第16部:統合的解決策と未来への展望 – 技術革新と社会変革の融合
環境中のPFASとマイクロプラスチックによる汚染問題は、単一の解決策では対応できない複合的な課題である。従来の「規制」アプローチだけでなく、技術革新、経済的インセンティブ、社会変革が組み合わさった統合的アプローチが必要とされている。本章では、すでに実践されている先進的取り組みと将来有望な解決策を検討し、持続可能な未来への道筋を探る。
革新的浄化・除去技術の進展
PFASやマイクロプラスチックはすでに広く環境中に拡散しているため、効果的な除去・浄化技術の開発は喫緊の課題である。近年、従来技術の限界を克服する革新的アプローチが次々と開発されている。
PFAS浄化技術の新たな展開
PFASの除去技術は大きく分けて「分離」と「分解」の二つのアプローチがある。Ross et al. (2022)の包括的レビューによれば、従来の活性炭吸着やイオン交換樹脂による処理は、PFAS除去にある程度効果的だが、特に短鎖PFASに対する効率が低く、使用済み媒体の処理(二次汚染)の問題を伴う。
この限界を克服する新技術として注目されているのが、「フルオログリップ」(FluoroGrip)と呼ばれるフッ素選択的吸着剤である。McNamara et al. (2023)の研究では、フルオログリップを用いた処理により、短鎖PFASを含む幅広いPFAS化合物を99%以上除去できることが示されている。特筆すべきは、この材料が再生利用可能であり、濃縮されたPFASを回収して安全に処理できる点である。
さらに革新的なのが、PFASの完全分解を目指す技術である。Trang et al. (2022)は、環境に優しい条件下でPFASを効率的に分解する「超低温プラズマ処理」(low-temperature plasma treatment)を開発した。この技術は、水中の短鎖・長鎖のPFAS分子をわずか30分の処理で99%以上分解し、フッ化物イオンと二酸化炭素に転換する。従来のPFAS分解技術(高温焼却や超臨界水酸化など)と比較して、エネルギー消費量が10分の1以下であることが特徴である。
汚染地下水の現場浄化(in-situ remediation)技術も進展している。Feng et al. (2023)は、「電気化学的活性化過硫酸塩法」(electrochemically activated persulfate)を用いた原位置PFAS分解法を開発した。この方法は、地下水中に電極を設置し、過硫酸塩を注入することで、局所的に高反応性ラジカルを生成させ、PFASを分解するものである。パイロット実験では、汚染地下水中のPFOS濃度が3ヶ月間の処理で92%減少したと報告されている。
マイクロプラスチック除去の革新的アプローチ
マイクロプラスチックの環境からの除去は、その微小サイズと広範な分布から極めて困難な課題である。しかし、近年の技術革新により、効率的な除去法が開発されつつある。
Sipe et al. (2022)は、「磁性ナノ粒子」(magnetic nanoparticles)を用いたマイクロプラスチック除去技術を報告している。この技術では、特殊なコーティングを施した磁性ナノ粒子がマイクロプラスチック粒子に選択的に付着し、その後、磁石を用いて水から容易に回収できる。実験室スケールでは、1μm以下のマイクロプラスチックの92%以上を除去することに成功している。
さらに生物学的アプローチとして、Roh et al. (2021)は「プラスチック分解微生物」(plastic-degrading microorganisms)の同定と応用に関する研究を進めている。特に注目されているのが、ポリエチレンテレフタラート(PET)を分解するIdeonella sakaiensis(イデオネラ・サカイエンシス)や、ポリエチレン(PE)を分解するRhodococcus ruber(ロドコッカス・ルーバー)などの微生物である。これらの微生物が産生する特殊な酵素(PETase、MHETaseなど)を産業規模で生産し、実環境でのマイクロプラスチック分解に応用する研究が進められている。
自然環境から着想を得た「バイオミメティック」アプローチも注目される。Wu et al. (2022)は、ムラサキイガイの接着たんぱく質(byssal adhesive proteins)に着想を得た合成ポリマーを開発した。このポリマーは水中のマイクロプラスチックに強力に付着し、複合体を形成することで浮上・回収を容易にする。さらに、光応答性を持たせることで、紫外線照射により複合体から分離・再利用できる特性を持たせている。
大規模環境からの除去技術としては、Chandra et al. (2023)が開発した「浮遊式マイクロプラスチック捕集装置」(Floating Microplastic Collection System)が実用段階に入っている。この装置は波力エネルギーを利用して水を汲み上げ、特殊フィルターを通してマイクロプラスチックを捕集する。太陽光発電パネルを搭載し、完全に自立型で動作する設計となっており、沿岸域やマングローブ林などの生態学的に重要な水域で試験運用が開始されている。
