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極域濃縮現象とは?北極圏に集まるマイクロプラスチックの謎

第12部:地球規模の汚染と国際協力 – 国境を越える課題への対応

環境汚染物質が一国内にとどまらず地球規模で拡散するという現実は、国際的な視点と協力なしには対応できない新たな挑戦をもたらしている。PFASとマイクロプラスチックはその典型例であり、両者とも国境を越えた移動性と持続性を示すことから「国際的懸念物質」(chemicals of international concern)と位置づけられている。本章では、これらの物質の国境を越えた移動のメカニズム、国際的な規制の枠組み、そして多国間協力の成果と課題について検討する。

大気と海流を通じた長距離移動

PFASやマイクロプラスチックは、自然の輸送媒体を通じて発生源から遠く離れた地域にまで到達する。この「地球規模の循環」(global cycling)について理解することは、国際的な対策の基盤となる。

PFASの極域濃縮現象

PFASの地球規模の分布について特に注目されるのが「極域濃縮現象」(polar amplification)である。Muir et al. (2019)は、北極圏の大気、雪、海水、生物相におけるPFAS濃度の経時変化を分析した。驚くべきことに、産業活動がほとんどない極地においても、いくつかのPFAS化合物(特にPFOS、PFOA、PFHxS)が、温帯地域と同等またはそれ以上の濃度で検出された。さらに、北極圏の生物相(ホッキョクグマ、セイウチ、アザラシなど)ではPFASの高濃度の生物蓄積が見られ、食物連鎖の上位捕食者でPFOS濃度が最大で海水の100万倍以上に達することも報告されている。

この極域濃縮のメカニズムとして、Sha et al. (2022)は「グローバル蒸留」(global distillation)と「海洋輸送」(oceanic transport)の二つの主要経路を提案している。グローバル蒸留では、PFASの揮発性前駆体(例:フッ素テロマーアルコール)が温暖な地域で蒸発して大気中を長距離移動し、寒冷地域で凝縮・沈着する。一方、海洋輸送では、水溶性のPFAS化合物が海流によって全球的に運ばれ、特に深層海洋循環(thermohaline circulation)を通じて極地に輸送される。特に注目すべきは、これらの輸送プロセスが気候変動の影響を受けやすい点であり、北極海の氷の融解や海流パターンの変化がPFAS分布を変化させる可能性が指摘されている。

長距離移動の証拠として、Wong et al. (2023)の研究では、世界で初めて南極大陸の雪試料から複数の新規PFAS(6:2クロロペルフルオロアルキルエーテルスルホン酸など)が検出された。これらの物質は中国などアジア諸国で開発された代替PFAS化合物であり、南極という人間活動から最も遠い地域にまで到達している事実は、国境を越えた汚染の深刻さを示している。

マイクロプラスチックの全球的分布

マイクロプラスチックの長距離移動については、海洋環境における広範な分布が特に懸念されている。Lebreton et al. (2020)による「グローバルプラスチックトランスポート」モデルによれば、沿岸部から海洋に流入したプラスチックごみは、海流(特に亜熱帯循環)によって数ヶ月から数年をかけて全球的に拡散する。このプロセスでプラスチックは徐々に劣化し、マイクロプラスチックに変化していく。その結果、海流の収束域に「プラスチックパッチ」(plastic patch)と呼ばれる高濃度汚染地域が形成される。最も有名な例が北太平洋環流に形成された「グレートパシフィックガベージパッチ」(Great Pacific Garbage Patch, GPGP)であり、Lebreton et al. (2022)の最新調査によれば、その面積はフランスの3倍以上に達し、推定1.6兆個のマイクロプラスチック粒子(重量約8万トン)が浮遊していると報告されている。

マイクロプラスチックの大気輸送も近年注目されている。Allen et al. (2022)は、地球規模の大気マイクロプラスチック循環モデルを開発し、大気中のマイクロプラスチック粒子(特に繊維状のもの)が風によって数千キロメートルの距離を移動できることを示した。特に粒径が20μm以下の微小粒子は、大気境界層を超えて対流圏上部まで上昇し、ジェット気流に乗って大陸間を移動する可能性がある。このモデルに基づく推計では、地球大気中には常時約0.1〜1兆個のマイクロプラスチック粒子が浮遊しており、その一部は降雨や降雪とともに地表に沈着する「プラスチック雨」(plastic rain)または「プラスチック雪」(plastic snow)現象を引き起こしている。

こうした大気輸送の具体的証拠として、Bergmann et al. (2021)は、アルプスやピレネーの高山地域の氷河からマイクロプラスチックを検出し、その組成分析から主に衣料品由来の合成繊維(ポリエステル、アクリルなど)であることを特定した。この研究は、人間活動の中心から離れた高山地域でさえ、大気輸送によるマイクロプラスチック汚染から免れないことを示している。

国際的規制の枠組みと限界

汚染物質の国境を越えた移動に対応するため、様々な国際条約や協力の枠組みが発展してきた。しかし、これらの枠組みにはそれぞれ限界があり、PFASやマイクロプラスチックの効果的な管理にはさらなる革新が必要である。

