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ベンゾジアゼピン抗不安作用のメカニズム:GABA増強の仕組み

第3部:GABAと不安障害 – 脳の過剰警戒システムとその調節

不安障害の神経生物学的基盤:基本的な概念とGABAの位置づけ

不安は本来、潜在的脅威に対する適応的反応である。しかし、過剰または不適切な不安反応が持続する状態が「不安障害」として知られる病態である。不安障害は現代社会において最も一般的な精神疾患群の一つであり、生涯有病率は約30%に達するとされる(Kessler et al., 2005)。この高い有病率にもかかわらず、その神経生物学的基盤の全容は未だ完全には解明されていない。

不安の神経回路基盤として、扁桃体を中心とした「恐怖回路」の重要性が古くから指摘されてきた。LeDoux(2000)の先駆的研究は、扁桃体が恐怖学習と恐怖反応の生成における中心的役割を果たすことを明らかにした。この回路は、感覚情報が視床や大脳皮質を経由して扁桃体に到達し、扁桃体から視床下部や脳幹への出力が自律神経系および行動的恐怖反応を駆動するという基本構造を持つ。

扁桃体を含む恐怖回路の活動調節において、GABA作動性抑制は決定的な役割を果たしている。特に重要なのが、扁桃体内の介在ニューロン(local interneurons)による抑制的制御である。Ehrlich et al.(2009)は扁桃体基底外側核(BLA)におけるGABA作動性介在ニューロンが、主要な投射ニューロンである興奮性錐体細胞の活動を厳密に制御していることを示した。この抑制的制御の破綻が、不安障害における扁桃体過活動の基盤となる可能性が示唆されている。

神経伝達物質バランスの観点からは、「GABA/グルタミン酸仮説」が不安障害の理解における重要な枠組みを提供している。Möhler(2012)の総説によれば、不安障害は大脳辺縁系における興奮性(グルタミン酸作動性)と抑制性(GABA作動性)神経伝達のバランス異常、特にGABA機能低下による相対的興奮過剰状態と捉えることができる。この仮説は、ベンゾジアゼピン系抗不安薬のGABA増強作用による治療効果とも一致する。

不安障害の神経生物学においてGABAが中心的役割を担うことを示す根拠は多岐にわたる。Goddard et al.(2001)は、全般性不安障害患者の脳脊髄液中GABA濃度が健常対照者に比べて有意に低下していることを報告した。またNutt et al.(2014)の研究は、急性のパニック発作がGABA神経伝達の急激な低下と関連することを示している。さらに遺伝学的研究からも、GABAA受容体サブユニット遺伝子(GABRA2、GABRA3、GABRA6など)の特定変異と不安特性・不安障害リスクとの関連が報告されている(Engin & Treit, 2008)。

しかし、GABA系の役割は単純な「量的低下」では説明できない複雑さを持つ。最新の理解では、不安障害におけるGABA系の異常は、特定の脳領域における特定のGABA受容体サブタイプや特定のインターニューロンサブタイプの機能変化として理解される必要があることが指摘されている(Nuss, 2015)。以下の章では、この多層的・多面的なGABAと不安障害の関連についてより詳細に検討していきたい。

不安回路におけるGABA系の解剖学的・機能的特性

不安情動の神経回路は、扁桃体を中心としつつも、前頭前皮質、海馬、分界条床核、視床下部など多様な脳領域の相互連絡によって構成される複雑なネットワークである。この回路内でのGABA系の分布と機能特性は、領域によって顕著な差異を示す。

扁桃体は不安回路の中核として最も精力的に研究されてきた。解剖学的には、扁桃体は複数の亜核からなる複合体であり、その中でも基底外側核(BLA)と中心核(CeA)が不安情動処理において特に重要である。Spampanato et al.(2011)は、BLAに存在するGABA作動性ニューロンの多様性を示し、パルブアルブミン(PV)陽性、ソマトスタチン(SOM)陽性、コレシストキニン(CCK)陽性など複数のサブタイプが存在することを報告した。これらは標的とするシナプス部位や電気生理学的特性が異なり、恐怖刺激処理において異なる機能を担う。

特に注目すべきは、Wolff et al.(2014)が同定したPV陽性インターニューロンとSOM陽性インターニューロンの機能的対比である。PV陽性細胞は興奮性主細胞の細胞体周囲(perisomatic)を支配し、高頻度発火による強力な抑制を提供する一方、SOM陽性細胞は樹状突起を標的とし、より持続的かつ特異的入力の制御に関与する。恐怖条件づけパラダイムを用いた実験では、これらのインターニューロンサブタイプが恐怖学習の異なる時相で特異的活動パターンを示すことが明らかになっている。

前頭前皮質(PFC)、特に内側部(mPFC)もまた、不安制御における重要な領域である。McKlveen et al.(2019)は、mPFCにおけるGABA作動性インターニューロンの密度が他の皮質領域に比べて高いことを報告し、これが情動調節における特殊性と関連する可能性を示唆している。また、mPFCは扁桃体への重要な下行性投射を送り、恐怖反応の文脈依存的調節を担っている。Giustino & Maren(2015)によれば、この下行性制御の破綻が外傷後ストレス障害(PTSD)の病態基盤となる可能性がある。

海馬は不安関連回路において特に文脈的情報処理を担う。Engin & Treit(2007)は、腹側海馬における局所的GABA機能亢進が抗不安作用をもたらすことを示した。海馬内のGABA作動性インターニューロンも多様性を示し、特にCCK陽性バスケット細胞が情動調節に重要であることがFreund(2003)により示されている。これらの細胞はカンナビノイド受容体CB1を高発現しており、内因性カンナビノイド系による調節を受ける。

分界条床核(BNST)は近年、持続的不安状態の調節における役割が注目されている脳領域である。Gungor & Paré(2016)は、BNSTにおけるGABA作動性・グルタミン酸作動性ニューロンの詳細な回路構造を記述し、特定のBNST亜核におけるGABA機能低下が病的不安と関連する可能性を示した。