グリーンケミストリーと代替品開発
根本的な解決策として、有害物質を源流から削減する「グリーンケミストリー」アプローチと安全な代替品の開発が不可欠である。
PFAS代替品開発の現状と課題
PFAS代替品開発において重要なのは、単に化学構造を少し変えるだけの「後悔すべき代替」(regrettable substitution)ではなく、機能に着目した「本質的代替」(informed substitution)である。Tickner et al. (2021)は、PFAS代替において「機能的アプローチ」(functional approach)の重要性を強調している。このアプローチでは、「撥水性」「耐熱性」「潤滑性」などの必要機能を特定し、それを実現する非PFAS系の代替策を探索する。
食品包装分野では実質的な進展が見られる。Bieber et al. (2022)によれば、デンマークの紙パッケージメーカーNordic Paper社は、単に紙の密度を高めることで油脂耐性を付与する「純紙技術」(Natural Greaseproof)を実用化した。この技術では化学添加物を一切使用せず、機械的処理のみでPFAS含有製品と同等の性能を実現している。
織物の撥水処理においても革新が進んでいる。Schellenberger et al. (2020)の研究では、シリコーンポリマーとデンドリマー技術を組み合わせた「D4/D5/D6フリー」のシリコーン系撥水剤が開発されている。この代替品は、従来のフッ素系撥水剤に匹敵する耐久性と性能を示しながら、環境残留性と生物蓄積性が大幅に低減されている。
半導体製造など高度産業用途でのPFAS代替は特に困難とされてきたが、この分野でも進展が見られる。Lee et al. (2023)の研究では、フォトレジストストリッピング工程において、イオン液体(ionic liquids)ベースの代替溶媒が開発され、PFAS系溶媒と同等の性能を示すことが報告されている。
プラスチック代替素材の革新
従来のプラスチックに代わる代替素材の開発も急速に進んでいる。特に注目されているのが「新世代バイオプラスチック」である。
Narancic et al. (2020)は、PHA(ポリヒドロキシアルカノエート)などの生分解性バイオプラスチックの商業化における課題と進展を分析している。PHAは微生物が体内に蓄積する生分解性ポリエステルであり、海洋環境を含む多様な環境で分解される特性を持つ。製造コストの高さが普及の障壁だったが、食品廃棄物や農業廃棄物を原料とする低コスト生産法の開発により、実用化が進みつつある。
特に革新的なのが、木質由来の新素材「透明木材」(transparent wood)である。Li et al. (2019)の研究では、木材からリグニンを選択的に除去し、ポリマーを含浸させることで、透明かつ高強度のバイオベース材料の開発に成功している。この素材は従来のプラスチックより高い強度と低い熱膨張係数を持ち、建築用透明材料やエレクトロニクス基板への応用が期待されている。
実用化が進む代替素材として注目されるのが、海藻由来の包装材料である。Notarfonso et al. (2022)によれば、英国のスタートアップNotpla社は、海藻から抽出したアルギン酸とその他の天然素材を組み合わせた「Ooho」という食用包装材を開発した。この素材は水に溶け、堆肥化可能で、海洋環境でもわずか4〜6週間で完全に分解される。2022年のロンドンマラソンでは、この素材で作られた飲料カプセルが3万個以上提供され、実用性が実証されている。
循環型経済への移行戦略
持続可能な資源利用を実現するためには、「採取-製造-廃棄」の直線型経済から「循環型経済」(circular economy)への移行が不可欠である。
製品設計とビジネスモデルの革新
循環型経済における鍵は「循環を前提とした設計」(design for circularity)である。従来の環境配慮設計(Design for Environment)から一歩進み、製品のライフサイクル全体を視野に入れた設計アプローチが求められる。
De los Rios & Charnley (2017)は、循環型経済を実現する10の製品設計戦略を提案している:
- 設計による素材選択(Design for materials selection)
- 設計による標準化・互換性(Design for standardization & compatibility)
- 設計による信頼性・耐久性(Design for reliability & durability)
- 設計による分解・再組立(Design for dis- and reassembly)
- 設計による保守・修理(Design for maintenance & repair)
- 設計によるアップグレード・適応(Design for upgradability & adaptability)
