(Sheldrake, 1988)。

この考え方は、心理学者カール・ユングの「集合的無意識」の概念(Jung & Pauli, 1955)と並行性があり、シェルドレイクはユングの概念に生物学的基礎を与えようとしているとも言える。

しかし、集合的記憶という概念は、主流の記憶研究からは距離のあるものである。神経科学者は記憶を神経回路のパターンとして理解しており、非局所的な記憶保存メカニズムを想定していない。心理学者スーザン・ブラックモアは、シェルドレイクが提案する集合的記憶の概念よりも、文化的情報の伝達を説明する「ミーム」の概念がより説明力があると主張している(Blackmore, 1999)。

4. 実験的証拠と現象

「百匹目の猿現象」と批判的検討

シェルドレイクの理論を支持すると言われる現象の一つに「百匹目の猿現象」がある。これは、日本の小豆島で観察されたとされる現象で、一部のサルが芋を海水で洗う行動を学習した後、地理的に隔離された他の島のサルも突然同じ行動を示し始めたというものである。

リンネ・ワトソンは、この現象を「ある種の臨界質量(百匹目のサル)に達すると、集合的な学習が種全体に広がる」と解釈し、形態共鳴の例として引用した(Watson, 1979)。シェルドレイクもこの解釈を自身の著作で取り上げている(Sheldrake, 1988)。

しかし、この現象については厳しい批判がある。霊長類学者ロン・アムンドソンらの研究によれば、「百匹目の猿現象」の原典となった論文には方法論的問題があり、実際にはそのような現象は確認されていないという(Amundson, 1985)。また、行動の伝播は観察学習や文化的伝達によって十分説明できるという批判もある。

形態共鳴理論への支持者は、このような批判に対して「特定の事例が否定されても、形態共鳴という概念自体の妥当性は損なわれない」と反論している(Radin, 1997)。しかし科学的観点からは、特定の証拠が否定された場合、代替の証拠が必要とされる。

新結晶形成実験

シェルドレイクは形態共鳴の証拠として、新しい化合物の結晶化がいったん世界のどこかで成功すると、他の場所でも同じ化合物の結晶化が容易になるという現象を挙げている。彼はこれを「化学者たちの間でよく知られている経験的事実」としているが、実際には体系的な研究は限られている。

イギリスの化学者アラン・マッキンノンは、この現象を検証するためにキサンスリン(有機化合物)の結晶化実験を行い、「世界中の実験室で同時期に同じ化合物の結晶化に成功した例がある」と報告している(MacKinnon, 1982)。しかし、この研究には方法論的問題があり、結果の信頼性は限定的である。

結晶化現象については、より伝統的な説明として「種結晶効果」がある。空気中の微細な結晶粒子が世界中の実験室に拡散し、結晶化の核となる可能性が指摘されている。また、結晶化技術の情報共有による「文化的伝達」も重要な要因と考えられる。

シェルドレイクは2004年に結晶化に関する新たな実験を提案しており、「未知の化合物の結晶化パターンが、時間とともに世界中で収斂していくか」を検証することを目指している(Sheldrake, 2005)。しかし、この分野の研究は依然として限定的で、決定的な結論には至っていない。

テレパシー実験とその評価

シェルドレイクの特に興味深い研究の一つに、動物や人間のテレパシー能力に関する一連の実験がある。彼は特に「飼い主が帰宅する時間を察知するペット」や「電話をかけてくる相手が誰かを予知する能力」などの日常的な「異常」現象に注目している。

『誰かに見つめられている感覚』(The Sense of Being Stared At, 2003)では、人が背後から見つめられていることを感知する能力をテストする実験を報告している。複数の実験で被験者は偶然よりも高い確率で見つめられていることを当てたという。

しかし、これらの実験に対する批判も強い。科学哲学者ロバート・T・キャロルは、シェルドレイクの実験に方法論的欠陥があり、観察者効果や偶然の一致を排除できていないと指摘している(Carroll, 2003)。また、心理学者リチャード・ワイズマンらは同様の実験を再現しようとしたが、有意な結果を得られなかったと報告している(Wiseman & Smith, 1994)。

シェルドレイク自身は、科学界の懐疑主義バイアスが実験結果の公平な評価を妨げていると反論している。彼は『七つの実験』(Seven Experiments That Could Change the World, 1994)で、低コストで実行可能な境界科学的実験を提案し、市民科学者による検証を呼びかけている。

このような論争は、科学における再現性の問題や理論負荷性(観察は理論に依存する)の問題を浮き彫りにしている。実験結果の解釈が研究者の理論的前提に大きく影響される領域では、客観的な評価が特に難しくなる。

5. 科学的批判と理論的課題

主流科学からの批判

形態共鳴理論に対する主流科学からの批判は多岐にわたる。主な批判点としては以下のようなものがある:

  1. 検証可能性の問題: 形態場や形態共鳴は直接観測できず、その存在を明確に検証する方法が限られている。科学哲学者カール・ポパーの基準によれば、科学的理論は反証可能でなければならない(Popper, 1959)。
  2. メカニズムの不明確さ: 形態共鳴がどのような物理的プロセスによって起こるのかが明示されていない。物理学者ヴィクター・ステンガーは「既知の物理的相互作用(強い力、弱い力、電磁力、重力)以外の力は検出されていない」と指摘している(Stenger, 1990)。
  3. オッカムの剃刀: 生物学者リチャード・ドーキンスは「現代分子生物学の説明よりも複雑で未検証の仮説を導入する必要性がない」と主張し、より単純な説明を優先するオッカムの剃刀の原則を適用している(Dawkins, 1986)。
  4. 選択的証拠: 批評家たちは、シェルドレイクが自説を支持する証拠を選択的に取り上げ、反証となる現象を十分に検討していないと批判している。

これらの批判に対して、シェルドレイクは「科学的唯物論のドグマが新しいアイデアの公平な評価を妨げている」と反論し、科学自体のパラダイム転換の必要性を主張している(Sheldrake, 2012)。

再現性の問題

科学の基本原則の一つに「再現性」がある。同じ条件下で実験を繰り返せば、同じ結果が得られるべきだという考え方である。しかし、シェルドレイクの実験、特にテレパシーに関する研究は、再現性の点で課題がある。

心理学者デーヴィッド・マークスとリチャード・コルソンは、シェルドレイクの「帰宅を察知するペット」の実験を批判的に分析し、実験プロトコルの問題点を指摘している(Marks & Colwell, 2000)。彼らは、シェルドレイクの実験で報告された効果は、統計的アーティファクトや実験デザインの欠陥に起因する可能性があると結論づけている。

一方、シェルドレイクは自身の実験を批判する研究者たちにも理論的バイアスがあると反論している。彼は『科学の幻想』(Science Set Free, 2012)で、「科学は価値中立ではなく、特定の世界観や哲学的前提に基づいている」と主張している。

この論争は、科学哲学における重要な問題を浮き彫りにしている。科学者トーマス・クーンの「パラダイム」の概念や、ポール・ファイヤアーベントの「方法論的多元主義」の考え方は、科学的知識の構築が社会的・文化的文脈に依存することを示唆している。

理論の科学哲学的位置づけ

形態共鳴理論の科学哲学的位置づけについては、様々な見方がある。主流科学からは「疑似科学」と見なされることもあるが、哲学者マイケル・ポラニーの「暗黙知」の概念(Polanyi, 1966)や、科学哲学者トーマス・クーンの「パラダイム転換」の視点(Kuhn, 1962)からは、別の評価も可能である。

科学史家の中には、シェルドレイクの理論を「境界科学」(フリンジ・サイエンス)として位置づける者もいる。境界科学とは、主流科学のパラダイムの外側で発展し、既存の理論的枠組みに挑戦する科学的探究を指す。歴史的に見れば、現在は確立された科学理論の中にも、かつては境界科学と見なされたものがある(例:大陸移動説、プレートテクトニクス)。

近年の科学哲学においては、「科学的多元主義」の考え方が注目されている。これは、単一の理論や方法論に依存するのではなく、複数の理論的アプローチを並行して発展させることの価値を認める立場である。このような視点からは、シェルドレイクの理論は、生命現象を理解するための代替的アプローチとして検討する価値があるとも言える。

一方で、現代の科学コミュニティは経験的証拠と整合的な理論的枠組みを重視する。シェルドレイクの理論が広く受け入れられるためには、より堅固な実験的証拠と、現代物理学の知見と整合的な理論的メカニズムの提示が必要だと考えられている。

結論:新たな問いと探究の地平

形態共鳴理論は、生命、記憶、意識の本質に関する根本的な問いを投げかけている。従来の還元主義的アプローチでは十分に解明されていない現象に光を当て、代替的な説明の可能性を模索する点で、科学的思考を刺激する役割を果たしている。

理論の問題点や批判は多いものの、シェルドレイクが指摘する「遺伝子だけでは説明できない形態形成の謎」や「生物進化における集合的学習の可能性」といった問題は、今日の生命科学においても依然として解明途上の課題である。実際、エピジェネティクスの発展や、生物の発生過程における自己組織化メカニズムの研究は、シェルドレイクが問題提起した領域と部分的に重なっている。

最新の研究では、生物の発生過程における遺伝子調節ネットワークの複雑な相互作用(Davidson, 2010)や、神経科学における記憶の分散的保存メカニズム(Tononi & Koch, 2015)など、還元主義と全体論を統合するような理論的枠組みも提案されている。これらの発展は、シェルドレイクが提起した問題に対する主流科学からの応答とも言える。

形態共鳴理論は、科学的唯物論の限界を指摘し、生命現象の理解における代替的視点の必要性を主張する点で、科学哲学的にも重要な貢献をしている。科学者グレゴリー・ベイトソンの「精神と自然」(Mind and Nature, 1979)や、哲学者アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの「過程哲学」(Process Philosophy)などの視点と共鳴するシェルドレイクの考え方は、生命科学の哲学的基盤に関する議論を豊かにしている。

次回の記事では、形態共鳴理論の科学哲学的側面に焦点を当て、現代科学のパラダイムとの関係や、科学と形而上学の境界に関する問題を掘り下げていく予定である。シェルドレイクの理論が投げかける「科学とは何か」という根本的な問いは、現代科学の自己理解にとっても重要な意味を持つと考えられる。

参考文献

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