これらの領域間の相互連絡も不安調節において重要である。例えば、Likhtik et al.(2014)は、mPFCと扁桃体間のシータ帯域同期が恐怖般化の抑制に関与することを示し、この同期がGABA作動性インターニューロンを介して実現されることを示唆している。また、Felix-Ortiz et al.(2013)は、腹側海馬から扁桃体への投射が不安行動を直接調節することを光遺伝学的手法により示した。

不安回路におけるGABA系の作用は単一ではなく、回路の各ノードにおける局所的GABA調節と、領域間投射におけるGABA作動性経路の両方が複雑に絡み合っている。この多層的なGABA制御の理解が、不安障害の病態解明と新規治療法開発の鍵となるだろう。

神経画像研究から見たGABAと不安障害:MRS研究を中心に

ヒト脳内のGABA濃度を非侵襲的に測定可能となったプロトン磁気共鳴分光法(1H-MRS)の発展により、不安障害患者におけるGABA系の異常を直接評価する研究が可能となった。これらの知見は、動物実験から得られた不安の神経生物学的モデルの妥当性検証と、ヒト特異的な病態理解に大きく貢献している。

最も一貫した知見は、全般性不安障害(GAD)患者における前頭葉GABA濃度の低下である。Goddard et al.(2001)の先駆的研究に続き、Hasler et al.(2010)は全般性不安障害患者の背内側前頭前皮質(dmPFC)においてGABA/Creatineレベル(GABA濃度の指標)が健常対照者と比較して約30%低下していることを報告した。また、この低下の程度が症状重症度と相関することも示されている。

他の不安障害においても同様の傾向が観察される。Lyoo et al.(2023)によるパニック障害患者の研究では、前部帯状回(ACC)におけるGABA濃度低下が報告されており、特に発作頻度が高い患者でこの低下が顕著であった。社会不安障害(SAD)においても、Modi et al.(2020)が内側前頭前皮質と前頭眼窩皮質でのGABA濃度低下を示している。

PTSD患者を対象としたMRS研究では、より複雑なパターンが観察される。Meyerhoff et al.(2014)は前部帯状回でのGABA濃度低下を報告している一方、Rosso et al.(2022)は同じPTSD患者群で海馬のGABA濃度増加を示した。この一見矛盾する結果は、PTSD病態における代償的メカニズムの存在を示唆するものかもしれない。

縦断的研究も重要な知見を提供している。Chiapponi et al.(2018)はGAD患者に対するCBT(認知行動療法)前後でMRS測定を行い、治療成功例では前頭葉GABA濃度が正常化する傾向を示した。同様に、Sanacora et al.(2006)はうつ病に併存する不安症状に対するSSRI治療が、後頭皮質のGABA濃度を増加させることを示している。

MRSによるGABA測定には技術的限界も存在する。従来のMRSでは空間分解能が低く(通常3×3×3cm程度の体積素)、特定の神経回路や皮質層を選択的に測定することは困難であった。しかし、近年の高磁場MRI(7T以上)を用いた研究では、より小さな関心領域からのGABA測定が可能となりつつある。Puts et al.(2017)は7TMRI-MRSによる前部帯状回の亜領域別GABA濃度測定を実現し、より詳細な病態理解への道を開いている。

また、MRSはGABA濃度の「静的」測定に限られるという制約がある。Neurotransmitter MRSは、課題遂行中のGABA濃度変化をリアルタイムで測定する「機能的MRS(fMRS)」技術の開発も進んでおり、不安誘発刺激に対するGABA応答の動的変化を捉える研究も始まっている(Jelen et al., 2020)。

MRS研究の今後の展開として、多モーダルイメージングアプローチが注目される。GABA-MRSと機能的MRI(fMRI)を組み合わせた研究では、GABA濃度と脳活動パターンの関連が検討されている。Northoff et al.(2021)のメタ分析によれば、前頭葉GABA濃度と安静時機能的結合性(resting-state functional connectivity)の間に負の相関があることが示されており、これは不安障害における安静時ネットワーク過活動の神経化学的基盤を示唆するものである。

動物モデルにおけるGABA系と不安行動の関連

不安障害の神経生物学的基盤を理解する上で、動物モデルは不可欠な研究ツールである。特にGABA系の遺伝的・薬理学的操作と不安様行動の関連を調べる研究は、因果関係の解明と新規治療標的の同定に大きく貢献している。

不安様行動の評価には複数のパラダイムが用いられる。高架式十字迷路(elevated plus maze)、オープンフィールドテスト、明暗往来試験、社会的相互作用テストなどが代表的である。これらは、げっ歯類の生得的な不安反応(開放空間や明るい環境の回避など)を利用した行動試験である。Crawley(2000)の総説によれば、これらの試験は薬理学的妥当性(ベンゾジアゼピン系抗不安薬の効果を検出できる)、表面妥当性(ヒトの不安症状と類似した行動を測定)、および構成概念妥当性(不安の理論的構成概念に合致)を備えている。

GABAA受容体サブユニット遺伝子の操作実験は、特に重要な知見をもたらしている。Löw et al.(2000)は、GABAA受容体α2サブユニットのノックアウトマウスが増加した不安様行動を示すことを報告した。一方、Dias et al.(2005)は、α2サブユニットに選択的に作用する化合物が抗不安作用を示すことを見出した。これらの知見から、α2サブユニット含有GABAA受容体が抗不安作用の主要な媒介者であることが示唆されている。

興味深いことに、GABAA受容体α1サブユニットを標的とした操作実験では、不安様行動への影響が乏しいことが示されている。Rudolph et al.(1999)は、α1サブユニットに選択的に作用する化合物が鎮静作用を示す一方、抗不安作用は示さないことを報告した。これは、ベンゾジアゼピン系薬の抗不安作用と鎮静作用が異なるサブユニットを介して媒介されることを示唆する重要な発見であった。