- 設計によるエネルギー回収(Design for energy recovery)
- 設計による生物学的循環(Design for biological cycles)
- 設計による製品寿命延長(Design for product life extension)
- 設計による機能性サービス(Design for functional service)
特に注目される事例として、Linder et al. (2022)はオランダの照明大手Signify社(旧Philips Lighting)の「Light-as-a-Service」(LaaS)モデルを分析している。このモデルでは、顧客は照明設備を購入するのではなく、照明サービスを契約し、Signify社が設備の所有権、保守、アップグレード、最終処理の責任を持つ。この「所有から利用へ」の転換により、製造企業には長寿命・修理可能・リサイクル可能な製品設計へのインセンティブが生まれる。
デジタル技術を活用した循環型システム
デジタル技術は循環型経済への移行を加速する重要なイネーブラーである。特に「モノのインターネット」(IoT)、ブロックチェーン、人工知能(AI)などの技術が新たな可能性を開いている。
Berg et al. (2022)は、循環型経済におけるデジタル技術活用の事例を分析している。特に注目されるのが「デジタルパスポート」(digital passport)である。これは製品の素材構成、修理方法、適切なリサイクル方法などの情報をデジタル形式で記録し、製品ライフサイクルを通じて追跡可能にするシステムである。EUは2023年に「バッテリーパスポート」を導入し、2024年までに電子機器、繊維製品、建材などに拡大する計画を進めている。
ブロックチェーン技術の応用も進んでいる。Upadhyay et al. (2021)の研究では、プラスチックのサプライチェーン透明性向上のためのブロックチェーンプラットフォーム「Plastic Bank」が分析されている。このシステムでは、廃プラスチック回収者が回収したプラスチックをデジタル通貨に交換でき、素材の流れを追跡することで「海洋プラスチック由来」の認証が可能になる。この仕組みにより、インドネシア、フィリピン、ブラジルなどで10億個以上のプラスチックボトルが回収され、新たな価値連鎖が創出されている。
人工知能を活用した素材識別・選別技術も実用化が進んでいる。Ragaert et al. (2021)によれば、深層学習を用いたプラスチック選別システム「AI-Sorter」は、従来の近赤外線選別では困難だった黒色プラスチックや複合プラスチックの自動選別を可能にし、リサイクル率と純度の大幅な向上を実現している。
コミュニティ主導の変革と社会イノベーション
技術的解決策だけでなく、市民参加と社会イノベーションも環境問題解決の鍵である。コミュニティレベルの取り組みは、政策や技術開発を補完する重要な役割を果たす。
市民科学と参加型モニタリング
市民が科学的調査に参加する「市民科学」(citizen science)は、環境モニタリングの範囲と深さを拡大する可能性を持つ。PFAS汚染やマイクロプラスチック問題においても、市民参加型のアプローチが成果を上げている。
Kelly et al. (2023)は、米国ノースカロライナ州のケープフィア川流域における市民主導のPFASモニタリングプロジェクト「GenX Exposure Study」の成果を報告している。このプロジェクトでは、地域住民が自宅の水道水サンプルを採取し、研究者と協力して分析を行った。その結果、公式のモニタリングでは捉えられていなかった高濃度汚染地点が特定され、州レベルの政策変更につながった。特筆すべきは、この取り組みが単なるデータ収集を超え、コミュニティの「科学リテラシー」と「環境アドボカシー能力」の向上に貢献した点である。
マイクロプラスチックについては、国際的な市民科学ネットワーク「The Big Microplastic Survey」が成果を上げている。Scott et al. (2021)によれば、このプロジェクトは17カ国の市民科学者が統一手法で海岸のマイクロプラスチックを調査し、そのデータが科学論文や政策提言に活用されている。特に価値があるのは、「場所特異的なホットスポット」(place-specific hotspots)の特定と時系列変化の追跡であり、これは従来の研究では捉えきれなかった側面である。
社会的実践の変革とライフスタイルイノベーション
環境問題の解決には、技術や政策だけでなく、日常的な社会的実践(social practices)の変革も重要である。プラスチックフリーライフスタイルやPFAS回避などの実践は、新たな規範や価値観を創出し、より広範な社会変化につながる可能性がある。
