第5部:放棄地・限界地におけるサツマイモ栽培の実践と効果
1. 耕作放棄地の現状と再生可能性
世界各地で顕在化している耕作放棄地問題は、地域社会の持続可能性と食料安全保障に重大な影響を与えている。特に人口減少や高齢化が進行する地域では、かつて生産的であった農地が管理されなくなり、環境劣化や社会経済的問題の原因となっている。
日本における耕作放棄地の状況について、農林水産省の統計(MAFF, 2020)によれば、全国の耕作放棄地面積は2020年時点で約41万ヘクタールに達し、これは九州の佐賀県とほぼ同じ面積に相当する。特に中山間地域での放棄率が高く、一部地域では農地の30%以上が放棄状態にある。Nakashima et al. (2016)の研究によれば、日本の耕作放棄地の主な発生要因は以下のように整理されている:
- 農業従事者の高齢化と後継者不足
- 農地の地形的条件(傾斜地、狭小区画など)
- 獣害の増加(イノシシ、シカなどによる被害)
- 経済的要因(農業収益性の低下、維持管理コストの増加)
この問題は日本に限らず、世界的な課題となっている。Barbier & Hochard (2018)のグローバル分析によれば、世界の農地の約24%(3億8500万ヘクタール)が何らかの形で劣化または放棄されており、特にアジア、アフリカ、南米の発展途上地域で深刻化している。
耕作放棄地の再生と有効活用は、持続可能な土地管理の観点から重要な課題である。Poeplau et al. (2016)の研究では、放棄地再生の主な便益として以下が挙げられている:
- 食料生産能力の回復
- 生物多様性の保全・向上
- 土壌炭素貯留による気候変動緩和
- 景観維持と文化的価値の保全
- 農村コミュニティの活性化
この文脈において、サツマイモは耕作放棄地再生のための有力な作物として注目されている。Motoki et al. (2019)は、サツマイモの多様な環境適応性、低投入での栽培可能性、高い単位面積当たり収量などの特性が、放棄地再生に特に適していることを指摘している。
耕作放棄地再生の成功には、地域の自然・社会条件に適合した作物選択と栽培技術の開発が不可欠である。Deng et al. (2015)の分析によれば、理想的な再生作物の条件として、(1)低投入での生産可能性、(2)地域市場での需要、(3)環境修復機能、(4)栽培管理の容易さ、が挙げられる。これらの条件をサツマイモは高いレベルで満たしており、放棄地再生の先導的作物としての可能性を持つ。
2. サツマイモの環境ストレス耐性と限界地適応
サツマイモが限界地や放棄地での栽培に適している主な理由は、その卓越した環境ストレス耐性にある。特に注目すべきは、劣悪な土壌条件や不安定な気象条件下でも一定の生産性を維持できる能力である。
Laban et al. (2013)の包括的レビューによれば、サツマイモは以下のような限界地条件に対する適応機構を持つ:
- 低肥沃度耐性:根系の発達パターン変化と菌根共生による養分吸収効率の向上
- 乾燥耐性:葉面積調整と根系発達による水分利用効率の最適化
- 酸性土壌耐性:アルミニウム毒性に対する細胞レベルの防御機構
- 塩害耐性:特定のイオン排除機構とオスモプロテクタント蓄積による細胞保護
特に興味深いのは、Agili et al. (2012)が明らかにした品種間の環境ストレス耐性の違いである。彼らの研究では、22の異なるサツマイモ系統について乾燥ストレス下での生理的応答と収量が評価され、特に「Zapallo」「Mugande」などの品種が乾燥条件下でも80%以上の収量を維持できることが示された。この知見は、限界地に特化した品種選抜の可能性を示唆している。
酸性土壌適応性については、Uwah et al. (2013)の西アフリカでの研究が重要な知見を提供している。彼らの実験では、pH 4.5-5.0の強酸性土壌においても、適切な石灰施用と有機物添加の組み合わせにより、サツマイモが商業的に成立する収量(15-20 t/ha)を達成できることが示された。これは、酸性土壌が広範に分布するアフリカの限界地における再生可能性を示す重要な発見である。
養分利用効率についても注目すべき特性がある。Laurie et al. (2015)の研究によれば、サツマイモは低リン条件下での養分獲得能力が特に優れており、これは根から分泌される有機酸による不溶性リン酸の可溶化能力と、アーバスキュラー菌根菌との共生関係による吸収範囲拡大に起因している。この特性は、長期間放棄され養分状態が劣化した土壌での栽培に大きな利点となる。