脳部位特異的なGABA系操作実験も重要な知見をもたらしている。例えば、Tye et al.(2011)は光遺伝学的手法を用いて、扁桃体BLAのGABA作動性インターニューロンの活性化が不安様行動を減少させる一方、抑制が不安様行動を増加させることを示した。また、Felix-Ortiz et al.(2013)は、腹側海馬-扁桃体経路の操作が不安様行動を双方向的に調節することを示した。

不安障害の遺伝子環境相互作用モデルも重要な研究領域である。Poulter et al.(2008)は、早期ストレス曝露マウスにおいて、扁桃体GABA受容体サブユニット発現のエピジェネティック修飾(DNA methylation)が生じ、これが成体期の不安様行動増加と関連することを示した。この知見は、発達早期の逆境体験が長期的なGABA系変化を介して不安脆弱性を高めるメカニズムを示唆している。

最近の技術的進歩により、より精密な神経回路操作が可能となっている。例えば、Cai et al.(2020)はChemogenetics(DREADDs)を用いて、mPFCのPV陽性インターニューロン特異的活性化が不安様行動および社会的忌避行動を軽減することを示した。また、Giachino et al.(2022)は、トランススクリプトミクス解析により、不安行動に関与する海馬-扁桃体投射ニューロンの分子的シグネチャーを同定し、これらが特異的なGABAシグナル伝達分子を発現することを見出している。

動物モデル研究と臨床研究の統合も進んでいる。Savage et al.(2020)は、不安障害患者から得られたiPS細胞由来ニューロンと、GABRA2リスク変異を導入したマウスモデルを併用し、α2サブユニット含有GABAA受容体の機能異常が共通の分子病態であることを示唆した。このような「トランスレーショナル」アプローチは、動物モデルの臨床的妥当性を高め、ヒト疾患への応用可能性を強化するものである。

ストレスとGABA系:HPA軸とGABAの相互作用

ストレスと不安は密接に関連し、ストレス反応系と不安調節系は複雑な相互作用を示す。特に、視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸とGABA系の相互作用は、慢性ストレスが不安障害の発症・維持に寄与するメカニズムを理解する上で重要である。

ストレス反応の中心であるHPA軸は、視床下部室傍核(PVN)からのコルチコトロピン放出因子(CRF)分泌に始まり、下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)放出、副腎皮質からのコルチゾール(ヒト)/コルチコステロン(げっ歯類)分泌へと続く内分泌カスケードである。Herman et al.(2003)の総説によれば、この軸の活性はネガティブフィードバック機構と、多様な脳領域からの入力によって精密に調節されている。

特に重要なのが、PVNに対するGABA作動性抑制である。Cullinan et al.(2008)は、PVNに投射するGABA作動性ニューロンが分界条床核(BNST)、視床下部腹内側核(VMH)、および扁桃体などの情動関連領域からの調節を受けることを示した。これらのGABA作動性ニューロンは、ストレス反応の「ゲートキーパー」として機能し、不必要なHPA軸活性化を防ぐ役割を担っている。

慢性ストレスは、このGABA作動性抑制を破綻させることが示されている。Maguire(2014)の研究によれば、慢性ストレス曝露後のマウスでは、PVNへのGABA作動性入力の機能低下が観察される。この変化は、GABAA受容体のサブユニット構成変化(特にδサブユニットの減少)、およびCl⁻輸送体KCC2の発現低下によるGABA応答の減弱と関連している。

興味深いことに、ストレスホルモンであるコルチコステロイドは脳内GABA系に直接作用する。Crosby et al.(2011)は、急性コルチコステロン投与がGABAA受容体のリン酸化とエンドサイトーシスを促進し、GABA電流を減弱させることを示した。一方、Maggio & Segal(2009)は、慢性的なコルチコステロン曝露が海馬における神経ステロイド合成(アロプレグナノロンなど)を阻害し、これがGABAA受容体機能低下と不安様行動増加に寄与することを示唆している。

ストレスによるGABA系変化は脳領域特異的である点も重要である。例えば、McKlveen et al.(2016)は、慢性ストレス後のラットで前頭前皮質におけるPV陽性インターニューロンの機能低下を報告している一方、同じ条件下で扁桃体ではGABA作動性伝達が増強されることが示されている(Rosenkranz et al., 2010)。この領域特異的な変化が、ストレス後の情動処理バイアス(恐怖/不安の増強と認知制御の低下)の神経基盤となる可能性がある。

神経栄養因子BDNFとGABA系の相互作用も注目される。Jeanneteau et al.(2019)の研究は、慢性ストレスがBDNF発現を低下させ、これがGABA作動性インターニューロンの形態的・機能的変化を引き起こすことを示した。特にPV陽性インターニューロン周囲のペリニューロナルネット(PNN)の減少が観察され、これが不安回路の可塑性異常と関連することが示唆されている。

性差も重要な要素である。Seney et al.(2018)は、慢性ストレス後のGABA系変化が雌雄で異なることを報告している。具体的には、メス脳ではSST陽性インターニューロンが選択的に脆弱性を示す一方、オス脳ではPV陽性インターニューロンがより強く影響を受ける。これは、不安障害の性差(女性での高有病率)の基盤となる可能性がある。

発達的観点からは、早期ストレス曝露が成熟後のGABA系と不安行動に及ぼす長期的影響が注目される。Bath et al.(2016)は、母子分離ストレスを受けたマウスにおいて、扁桃体GABAA受容体サブユニット発現のエピジェネティック修飾(DNAメチル化、ヒストン修飾)が成体期まで持続することを示した。この長期的変化が、発達早期のストレス経験と成人期の不安障害リスク増加を結びつける分子メカニズムである可能性が示唆されている。