Sahakian & Wilhite (2014)は、持続可能な消費への移行には「社会的実践の束」(bundles of practices)を変える必要があると主張している。彼らの理論によれば、消費行動は個人の選択というより社会的に構築された実践の結果であり、持続可能性への移行には、物質的インフラ(material)、能力(competence)、意味(meaning)の三要素から成る実践の変革が必要である。
この理論を応用した興味深い事例として、Meng & Slootweg (2022)はオランダの「Plastic-Free July」キャンペーンの影響を分析している。このキャンペーンでは、参加者が1ヶ月間使い捨てプラスチックを避ける生活を実践し、経験をソーシャルメディアで共有する。研究の結果、このような「集合的実験」(collective experimentation)が、①新たな能力の獲得(例:自家製洗剤の作り方)、②物質的環境の変化(例:詰め替え店の増加)、③意味の再構築(例:「便利」の再定義)を促進し、一時的なキャンペーンを超えた持続的変化につながることが示された。
PFAS回避のための社会的実践としては、Nord (2022)による「調理器具の再考」(rethinking cookware)運動の分析が注目される。この取り組みでは、コミュニティグループが非フッ素系調理器具(鉄製、ステンレス製、セラミック製など)の使用方法や手入れ方法に関するワークショップを開催し、実践的知識の共有を通じてPFAS含有製品からの脱却を促進している。特筆すべきは、この運動が単なる「製品代替」にとどまらず、「食事の準備」という社会的実践全体の再考につながっている点である。
持続可能な金融と経済的インセンティブ
環境問題解決のためには適切な資金調達と経済的インセンティブが不可欠である。持続可能な金融システムは、環境技術への投資を加速し、経済活動を持続可能な方向へと転換させる力を持つ。
環境技術への投資促進
PFAS代替技術やプラスチック代替開発には多額の研究開発資金が必要である。効果的な投資メカニズムの開発は、イノベーションの加速に不可欠である。
Campiglio et al. (2018)は、環境技術への投資を促進する金融メカニズムとして、「グリーンボンド」「サステナビリティ・リンク・ローン」「インパクト投資」などの重要性を指摘している。特に注目されるのが、リターンと環境影響の両方を評価する「ダブルボトムライン」アプローチである。
実践例として、Polzin & Sanders (2021)は欧州投資銀行(EIB)の「循環型経済金融プログラム」を分析している。このプログラムでは、循環型ビジネスモデルへの移行を目指す企業に対し、市場金利より低い金利での融資や技術支援が提供される。2019-2023年の5年間で総額100億ユーロの投資が計画されており、特に「革新的素材」「プラスチック代替」「化学リサイクル」などの分野に重点が置かれている。
企業の環境技術投資を促進する仕組みとして、Zhu et al. (2022)は「グリーンプレミアム契約」(green premium contracts)の可能性を検討している。これは、企業が環境に優しい製品・サービスの開発に成功した場合、一定期間のプレミアム価格を保証する長期契約である。例えば、PFASフリー消火剤の開発企業に対し、公共調達において一定期間の価格プレミアムを保証することで、研究開発リスクを軽減する仕組みである。
拡大生産者責任と循環型経済税制
製品のライフサイクル全体に対する責任を生産者に課す「拡大生産者責任」(Extended Producer Responsibility, EPR)は、廃棄物削減とリサイクル促進の重要な政策ツールである。
Watkins et al. (2019)は、プラスチック包装に対するEPRシステムの国際比較研究を行い、効果的な設計要素を特定している。特に成功事例として評価されているのが、フランスの「ボーナス-マルス」システムである。このシステムでは、生産者が支払う拠出金が製品の設計特性(リサイクル可能性、再生材使用率など)に基づいて調整され、環境配慮設計に対して最大50%の割引が適用される。この経済的インセンティブにより、フランスではリサイクル困難な着色PETボトルの市場シェアが2年間で半減したと報告されている。
循環型経済を促進する税制改革も各国で検討されている。Brink et al. (2021)は、「材料消費税」(materials consumption tax)や「バージン素材税」(virgin materials tax)などの革新的税制の可能性を分析している。特に注目されるのが、スウェーデンで検討されている「化学物質税」(chemicals tax)である。この税制では、電子製品に含まれる臭素系・リン系難燃剤に課税し、有害物質を含まない製品には減税措置が適用される。この仕組みをPFASやその他の懸念化学物質にも拡大する議論が進んでいる。
教育と情報共有の革新
複雑な環境問題に対する理解と行動を促進するためには、効果的な教育と情報共有が不可欠である。伝統的な環境教育を超えた革新的アプローチが世界各地で展開されている。