限界地でのサツマイモ栽培における遺伝的多様性の重要性も強調されるべきである。Nyaboga et al. (2017)の研究は、東アフリカの限界地における在来品種の適応進化を分析し、特定の環境ストレスに対応した遺伝的変異が存在することを明らかにした。特に、乾燥ストレス応答遺伝子(DREB1、OSM1など)の発現パターンが、適応性の高い在来品種で特徴的であることが示されている。
最新の研究である Khan et al. (2022)は、気候変動シナリオを考慮したサツマイモの環境適応性評価を行っている。この研究では、最先端の植物モデリング手法と気候予測データを組み合わせ、2050年までの様々な環境変動下でのサツマイモの生産性が予測された。特に注目すべきは、適切な栽培管理技術と組み合わせることで、現在の限界地の多くが将来的にサツマイモ栽培の適地となる可能性が示されている点である。
3. 斜面地での栽培技術と侵食防止効果
中山間地域の耕作放棄地の多くは傾斜地に位置しており、その再生には侵食防止と持続的な生産性確保の両立が重要な課題となる。サツマイモはその生育特性から斜面地栽培に適した作物であり、適切な栽培技術と組み合わせることで侵食防止と食料生産の同時達成が可能である。
Howeler et al. (1999)の古典的研究は、サツマイモの斜面地栽培における侵食防止効果を定量的に評価した初期の研究である。この研究では、15-30%の傾斜地において、サツマイモの等高線栽培が年間土壌侵食量を従来の畝下栽培と比較して最大68%削減できることが示された。特に植え付け後60-90日の期間に茎葉が地表を十分にカバーすることで、降雨の衝撃緩和と表面流去水の減少が達成されることが明らかにされた。
斜面地でのサツマイモ栽培技術について、Rao et al. (2015)は以下のような効果的なアプローチを提案している:
- 等高線畝立て:傾斜に対して直角方向に畝を形成
- 部分耕起法:最小限の土壌撹乱で植え付け孔や溝を形成
- マルチング:植え付け初期の土壌保護と水分保全
- ベジタティブバリア:強固な根系を持つ植物(ベチベルグラスなど)との混植
特に注目すべきは、He et al. (2014)による中国雲南省での研究である。彼らは急傾斜地(25-35%)において、サツマイモと等高線ヘッジロー(生垣)システムを組み合わせた栽培法を評価し、従来のトウモロコシ単作と比較して、土壌侵食量が87%減少し、同時に土壌有機物含量が4年間で平均12%増加したことを報告している。
斜面地におけるアグロフォレストリーシステムとサツマイモの組み合わせも効果的なアプローチである。Kinama et al. (2007)のケニアでの研究では、樹木(Leucaena leucocephala)とサツマイモの複合栽培が、サツマイモ単作と比較して以下のような利点を持つことが示されている:
- 土壌侵食量の58%削減
- 土壌水分保持能力の向上(乾季終了時に12-15%高い土壌水分)
- サツマイモ収量の安定化(干ばつ年でも平年比75-80%の収量維持)
- 樹木からの追加収入(薪、飼料など)
サツマイモの根系が斜面安定化に果たす役割についても研究が進んでいる。Li et al. (2019)の詳細な根系解析によれば、サツマイモは浅根性でありながら広範囲に分布する側根と不定根のネットワークを形成し、これが表層土壌の安定化に大きく貢献している。特に、植え付け後45-60日で形成される密な根系は、土壌粒子の結合と微小な土壌移動の抑制に効果的であることが示されている。
斜面地でのサツマイモ栽培における品種選択も重要な要素である。Mochizuki et al. (2021)の日本での研究によれば、「ベニアズマ」や「コガネセンガン」などの一部品種は特に斜面適応性が高く、これは茎葉の伸展パターンと根系構造の特性に起因している。彼らは特に、初期茎葉伸長が早く地表被覆率が高い品種が斜面地に適していることを指摘している。
最新の研究として、Hussain et al. (2023)はリモートセンシング技術とサツマイモの斜面栽培を組み合わせた侵食モニタリングシステムを開発している。このシステムでは、ドローン撮影画像と機械学習アルゴリズムを用いて茎葉被覆率と侵食リスクをリアルタイムで評価し、必要に応じた追加的保全措置を提案することが可能になっている。
4. 地域実証例と成功モデル