抗不安薬の作用機序:GABAシグナルの薬理学的修飾

不安障害治療におけるGABA系薬剤の中心的役割は、GABA系機能不全が不安障害の神経生物学的基盤であることを支持する重要な証拠である。抗不安薬の作用機序を理解することは、不安の神経回路基盤の解明と、新規治療法開発の両方に貢献する。

ベンゾジアゼピン系薬は、臨床的に最も広く用いられるGABA作動性抗不安薬である。Rudolph & Knoflach(2011)の総説によれば、これらの薬剤はGABAA受容体のベンゾジアゼピン結合部位(α/γサブユニット界面に存在)に結合し、アロステリック増強作用を示す。具体的には、GABAA受容体のGABAに対する親和性を高めることで、同じGABA濃度でもより強い抑制効果をもたらす。

しかし、ベンゾジアゼピン系薬は複数の限界を持つ。一つは、鎮静作用、筋弛緩、認知機能低下などの副作用である。もう一つは、依存形成と耐性発現のリスクであり、これが長期使用の障壁となっている。Clayton et al.(2007)の研究は、ベンゾジアゼピン耐性の分子メカニズムとして、GABAA受容体α1/α2サブユニットのエンドサイトーシス促進とα4/α5/δサブユニットの代償的増加を示している。

バルビツール酸系薬も古典的GABA作動性抗不安薬である。これらはGABAA受容体のバルビツール酸結合部位(β/αサブユニット界面に存在)に結合し、チャネル開口時間の延長を引き起こす(Olsen, 2018)。しかし、治療域と中毒域の近接性から、現代の臨床では抗不安薬としての使用は極めて限定的である。

非ベンゾジアゼピン系催眠鎮静薬(Z-drugs)も、GABAA受容体を標的とする。Zolpidem、zopiclone、zaleplon(いわゆるZ-drugs)はGABAA受容体のベンゾジアゼピン結合部位に結合するが、α1サブユニット含有受容体に相対的選択性を示す(Nutt & Stahl, 2010)。これにより、抗不安作用よりも催眠作用が優位となるが、ベンゾジアゼピン類似の依存・耐性リスクを有する。

ベンゾジアゼピン部位に作用する化合物の中でも、部分作動薬(partial agonist)が注目されている。Rundfeldt & Löscher(2017)によれば、bretazenil、imidazenil、abecarnil(非臨床化合物)などの部分作動薬は、GABAA受容体の最大効果を完全には引き出さない。これにより、抗不安作用は維持しつつ、耐性・依存形成リスクが低減する可能性がある。

ニューロステロイドも重要なGABA作動性抗不安薬である。Zorumski et al.(2013)の総説によれば、アロプレグナノロン(3α-hydroxy-5α-pregnan-20-one)などの内因性ニューロステロイドは、GABAA受容体のステロイド結合部位(主にαサブユニットの膜貫通ドメインに存在)に結合し、特にδサブユニット含有受容体を強力に増強する。ブレキサノロン(合成アロプレグナノロン)は産後うつ病治療薬として2019年にFDA承認を受けたが、不安障害への適応拡大も期待されている。

間接的にGABA系に作用する薬剤としては、GABA取り込み阻害薬が挙げられる。Tiagabine(抗てんかん薬)はGABAトランスポーター1(GAT-1)を阻害し、シナプス間隙のGABA濃度を上昇させる。Zwanzger & Rupprecht(2005)は、tiagabineが一般不安障害に対する効果を示すことを報告している。しかし、発作誘発リスクが臨床使用の制限要因となっている。

GABA代謝酵素阻害薬も間接的GABA増強剤である。Valproic acid(抗てんかん薬)はGABAトランスアミナーゼ(GABA-T)を阻害し、脳内GABA濃度を増加させる。Aliyev & Aliyev(2008)は、valproic acidが全般性不安障害患者の症状改善に有効であることを報告している。しかし、多様な作用機序と副作用プロファイルから、不安障害の第一選択薬とはなっていない。

選択的GABAA受容体サブユニット標的薬剤の開発も進んでいる。特に、α2/α3選択的作動薬は、抗不安作用を維持しつつ鎮静作用を最小化できる可能性がある。TPA023(MK-0777)などの化合物は前臨床・初期臨床段階にあり、有望な結果が報告されている(Atack, 2011)。

ベンゾジアゼピン系薬の分子機構と臨床効果

ベンゾジアゼピン系薬は、不安障害治療における「古典的ゴールドスタンダード」として長く使用されてきた。その分子機構と臨床効果の関連を理解することは、不安の神経生物学と治療法開発の両面から重要である。

分子構造的には、ベンゾジアゼピン骨格は1,4-ベンゾジアゼピン環を基本とする。この骨格に対する修飾により、半減期、代謝経路、受容体選択性などの薬理学的特性が決定される。例えば、alprazolamはトリアゾロベンゾジアゼピン、clonazepamは7-ニトロベンゾジアゼピンであり、これらの構造的特徴が薬物動態と薬力学に影響する(Griffin et al., 2013)。

GABAA受容体におけるベンゾジアゼピン結合部位は、α/γサブユニット界面に存在する。特に重要なのが、αサブユニットのヒスチジン残基(H101/H102)であり、この残基をアルギニンに置換すると(α1(H101R))ベンゾジアゼピン感受性が消失する(Wieland et al., 1992)。この知見を利用した点変異マウス研究により、ベンゾジアゼピンの多様な効果を担うサブユニットが同定された。

特に重要な発見は、抗不安作用と鎮静作用の分離である。Rudolph et al.(1999)の研究により、α2サブユニット含有GABAA受容体が抗不安作用を、α1サブユニット含有受容体が鎮静作用を主に担うことが明らかとなった。具体的には、α1(H101R)変異マウスではベンゾジアゼピンの鎮静作用が消失する一方、抗不安作用は維持されることが示された。この知見は、α1非依存的な抗不安作用の存在を確立し、サブユニット選択的薬剤開発への道を開いた。