化学リテラシーとリスクコミュニケーションの向上
市民が環境中の化学物質について情報に基づいた判断を行うためには、「化学リテラシー」(chemical literacy)の向上が重要である。
Sjöström & Talanquer (2018)は、持続可能性のための化学教育を「批判的化学リテラシー」(critical chemical literacy)として再構築することを提案している。この枠組みでは、化学の技術的知識だけでなく、化学物質と社会の相互作用、化学イノベーションの倫理的側面、化学物質ガバナンスへの市民参加などを含む幅広い視点が重視される。
実践例として、Fjelkner-Modig et al. (2022)はスウェーデンの「Känn din kemi」(あなたの化学を知ろう)プログラムを分析している。このプログラムでは、日常製品に含まれる化学物質についての情報をアクセスしやすい形で提供し、消費者の意思決定を支援している。特に革新的なのは、スマートフォンアプリと連携したバーコードスキャナー機能で、消費者が製品のPFAS含有情報などを即座に確認できるようになっている。
デジタルプラットフォームと参加型アプローチ
デジタル技術の発展により、環境情報の共有と市民参加の新たな可能性が開かれている。
Hidalgo-Ruz & Thiel (2015)は、マイクロプラスチック調査のためのモバイルアプリ「Marine Debris Tracker」の効果を分析している。このアプリは市民がビーチや水域で発見したプラスチックごみをリアルタイムで記録・共有できるプラットフォームであり、10年間で100万件以上のデータエントリーが集積されている。このようなデジタルツールは、市民の環境問題への関与を深めるとともに、科学者や政策立案者に貴重なデータを提供している。
PFAS問題については、O’Rourke et al. (2022)が開発した「PFAS-Tracker」が注目される。このオンラインプラットフォームは、米国内のPFAS汚染地点、汚染レベル、健康リスク情報、浄化状況などを視覚的に表示するものである。特筆すべきは、このプラットフォームが「情報のデモクラタイゼーション」(democratization of information)を実現し、従来は専門家のみがアクセスできた複雑なデータを一般市民が理解・活用できる形で提供している点である。
学際的研究と政策統合
環境問題の複雑さに対応するためには、分野横断的なアプローチと政策の統合が不可欠である。従来の縦割り型研究・政策から、より統合的なアプローチへの移行が進んでいる。
トランスディシプリナリー研究の進展
「トランスディシプリナリー研究」(transdisciplinary research)は、学術分野の垣根を超えるだけでなく、非学術的知識(地域の知恵、実務者の経験など)も統合する研究アプローチである。
Mauser et al. (2013)は、環境課題に対するトランスディシプリナリー研究の枠組みとして「共同設計」(co-design)、「共同生産」(co-production)、「共同実装」(co-implementation)の3段階からなるプロセスを提案している。このアプローチでは、研究の設計段階から多様なステークホルダーが参加し、科学的知識と実践的知識の統合が図られる。
実践例として、Newton & Elliott (2022)は「One Health」(ワンヘルス)アプローチを用いたPFASリスク評価フレームワークを提案している。この枠組みでは、人間の健康、生態系の健全性、動物の健康を統合的に考慮し、医学、獣医学、環境科学、社会科学などの多分野の専門家が協働する。特に注目すべきは、「環境正義」や「世代間公平性」など、従来の科学的リスク評価では捉えきれなかった社会的側面が明示的に組み込まれている点である。
ネクサスアプローチによる政策統合
従来の部門別政策を超えた「ネクサスアプローチ」(nexus approach)が、複雑な環境問題に対する効果的な政策枠組みとして注目されている。
Halbe et al. (2019)は、「水-エネルギー-食料-素材ネクサス」(water-energy-food-materials nexus)の概念を提案し、部門間の相互依存性を考慮した統合的政策立案の重要性を指摘している。例えば、バイオプラスチック生産と食料生産の土地利用競合、水処理技術とエネルギー消費のトレードオフなど、セクター間の相互作用を明示的に考慮することで、部分最適化の罠を避けることができる。
政策統合の革新的事例として、Brock et al. (2022)は欧州連合の「循環型バイオエコノミー戦略」(Circular Bioeconomy Strategy)を分析している。この戦略は、従来は別々に運用されていた「循環型経済政策」「バイオエコノミー政策」「化学物質規制」を統合し、「安全かつ持続可能な設計」(Safe and Sustainable by Design)という共通原則のもとで一貫した政策枠組みを構築するものである。このアプローチにより、例えばバイオベースプラスチックの開発において、生分解性と有害化学物質不使用を同時に実現するための一貫した政策誘導が可能になっている。