サツマイモを活用した耕作放棄地再生の具体的事例は、世界各地で報告されている。これらの実証例は、地域固有の自然・社会条件に適応した再生モデルの多様性を示すとともに、成功のための共通要因を明らかにしている。
日本における先進事例として、南さつま市の取り組みが注目される。Osaki et al. (2015)の調査によれば、同市では2010年から「農地再生プロジェクト」を開始し、98ヘクタールの耕作放棄地をサツマイモ栽培に転換した。特筆すべきは、このプロジェクトが単なる農地再生にとどまらず、地域ブランド「さつま黄金芋」の開発と六次産業化を統合していることである。プロジェクト開始から5年間で、参加農家の平均所得が32%増加し、新規就農者16名の定着にも成功している。
茨城県かすみがうら市の「耕作放棄地再生サツマイモプロジェクト」も重要な事例である。Yamada et al. (2018)の研究では、この取り組みにおいて以下のような総合的アプローチが採用されていることが報告されている:
- 紫芋品種「パープルスイートロード」の導入による高付加価値化
- 市民参加型の「芋掘り体験」による交流人口拡大
- 加工品開発(焼酎、スイーツなど)による周年収益化
- 企業とのコラボレーションによる販路拡大
このプロジェクトでは、5年間で45ヘクタールの耕作放棄地が再生され、地域経済効果として年間約1.2億円の新規創出が達成されている。
海外事例としては、フィリピンバタンガス州の「ISSP」(Integrated Sweetpotato-based Slope Protection)プログラムが注目に値する。Campilan et al. (2002)の報告によれば、このプログラムは火山灰土壌の急傾斜地における侵食防止と生計向上を目的としており、以下の要素で構成されている:
- サツマイモと樹木の複合栽培システム
- 地域在来品種の選抜・改良
- 参加型技術開発と農家間知識共有
- 市場アクセス改善のための協同組合設立
このプログラムの特筆すべき成果として、参加農家の年間所得が平均42%増加するとともに、対象地域の年間土壌侵食量が5年間で平均76%減少したことが挙げられる。
アフリカにおける成功事例として、タンザニアのモロゴロ地域での「OFSP村落プログラム」がある。Low et al. (2013)の研究によれば、このプログラムは放棄された限界農地でのオレンジ肉サツマイモ(OFSP)栽培を通じて、栄養改善と所得向上の統合を目指したものである。プログラムの特徴として、以下の点が挙げられる:
- ビタミンA強化品種の導入による栄養価値の向上
- 耕作放棄地に適した低投入栽培技術の開発
- 女性グループを中心とした参加型アプローチ
- 学校給食プログラムとの連携による需要創出
このプログラムでは、3年間で215ヘクタールの限界農地が再生され、5歳未満児のビタミンA欠乏症が対象地域で36%減少するという公衆衛生上の成果も達成されている。
中国雲南省の山岳地帯における「退耕還林サツマイモプロジェクト」も重要な事例である。Zhang et al. (2017)の報告によれば、このプロジェクトは傾斜25度以上の急斜面における侵食防止と持続的土地利用を目的としており、サツマイモを核とした以下のようなシステムが導入されている:
- 等高線テラス構築とサツマイモ栽培の組み合わせ
- 耐乾性在来品種「滇紅薯」の活用
- 豚飼育との統合による循環型システム構築
- コミュニティベースの土地管理協定の確立
このプロジェクトにより、対象地域の年間土壌流出量が平均62%減少し、農家所得が年間平均1,850元(約29,000円)増加したことが報告されている。
これらの成功事例から抽出される共通要素として、Sidhu et al. (2020)は以下の点を指摘している:
- 地域環境に適した品種選択と栽培技術の開発
- 単なる生産増加ではなく、加工・流通も含めた総合的アプローチ
- 地域コミュニティの主体的参加と能力開発
- 公的支援と民間投資の効果的な組み合わせ
- 食料生産以外の多面的機能(環境保全、景観形成など)の評価と活用
5. 経済性分析と小規模農家向けモデル
耕作放棄地でのサツマイモ栽培の実現可能性を評価する上で、経済性分析は不可欠である。特に、初期投資コスト、維持管理労力、収益性、そして投資回収期間などの指標は、小規模農家が導入を検討する際の重要な判断材料となる。
Kumar et al. (2016)による包括的経済分析では、インド・オディシャ州の劣化農地におけるサツマイモ栽培の収益性が評価されている。この研究によれば、1ヘクタールあたりの経済指標は以下のように要約される:
- 初期投資コスト:45,000-55,000ルピー(約75,000-92,000円)
- 年間維持管理コスト:25,000-30,000ルピー(約42,000-50,000円)
- 総収入(平均収量10 t/ha):90,000-120,000ルピー(約150,000-200,000円)
- 純利益:35,000-45,000ルピー(約58,000-75,000円)
- 投資回収期間:2-3年
この分析で特に注目すべきは、サツマイモが他の一般的作物(コメ、トウモロコシなど)と比較して、投入コストあたりの収益性(費用便益比)が1.8-2.2と高い点である。このことは、限られた資本しか持たない小規模農家にとって特に重要な利点となる。
Labor et al. (2017)は、フィリピンの小規模農家向けサツマイモ栽培モデルを開発し、その経済的実現可能性を評価している。このモデルの特徴は、以下の点にある:
- 最小面積要件:0.2-0.5ヘクタール(家族労働力で管理可能)
- 段階的投資アプローチ:初年度は最小限の投資で開始し、収益の一部を再投資
- 作付け多様化:サツマイモと短期作物(野菜類)の輪作・間作
- リスク分散戦略:複数品種の導入と販売先の多角化
このモデルを適用した35農家の追跡調査では、平均年間所得が従来の32,000ペソ(約71,000円)から54,000ペソ(約120,000円)へと69%増加したことが報告されている。
日本の中山間地域における小規模モデルとして、Hashiguchi et al. (2018)は「週末農業者向けサツマイモ栽培パッケージ」を開発している。この研究では、東京近郊の千葉県における耕作放棄地を対象として、兼業・定年帰農者が週末のみの労働投入で実施可能なモデルが提案されている。具体的には:
- 栽培面積:10-20アール(1人当たり管理可能面積)
- 作業体系:年間15-20日の労働投入(主に週末)
- 機械化:最小限の機械装備(小型耕うん機と散水装置)
- 予想収益:10アールあたり15-20万円(労働報酬として)
このモデルの重要な特徴は、初期投資を20-30万円程度に抑えつつ、週末のみの労働投入で収益が得られる点にある。実証試験では、参加者22名のうち18名(82%)が2年目以降も継続してプログラムに参加しており、モデルの持続可能性が示されている。
Mwirigi et al. (2019)は、東アフリカの小規模農家向けに「ステップアップ式サツマイモ栽培モデル」を提案している。このモデルは以下のような段階的アプローチを特徴としている:
- 第1段階:0.1ヘクタールでの自家消費用栽培から開始
- 第2段階:0.2-0.3ヘクタールへの拡大と一部商業販売の開始
- 第3段階:0.5ヘクタール以上への拡大と組織的な市場アクセスの確立
- 第4段階:加工・付加価値化への展開
このモデルの実証研究では、参加農家の85%が最初の2年間で第1段階から第2段階への移行に成功し、さらにその60%が4年以内に第3段階に到達したことが報告されている。特に注目すべきは、各段階で得られた収益の30-40%を次段階への投資に回すという再投資戦略の有効性である。
最新の研究として、Chang et al. (2023)は機械学習アルゴリズムを用いた小規模サツマイモ栽培の収益性予測モデルを開発している。このモデルでは、土壌条件、気象データ、投入資材、労働投入などの多変量データに基づいて収益性を予測し、小規模農家の意思決定を支援する。台湾での検証では、モデルの予測精度が87%に達し、特に初期投資額と労働時間配分の最適化において有用であることが示されている。
6. コミュニティ参加型の栽培プロジェクト設計
耕作放棄地再生においては、技術的側面だけでなく、社会的・組織的側面も成功の鍵となる。特に、地域コミュニティの主体的参加を促進するプロジェクト設計は、持続可能な取り組みのための重要な要素である。
Leeratanachol et al. (2015)の研究は、タイ北部の山岳地帯における参加型サツマイモ栽培プロジェクトの設計と実施プロセスを詳細に分析している。彼らが提案する「PVC(Participation-Value-Chain-Construction)モデル」は、以下の3段階から構成される:
- 参加基盤構築段階:地域住民との信頼関係構築、ニーズ評価、共通目標設定
- 参加型技術開発段階:地域知識と科学的知見の統合、実証試験、適応技術の共同開発