臨床的には、ベンゾジアゼピン系薬は作用発現の速さで優位性を持つ。Baldwin et al.(2013)のメタ分析によれば、不安障害患者の症状改善は投与開始後数時間から1日以内に観察され、最大効果は1~2週間で達成される。この速やかな効果発現は、HPA軸活性化の急速な抑制(Arvat et al., 2002)や、扁桃体活動の直接的抑制(Paulus et al., 2005)と関連している。

ベンゾジアゼピン系薬の不安障害サブタイプ別有効性については、差異が報告されている。Bandelow et al.(2017)のメタ分析によれば、全般性不安障害とパニック障害では高いエビデンスレベルでの有効性が確立されている一方、社会不安障害と特定恐怖症では中程度のエビデンス、PTSDでは限定的なエビデンスとなっている。これらの差異は、不安障害サブタイプごとのGABA系関与度の違いを反映している可能性がある。

しかし、ベンゾジアゼピン系薬の使用には重大な限界がある。Soyka(2017)の総説によれば、主な問題は(1)認知機能低下・精神運動機能低下、(2)耐性形成、(3)依存と離脱症状、(4)転倒リスク(特に高齢者)、(5)呼吸抑制リスク(特にオピオイドとの併用時)である。

耐性形成の分子機構については複数の仮説がある。GABAA受容体のサブユニット構成変化(α1/α2の減少とα4/δの増加)、受容体のリン酸化修飾によるエンドサイトーシス促進、あるいはGABAA受容体とGタンパク質共役型受容体間のクロストーク異常などが提案されている(Vinkers & Olivier, 2012)。

臨床的には、ベンゾジアゼピン系薬の使用法も重要な論点である。World Federation of Societies of Biological Psychiatry(WFSBP)のガイドライン(Bandelow et al., 2008)は、ベンゾジアゼピン系薬を短期間(2~4週間)の使用に限定し、可能な限り低用量から開始することを推奨している。また、慢性不安障害に対しては、SSRIやSNRIなどの抗うつ薬との併用(初期数週間)、または抗うつ薬無効例に対する第二選択肢としての使用が推奨されている。

依存と離脱症状のリスクを最小化するための方策も重要である。Ashton(1994)のプロトコルは、長期使用後の漸減的中止(10%の用量減少を1~2週間ごとに行う)を推奨しており、これにより離脱症状のリスクを低減できることが示されている。また、長時間作用型ベンゾジアゼピン(diazepam、clonazepamなど)への切り替え後の漸減も、離脱症状の管理に有用とされる。

近年では、ベンゾジアゼピン系薬の使用を最適化するためのバイオマーカー研究も進んでいる。例えば、Sieghart et al.(2019)は、GABAA受容体サブユニット遺伝子(GABRA2など)の特定多型が、ベンゾジアゼピン応答性と依存リスクの予測因子となる可能性を示唆している。また、EEGにおけるベータ波増強(beta enhancement)がベンゾジアゼピン応答の電気生理学的マーカーとなりうることも示されている(Greenblatt et al., 2020)。

抗うつ薬(SSRI)とGABA系の関連

臨床的に不安障害の第一選択薬となっている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の抗不安作用には、GABA系の関与が示唆されている。このセロトニン-GABA相互作用の理解は、抗うつ薬の作用機序と不安の神経生物学の両面から重要である。

SSRIの一次的作用機序はセロトニントランスポーター(SERT)阻害によるシナプス間隙セロトニン濃度の上昇であるが、抗不安・抗うつ効果の発現には数週間の遅延がある。Blier & El Mansari(2013)の総説によれば、この時間的乖離は急性のセロトニン上昇と慢性投与後の適応的変化の違いに起因する。特に重要なのが、セロトニン受容体の脱感作と下流シグナル系の再構成である。

セロトニンとGABA系の相互作用は複数のレベルで生じる。まず、大脳皮質や海馬のGABA作動性インターニューロンは5-HT2A、5-HT3など複数のセロトニン受容体を発現している。Puig & Gulledge(2011)の研究は、セロトニンがこれらの受容体を介してインターニューロンの発火を調節することを示した。特に、5-HT3受容体はイオンチャネル型受容体であり、その活性化はGABA作動性インターニューロンの脱分極と発火促進を引き起こす。

また、GABA作動性インターニューロンサブタイプによってセロトニン応答性が異なることも重要である。Ciranna(2006)によれば、CCK陽性インターニューロンは5-HT3受容体を高発現し、セロトニンに対する感受性が高い。一方、PV陽性インターニューロンは5-HT2A受容体を優位に発現し、異なるシグナル経路でセロトニンに応答する。

セロトニン-GABA相互作用の領域特異性も注目される。Varga et al.(2009)は、背側縫線核から前頭前皮質へのセロトニン投射がGABA作動性インターニューロンを優先的に標的とすることを示した。この選択的投射は、セロトニンによる皮質興奮/抑制バランスの微調整を可能にしている。

SSRIの慢性投与はGABA系に適応的変化をもたらす。Sanacora et al.(2002)のMRS研究は、抗うつ薬治療後にヒト大脳皮質GABA濃度が増加することを示した。また、Luscher et al.(2011)はSSRI慢性投与後のマウスで、GABAA受容体α2サブユニット発現増加とシナプス局在促進が生じることを報告している。

SSRI治療抵抗性とGABA系の関連も示唆されている。Fee et al.(2017)は、SSRI無効のうつ病・不安障害患者において、前部帯状回のGABA濃度が特に低下していることを見出した。この知見は、GABA濃度がSSRI応答性の予測因子となる可能性を示唆している。