将来展望:複合的アプローチの構築へ
PFASとマイクロプラスチック問題の解決には、単一の「魔法の弾丸」は存在せず、多様なアプローチの組み合わせが必要である。最後に、将来に向けた統合的展望を考察する。
レジリエントで適応的なガバナンスの構築
不確実性と複雑性を特徴とする環境問題に対しては、「レジリエントで適応的なガバナンス」(resilient and adaptive governance)が重要である。
Boyd et al. (2021)は、環境問題に対する「適応的ガバナンス」の7つの原則を提案している:
- 多様な知識システムの統合(Integrate diverse knowledge systems)
- 分散型意思決定の促進(Promote polycentric decision-making)
- 実験と学習の促進(Foster experimentation and learning)
- 予期せぬ結果への準備(Prepare for unexpected outcomes)
- 長期的視点の確保(Secure long-term perspective)
- 公正な移行の保証(Ensure just transitions)
- 協調的リーダーシップの育成(Cultivate collaborative leadership)
特に注目すべき具体例として、Hartley et al. (2023)はカナダのPFAS管理におけるマルチレベルガバナンスを分析している。カナダでは連邦レベルの包括的PFAS規制枠組みに加え、州レベルで独自の規制・モニタリングプログラムが展開され、さらに先住民コミュニティが伝統的知識に基づく独自のPFASリスク評価を実施している。この重層的なガバナンス構造により、地域特性に応じた柔軟な対応と全国的な整合性の両立が図られている。
変革的イノベーションと社会全体のシステム転換
長期的な解決に向けては、既存システムの漸進的改善を超えた「変革的イノベーション」(transformative innovation)と社会全体の「システム転換」(system transition)が必要である。
Geels et al. (2019)は、環境問題に対する「社会技術移行」(socio-technical transition)の理論を展開している。この理論によれば、社会システムの根本的変革には、技術だけでなく、制度、文化、行動、ビジネスモデルなど多面的な要素の共進化が必要である。特に注目されるのが「戦略的ニッチマネジメント」(Strategic Niche Management)の概念で、革新的実践が保護された環境(ニッチ)で発展し、やがて主流システムを変革していくプロセスが重視される。
この理論を応用した革新的事例として、Hyysalo et al. (2022)はフィンランドの「無毒な環境プログラム」(Non-toxic Environment Program)を分析している。このプログラムでは、複数の変革的イノベーションを同時に推進する「ポートフォリオアプローチ」が採用されている。具体的には、①バイオベース界面活性剤の開発、②PFASフリー消火システムの構築、③「化学物質共有プラットフォーム」の実証、④「無毒性認証」システムの確立など、複数のニッチイノベーションが並行して推進され、相互に連携することで従来の化学品管理システムの変革を目指している。
結論:複合的アプローチによる総合的解決へ
PFASとマイクロプラスチック問題の解決には、技術革新、経済的インセンティブ、社会変革、政策統合など多様なアプローチの有機的連携が不可欠である。単一のアプローチに依存するのではなく、それぞれの強みを活かした複合的戦略が求められる。
特に重要なのは、「トップダウン」の政策・規制と「ボトムアップ」の市民イニシアチブ・社会イノベーションの相互補完的関係である。政府主導の規制は最低限の安全基準を確立し、公平なルールを設定する一方、市民社会や企業の自発的取り組みは創造的解決策と社会規範の変化を促進する。
最後に、変革の方向性として「レジリエンス」「公正性」「持続可能性」の三要素のバランスが重要である。技術的に効率的な解決策が社会的公正性を損なったり、短期的な経済利益が長期的なレジリエンスを犠牲にしたりすることのないよう、多元的価値を統合した総合的アプローチが求められる。
PFASやマイクロプラスチックのような「永続的汚染物質」への対応は、単なる環境問題の解決を超え、持続可能な社会への移行に向けた重要な試金石である。これらの課題に対する統合的解決策の開発は、より広範な持続可能性への移行のモデルケースとなるだろう。
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