- バリューチェーン構築段階:栽培・加工・販売の各段階における付加価値創出、組織化支援
このモデルを実装した8つの村落での評価では、参加率と継続率の両方が従来型プロジェクトと比較して有意に高く(参加率:72% vs. 43%、4年後の継続率:68% vs. 31%)、このアプローチの有効性が示されている。
日本における先進事例として、Miyashita et al. (2020)は長野県飯山市での「みんなの畑プロジェクト」を詳細に分析している。このプロジェクトは、耕作放棄地を活用したサツマイモ栽培を通じて、地域内外の多様な主体をつなぐ「関係人口」創出を目指すものである。特徴的な要素には以下が含まれる:
- 多様な参加者層:地元高齢者、子育て世代、移住者、週末訪問者など
- 役割分担:経験者による技術指導、若手の労働力提供、高齢者の知識共有
- 収穫物の配分ルール:参加度合いに応じた収穫物分配とイベント活用
- 季節イベントの組織化:田植え祭り、収穫祭、焼き芋大会など
3年間の実施結果では、参加者が当初の32名から127名へと拡大し、再生された耕作放棄地が1.2ヘクタールから4.8ヘクタールへと増加した。特に注目すべきは、参加者の多様化が進み、当初は65歳以上が78%を占めていたが、3年後には40歳未満の参加者が43%に増加した点である。
Gibson et al. (2014)のウガンダでの研究は、「ファーマー・フィールド・スクール(FFS)」アプローチとサツマイモ栽培を組み合わせた参加型技術普及モデルを提案している。このモデルでは以下の要素が重視されている:
- 共同学習:農家グループによる実験的学習と経験共有
- 比較試験:従来法と改良法の並行実施による効果の可視化
- 定期的振り返り:成果と課題の継続的評価と方法調整
- 農家間普及:訓練された農家による周辺農家への技術伝播
20のFFSグループを対象とした評価では、参加農家の技術採用率が非参加農家と比較して3.2倍高く、さらに周辺農家への間接的普及効果も確認されている。特に、女性農業者の参加と主体性向上が顕著な成果として報告されている。
コミュニティ参加型アプローチの重要な要素として、適切なインセンティブ設計がある。Kerr et al. (2019)の研究では、異なるインセンティブシステムの効果が比較分析されている。彼らの知見によれば、以下のようなインセンティブ組み合わせが最も効果的である:
- 短期的経済的インセンティブ:初期段階での現金・現物支援
- 中期的社会的インセンティブ:グループ内での相互認識、社会的地位
- 長期的自律的インセンティブ:環境改善、自己効力感、技術習得
特に興味深いのは、純粋な経済的インセンティブだけでは持続性が低く、社会的・自律的インセンティブとの組み合わせが長期的な参加維持に不可欠であるという発見である。
都市近郊型の参加モデルとして、Cohen et al. (2012)は米国での「コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー(CSA)」とサツマイモ栽培を組み合わせた取り組みを報告している。このモデルでは、都市消費者が前払い出資と定期的な労働参加を通じて耕作放棄地の再生に関わり、収穫物を受け取るという関係性が構築されている。シカゴ近郊での事例分析では、参加者の満足度が高く(85%が「非常に満足」と回答)、放棄地の再生面積が5年間で当初の3倍に拡大したことが報告されている。
最新の研究として、Franklin et al. (2023)はデジタル技術を活用した参加型サツマイモ栽培プラットフォーム「SweetConnect」の開発と評価を行っている。このプラットフォームでは、スマートフォンアプリを通じて以下のような機能が提供されている:
- リアルタイムの栽培状況共有と技術相談
- 作業計画の共同立案と役割調整
- 収穫予測と販売先マッチング
- 参加ポイント制度と貢献の可視化
12のコミュニティでの試験的導入では、参加者間の情報共有が活性化し、特に若年層(18-35歳)の参加率が従来の参加型プロジェクトと比較して2.4倍に増加したことが報告されている。このことは、デジタル技術の活用が新たな参加者層の開拓と参加障壁の低減に寄与する可能性を示唆している。
7. 放棄地再生の環境的・社会的便益評価
耕作放棄地でのサツマイモ栽培がもたらす便益は、食料生産や経済的収益にとどまらない。環境的・社会的側面における多様な便益を定量的・定性的に評価することは、持続可能な土地管理政策の策定や社会的支援の獲得において重要である。