併用療法の観点からは、SSRI+ベンゾジアゼピン併用の有用性も報告されている。Goddard et al.(2001)の研究は、パロキセチン+クロナゼパム併用が、パロキセチン単独よりも不安症状の早期改善と治療脱落率低減をもたらすことを示した。これは、SSRIの遅延性GABA系増強効果を、ベンゾジアゼピンによる即時的GABA増強で補完する戦略といえる。

一方、SSRIの副作用にもGABA系が関与している可能性がある。Ferguson et al.(2019)は、SSRI開始初期に一過性の不安増悪が生じるメカニズムとして、セロトニンによるGABA作動性インターニューロンの過剰活性化と、その後の代償的変化を提案している。この仮説は、SSRI開始時のベンゾジアゼピン併用が初期不安増悪を防止する臨床観察と一致する。

新規治療法開発においても、セロトニン-GABA相互作用は重要な標的となっている。例えば、Gerhard et al.(2020)は5-HT2A受容体とGABAA受容体α2サブユニットの両方に作用するデザイナー化合物の開発を報告している。このような多標的アプローチは、SSRI単独では達成できない迅速かつ持続的な抗不安効果をもたらす可能性がある。

恐怖記憶の消去とGABA作動性回路

不安障害、特にPTSDの治療において、病的恐怖記憶の消去(extinction)が重要な治療標的となっている。この恐怖消去過程におけるGABA作動性回路の役割解明は、より効果的な曝露療法開発の基盤となる。

恐怖消去は単純な「忘却」ではなく、新たな抑制性記憶の形成である。Bouton et al.(2006)の総説によれば、オリジナルの恐怖記憶(CS-US連合)は消去されずに保持されるが、新たな「安全記憶」(CS-no US連合)がこれを抑制する形で学習される。この消去記憶は文脈依存性が高く、自発的回復(spontaneous recovery)、再条件づけ(reinstatement)、更新(renewal)などの現象を示す。

恐怖消去の神経回路基盤として、内側前頭前皮質(mPFC)、特に腹内側前頭前皮質(vmPFC)、海馬、および扁桃体の相互連絡が重要である。Milad & Quirk(2012)によれば、vmPFCから扁桃体介在ニューロン(ITC細胞)への興奮性投射が、恐怖表出を担う扁桃体中心核(CeA)への抑制性制御を提供する。この回路の機能不全がPTSD患者における消去障害の基盤となる可能性が示唆されている。

GABA作動性伝達は恐怖消去において多層的役割を担う。Ehrlich et al.(2009)の研究は、扁桃体基底外側核(BLA)におけるGABA作動性伝達の増強が消去学習を促進することを示した。一方で、消去記憶の固定化(consolidation)には、NMDA受容体依存的なグルタミン酸作動性可塑性が重要であることも知られている(Sotres-Bayon et al., 2007)。これらの知見は、消去学習の異なる時相において、GABA系とグルタミン酸系が協調的に機能することを示唆している。

特定のGABA作動性インターニューロンサブタイプが恐怖消去に差次的に関与することも明らかになっている。Trouche et al.(2013)は、消去学習中にPV陽性インターニューロンが選択的に活性化され、これがBLA主細胞の抑制と恐怖反応の減弱に寄与することを示した。一方、Wolff et al.(2014)は、消去学習においてSOM陽性インターニューロンが抑制され、これによりBLA主細胞の特定入力の選択的脱抑制が生じることを報告している。

mPFC内のGABA系も恐怖消去に重要である。Do-Monte et al.(2015)は、vmPFCのパルブアルブミン(PV)陽性インターニューロンが恐怖消去記憶の固定化と想起に必須であることを示した。具体的には、消去訓練後のPV陽性細胞の化学遺伝学的抑制が、消去記憶の固定化障害を引き起こすことが示されている。

海馬CA1領域のGABA作動性インターニューロンも、文脈依存的恐怖消去に関与する。Lovett-Barron et al.(2014)は、SOM陽性インターニューロンが恐怖文脈において選択的に活性化され、これが恐怖記憶の文脈依存的想起を制御することを示した。この機構の破綻がPTSD患者における過般化(overgeneralization)の基盤となる可能性がある。

神経発達的観点からは、臨界期と恐怖消去能力の関連が注目される。Ganella et al.(2018)の研究は、思春期における恐怖消去学習の一時的低下を報告し、これがGABA作動性インターニューロン、特にPV陽性細胞の発達軌跡と関連することを示唆した。この知見は、思春期がPTSDの脆弱期となる神経発達的背景を示すものである。

臨床的には、認知行動療法(特に曝露療法)が恐怖消去のメカニズムを利用した治療アプローチである。しかし、曝露療法の効果には個人差が大きく、約30-40%の患者が十分な改善を示さないことが問題となっている(Graham et al., 2014)。この治療抵抗性の神経生物学的背景として、GABA系機能不全が示唆されている。

薬理学的増強アプローチとして、D-サイクロセリン(DCS)が注目されている。DCSはNMDA受容体の部分作動薬であるが、Otto et al.(2016)の総説によれば、曝露療法と併用することで恐怖消去の促進効果を示す。この効果の一部は、NMDA受容体を介したGABA作動性インターニューロンの可塑的変化の促進に起因する可能性がある。

脳刺激法と恐怖消去の関連も研究されている。Diehl et al.(2018)は、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)の前頭前皮質への適用が、健常者の恐怖消去を促進することを示した。この効果のメカニズムとして、前頭前皮質のGABA/グルタミン酸バランス調節が提案されている。

エピジェネティックアプローチも注目される。Whittle et al.(2013)は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬が恐怖消去を促進することを示し、この効果がBDNF発現増加とPV陽性インターニューロンのペリニューロナルネット(PNN)形成促進を介することを示唆した。

性差と発達的視点:不安障害におけるGABA系の変動

不安障害の疫学的特徴として性差が顕著であり、女性は男性と比較して生涯有病率が約2倍高い。この性差の神経生物学的基盤として、GABA系の性依存的調節が注目されている。また、不安障害の多くは思春期から若年成人期にかけて発症することから、発達的視点も重要である。

性ホルモンとGABA系の相互作用は複数のレベルで生じる。まず、エストロゲンとプロゲステロンはGABA合成・代謝酵素の発現を調節する。Nakamura et al.(2005)の研究は、エストロゲンがGAD65/67発現を抑制し、エストロゲン受容体β(ERβ)が海馬GABA作動性ニューロンに発現していることを示した。

プロゲステロンは特に重要である。そのGABA作動性作用の大部分は、代謝産物であるアロプレグナノロン(ALLO)を介して発揮される。ALLOはGABAA受容体のニューロステロイド結合部位に作用するポジティブアロステリック調節因子である(Melcangi et al., 2011)。月経前不快気分障害や産後うつ/不安におけるGABA系機能異常の背景として、ALLOレベルの急激な変動が示唆されている。

興味深いことに、性ホルモンの影響は単一方向ではなく、複雑で時に相反する効果を示す。例えば、McEwen et al.(2012)の総説によれば、エストロゲンは脳領域によって異なる作用を示す。海馬CA1では興奮性を増強する一方、内側扁桃体ではGABA作動性抑制を促進する。この領域特異性が、不安調節における性ホルモンの複雑な影響を説明する一因かもしれない。

機能的磁気共鳴画像(fMRI)研究からも、不安回路の性差が報告されている。Goldstein et al.(2010)は、ストレス負荷時の扁桃体-前頭前皮質結合性に性差があることを示し、この差が女性における情動顔認識のバイアスと関連することを示唆した。これらの機能的差異の背景に、GABA作動性調節の性差が存在する可能性がある。

思春期はGABA系の大規模な再構成が生じる発達期でもある。Arain et al.(2013)の総説によれば、思春期に前頭前皮質のGABA作動性インターニューロン、特にPV陽性細胞が成熟し、これが認知制御機能の発達と関連する。しかし、この発達過程は脆弱性も伴う。早期逆境体験(Early Life Stress; ELS)がPV陽性細胞の発達軌跡を撹乱し、これが思春期以降の不安障害リスク増加と関連することがしばしば報告されている(Albrecht et al., 2017)。

思春期におけるGABA系の変化には性差も存在する。Shen et al.(2010)は、思春期のオスラットでは前頭前皮質のGABA系が抑制優位に成熟する一方、メスでは興奮優位の傾向が続くことを示した。このような基本的な神経発達軌跡の性差が、不安障害の性特異的脆弱性の基盤となっている可能性がある。

遺伝-環境相互作用の視点も重要である。Stein et al.(2008)のGABRA2遺伝子多型研究は、特定の遺伝的多型を持つ個人が幼少期のストレス体験に対してより脆弱性を示し、成人期の不安障害リスクが高まることを報告している。さらに、この相互作用には性差があり、女性でより顕著であることも示唆されている。

臨床的には、GABA作動性薬剤への反応性にも性差が報告されている。Greenblatt et al.(2004)の薬物動態研究は、女性がベンゾジアゼピン系薬に対して高い感受性を示すことを報告しており、これは薬物代謝の性差と関連している。一方、精神生理学的研究では、男性がベンゾジアゼピンの抗不安効果をより強く受けることを示唆する証拠もあり(Lobo & Harris, 2008)、性差の複雑性を示している。

発達的観点からは、早期介入の重要性も指摘されている。Callaghan & Richardson(2011)の研究は、発達早期(幼少期)の恐怖記憶が成体期に比べて消去困難であることを示し、これが幼少期トラウマの長期的影響の基盤となる可能性を示唆している。しかし、この時期のGABA作動性発達を支援する介入(環境豊富化、適切な養育など)が、長期的な回復力を高める可能性も示されている(Bath et al., 2016)。

加齢とGABA系の関連も注目される。Stanley et al.(2023)は、健常加齢に伴い前頭葉GABA濃度が漸減することを報告し、これが高齢者における実行機能低下と不安・抑うつ症状増加の一因となる可能性を示唆している。これは、高齢者不安障害の特異的治療アプローチ開発の基盤となる知見である。

新規治療標的の展望:GABA受容体サブユニット特異的アプローチ

不安障害治療におけるGABA系薬剤の有効性は確立されているが、従来のベンゾジアゼピン系薬は依存性、耐性形成、認知機能低下などの問題を抱えている。これらの限界を克服する新たなアプローチとして、GABA受容体サブユニット特異的薬剤の開発が進んでいる。

前述のように、GABAA受容体の抗不安作用はα2/α3サブユニット含有受容体を介して主に媒介される一方、α1サブユニット含有受容体は鎮静作用と記憶障害に関与する。この知見に基づき、α2/α3選択的作動薬の開発が精力的に進められてきた。

L-838,417はこの方向性を示す先駆的化合物である。McKernan et al.(2000)の研究では、L-838,417がα2/α3/α5サブユニットに対する部分作動薬であり、α1サブユニットに対しては拮抗薬として作用することが示された。動物実験では、鎮静作用や筋弛緩作用を示さずに抗不安作用を発揮した。しかし、薬物動態の問題により臨床開発には至らなかった。

TPA023(MK-0777)はα2/α3選択的部分作動薬の代表例である。Atack et al.(2011)の報告によれば、TPA023はα2/α3サブユニットに対し約30%の効力(ジアゼパム比)を示す一方、α1サブユニットに対しては最小限の活性しか示さない。健常者を対象とした第I相試験では、ベンゾジアゼピン様の鎮静作用なしに抗不安効果が示唆された。しかし、毒性懸念により開発は中止されている。

α2/α3選択的薬剤開発の概念実証として、NS11394も重要である。Mirza et al.(2008)は、この化合物がα2/α3サブユニットに対する高い選択性と効力を持ち、動物モデルにおいて鎮静作用なしに強力な抗不安作用を示すことを報告した。