環境的便益について、Lal (2010)の包括的研究は、サツマイモを含む根菜類栽培による耕作放棄地再生の炭素隔離効果を評価している。この研究によれば、適切に管理されたサツマイモ栽培は年間平均0.5-1.2 tC/haの土壌炭素蓄積をもたらし、特に有機物投入を伴う栽培では最大2.0 tC/haの蓄積が可能であることが示されている。10年間の継続的栽培により、劣化した土壌の炭素含量が当初の1.5-2.5倍に増加し、これは年間3-7 tCO₂/haの温室効果ガス削減に相当する。
生物多様性への影響については、Thorn et al. (2016)の研究が重要な知見を提供している。この研究では、放棄後5年以上経過した耕地における伝統的サツマイモ栽培の導入前後で、昆虫相の変化が調査されている。その結果、栽培開始から2年後には、送粉昆虫の種数が平均42%増加し、特にハナバチ類とチョウ類の多様性指数(シャノン指数)が有意に向上したことが報告されている。この効果は、サツマイモの開花特性と雑草管理の緩やかさに起因すると考えられている。
水文学的便益として、Lin et al. (2017)は台湾の山岳地域における耕作放棄地再生プロジェクトの影響を分析している。この研究では、サツマイモ栽培による斜面再生が流域水文特性に与える影響が評価され、以下のような効果が確認されている:
- 表面流出量の23-31%減少
- 浸透能の45-67%向上
- 水源涵養機能の回復(基底流量の増加)
- 洪水ピーク流量の低減(中規模降雨イベントで15-25%減少)
これらの効果は、サツマイモ栽培に伴う土壌物理性の改善(特に有機物増加による団粒構造発達)と地表被覆の確保によるものと結論づけられている。
景観美学的価値についても評価が行われている。Taguchi & Iwai (2013)の日本での研究では、中山間地域における耕作放棄地の異なる再生シナリオに対する景観評価が実施されている。サツマイモなどのイモ類による景観再生は、特に以下の点で高い評価を得ている:
- 季節変化の表現(春の新緑、夏の繁茂、秋の紅葉)
- 伝統的農村景観との調和
- 人間活動の痕跡としての文化的価値
特に注目すべきは、サツマイモ栽培によって再生された景観が、地域住民と観光客の両方から高い評価を受けているという発見である。
社会的便益として、Martin & Meitner (2016)のアフリカにおける研究は、サツマイモを中心とした放棄地再生が地域社会に与える影響を多角的に分析している。彼らは特に以下の側面における効果を報告している:
- 食料安全保障の向上:特に「飢餓の季節」における緩衝効果
- 女性のエンパワーメント:収入源へのアクセスと意思決定権の強化
- 世代間知識伝達:伝統的農法の若年世代への継承
- 社会的結束の強化:共同作業を通じたコミュニティ関係の再構築
特に食料安全保障面では、プロジェクト参加世帯の「十分な食料へのアクセス期間」が平均2.8ヶ月延長され、子どもの低体重率が36%から21%へと減少したことが報告されている。
最新の研究として、Sarmiento et al. (2022)は、サツマイモ栽培による放棄地再生の総合的便益評価フレームワーク「SISER(Social-Institutional-Soil-Economic-Resilience)」を開発している。このフレームワークでは、5つの側面における19の指標を用いて再生プロジェクトを総合的に評価する。コロンビアとペルーの8地域での適用結果では、サツマイモを核とした再生プロジェクトが特に「制度的持続可能性」と「レジリエンス」の側面で高いスコアを示し、これが長期的な成功要因となっていることが示唆されている。
費用対効果の観点からは、Yi et al. (2020)の研究が重要な知見を提供している。彼らは中国雲南省での事例分析に基づき、サツマイモによる放棄地再生の総合的費用便益分析を行った。その結果、10年間にわたる分析では以下のような費用便益比が算出されている:
- 直接的経済便益のみ考慮:1.4-1.7
- 炭素隔離効果を含めた場合:1.8-2.2
- 水文学的便益を含めた場合:2.3-2.8
- すべての環境的・社会的便益を含めた場合:3.2-4.1
このことは、サツマイモによる放棄地再生が純粋な経済的観点だけでなく、社会的・環境的便益を含めた広範な視点から見ても、高い費用対効果を持つことを示している。
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