α5サブユニットも重要な治療標的である。α5サブユニットは海馬に豊富に発現し、認知機能との関連が示唆されている。Behlke et al.(2016)は、α5選択的ネガティブアロステリック調節薬(NAM)が認知機能を促進する可能性を示した。特に、不安に伴う認知機能低下を伴う症例では、α5NAMとα2/α3作動薬の併用が理想的な治療プロファイルをもたらす可能性がある。

別のアプローチとして、GABAA受容体と5-HT1A受容体の両方に作用する二重標的化合物の開発も進んでいる。Czobor et al.(2021)は、このような化合物が従来のベンゾジアゼピンよりも広域な不安・抑うつスペクトラムに対して効果を示す可能性を示唆している。

ニューロステロイドも有望な治療標的である。特に、内因性ニューロステロイドであるアロプレグナノロン(ALLO)の合成アナログに注目が集まっている。Kanes et al.(2017)は、ブレキサノロン(SAGE-547)が産後うつ病に対して急速かつ持続的な効果を示すことを報告し、2019年のFDA承認につながった。ブレキサノロンは特にδサブユニット含有GABAA受容体に強く作用し、この受容体は扁桃体や視床に豊富に発現している。不安障害への適応拡大が期待されている。

GABA受容体サブユニット選択性以外のアプローチとして、GABA取り込み機構を標的とした薬剤開発も進んでいる。Schacht et al.(2023)は、新規GABAトランスポーター阻害薬の開発状況を報告しており、特にGAT-1選択的阻害薬が不安障害治療に有望であることを示唆している。

また、内因性GABA調節因子を標的とするアプローチも興味深い。内因性ペプチドであるdiazepam binding inhibitor(DBI)はGABAA受容体のネガティブアロステリック調節因子である。Costa & Guidotti(1991)の先駆的研究以来、DBIとその断片(octadecaneuropeptideなど)が不安調節と関連することが示されてきた。近年の研究では、DBIの機能調節が新たな治療標的となる可能性が示唆されている(Christian et al., 2013)。

エピジェネティックアプローチも注目される。ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害薬やDNAメチル化調節薬が、GABA関連遺伝子の発現を正常化することで抗不安作用を示す可能性が示唆されている(Grayson et al., 2010)。特に、発達早期のストレス曝露により生じるエピジェネティック修飾を標的とするアプローチは、根治的治療の可能性を持つ。

最後に、デジタルセラピューティクスとGABA系調節の統合も有望である。神経フィードバックを用いた自己調節訓練により、内因性GABA系機能を増強する試みが進んでいる。Zhao et al.(2018)は、リアルタイムfMRIニューロフィードバックにより扁桃体活動を自己調節することで、扁桃体GABA濃度が増加することを示した。このようなアプローチは、薬物療法と心理療法の橋渡しとなる新たな治療モダリティとなりうる。

結論と展望:統合的視点からの不安障害治療

不安障害におけるGABA系の役割に関する理解は、基礎神経科学の進歩と臨床観察の統合により大きく進展している。本稿では、不安の神経回路基盤におけるGABA作動性調節の多層的役割を概観し、これに基づく現在の治療法と将来の展望について検討した。

現段階での知見を統合すると、不安障害はGABA系の単純な機能低下というよりも、特定の脳領域における特定のGABA受容体サブタイプや特定のインターニューロンサブタイプの選択的変化として理解される。この複雑性が、不安障害の多様な臨床表現型と治療応答性の個人差を説明する一因となっている可能性がある。

特に注目すべきは、不安障害のサブタイプごとにGABA系関与のパターンが異なる可能性である。全般性不安障害では前頭前皮質のGABA濃度低下が一貫して報告される一方、パニック障害では扁桃体と脳幹のGABA機能異常が中心的である可能性が示唆されている。PTSDにおいては、扁桃体過活動と前頭前皮質GABA機能低下に加え、恐怖消去に関わるGABA回路の特異的障害が重要であることが示唆されている。

治療的観点からは、従来のベンゾジアゼピン系薬の限界を克服する新規アプローチの開発が急務である。GABAA受容体α2/α3選択的作動薬は、依存性・鎮静作用を最小化しつつ抗不安作用を発揮する理想的な候補である。しかし、開発の困難さも明らかになってきており、さらなる薬理学的洞察と創薬技術の革新が必要である。

内因性調節系を標的とするアプローチ、特にニューロステロイド系の調節は、生理的GABA機能を増強する可能性から注目される。ブレキサノロンの成功は、この方向性の有望性を示している。また、非薬理学的アプローチとしては、ニューロフィードバックやマインドフルネス瞑想などによる内因性GABA系機能の増強も有望である。

個別化医療の観点からは、バイオマーカーの開発が重要である。GABA濃度のMRS測定、GABA受容体サブユニット遺伝子多型解析、扁桃体-前頭前皮質回路の機能的結合性評価などが、不安障害の診断と治療選択に役立つバイオマーカー候補として挙げられる。これらを統合したマルチモーダルアプローチにより、不安障害の神経生物学的サブタイプ分類と、それに基づく最適治療選択が可能になるかもしれない。

最後に、発達的視点の重要性を強調したい。不安障害の多くが思春期から若年成人期に発症することを考えると、この時期のGABA系発達を支援する予防的介入の可能性は特に大きい。早期スクリーニングと予防的介入により、不安障害の発症率を下げることができれば、個人的・社会的負担の大幅な軽減につながるだろう。

GABA系を標的とした不安障害治療法の発展と最適化は、基礎研究と臨床応用の継続的な対話に依存している。基礎神経科学の新たな発見が臨床的洞察を導き、臨床的課題が基礎研究に新たな問いを提供するという循環的プロセスにより、より効果的で副作用の少ない治療法が実現することを期待したい。

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