ストックホルム条約とPFAS規制の進展

PFASの国際的規制における中心的枠組みは、「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」(Stockholm Convention on Persistent Organic Pollutants, POPs条約)である。この条約は2001年に採択され、残留性・生物蓄積性・毒性・長距離移動性を有する化学物質の生産・使用・排出の削減または廃絶を目的としている。

Wang et al. (2020)によれば、PFASの中では最初にPFOSとその関連物質が2009年の第4回締約国会議(COP-4)で条約の附属書Bに追加され、限定的な「許容用途」(acceptable purpose)と「特定的免除」(specific exemption)を除いて使用制限の対象となった。その後、PFOAとその関連物質が2019年のCOP-9で附属書Aに追加され、より厳格な規制(原則的禁止)の対象となった。さらに、2022年のCOP-10ではPFHxS(ペルフルオロヘキサンスルホン酸)とその関連物質も附属書Aに追加され、2022年12月から規制が適用されている。

しかし、Goldenman et al. (2019)は、この「物質別アプローチ」(substance-by-substance approach)の限界を指摘している。現在規制対象となっているのはPFAS全体の中のごく一部(3物質群)に過ぎず、残りの数千種のPFAS化合物は依然として未規制状態にある。さらに、規制物質が追加されるたびに、類似の特性を持つ未規制物質(「レグレッタブル・サブスティテューション」)への移行が生じるという「モグラたたき」問題が発生している。例えば、PFOSの規制後にPFOAへ、PFOAの規制後にPFHxSやGenXなどの代替物質へと移行する傾向が観察されている。

この問題に対応するため、Kwiatkowski et al. (2022)は「クラスベース規制」(class-based regulation)への移行を提唱している。このアプローチでは、個別のPFAS化合物ではなく、共通の構造的特徴(例:炭素-フッ素結合を持つ有機フッ素化合物)を持つPFAS全体を規制対象とする。2022年6月にスウェーデン、デンマーク、ドイツ、オランダ、ノルウェーの5カ国がEUのREACH規則の下でPFASのクラスベース制限提案を提出したことは、このアプローチへの移行の最初の具体的な一歩であるとされている。

プラスチック汚染に関する国際的取り組み

マイクロプラスチックを含むプラスチック汚染に対しては、長らく包括的な国際法的枠組みが存在しなかったが、近年大きな進展が見られる。Karasik et al. (2020)によれば、2019年の第4回国連環境総会(UNEA-4)で「海洋プラスチックごみ及び海洋マイクロプラスチック」に関する決議が採択され、専門家グループが将来の国際協力の選択肢を検討する任務を与えられた。その結果を受けて、2022年3月の第5回国連環境総会(UNEA-5.2)において歴史的な決議「プラスチック汚染を終わらせるための国際法的拘束力のある文書の策定」が採択された。この決議に基づき、2024年末までの合意を目指して政府間交渉委員会(INC)が設置され、交渉が進行中である。

Simon et al. (2023)によれば、このプラスチック条約には3つの主要アプローチが提案されている:

  1. 「上流アプローチ」(upstream approach):プラスチック生産量の制限、有害添加物の禁止、製品設計基準の制定など、源流対策を重視するアプローチ。EU、アフリカ諸国などが支持。
  2. 「下流アプローチ」(downstream approach):廃棄物管理の改善、リサイクル促進、回収システム強化など、廃棄段階の対策を重視するアプローチ。米国、日本、サウジアラビアなどが支持。
  3. 「包括的アプローチ」(comprehensive approach):上流対策と下流対策を統合し、ライフサイクル全体をカバーするアプローチ。ノルウェー、ルワンダなどが提案。

特に注目すべき提案として、ルワンダとペルーが共同提案した「プラスチック生産のグローバルキャップ」(global cap on plastic production)がある。これは世界全体のプラスチック生産量に上限を設定し、「カーボンバジェット」のようなグローバルな割当制度を確立することを目指している。しかし、この提案には主要プラスチック生産国からの強い反対があり、最終的な条約にどのような形で取り入れられるかは不透明である。

既存の枠組みとしては、1972年の「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(ロンドン条約)や1973/78年の「船舶による汚染の防止のための国際条約」(MARPOL条約)などが船舶からのプラスチック投棄を禁止しているが、陸上発生源(全海洋プラスチックの約80%を占める)への対応が不十分という限界がある。

地域協力と越境管理メカニズム

地球規模の枠組みだけでなく、地域レベルの協力も重要な役割を果たしている。特に共有水域を持つ国々の間では、より具体的で効果的な協力が可能となる。

地域海行動計画の役割

国連環境計画(UNEP)の地域海プログラム(Regional Seas Programme)は、共有海域を持つ国々の協力枠組みとして重要な役割を果たしている。Tekman et al. (2022)によれば、現在世界には18の地域海行動計画があり、その多くがマイクロプラスチック問題に取り組んでいる。

特に先進的な取り組みとして、Sobey et al. (2021)は「東アジア海域環境管理パートナーシップ」(PEMSEA: Partnerships in Environmental Management for the Seas of East Asia)の活動を評価している。PEMSEAは中国、日本、韓国、フィリピン、インドネシアなど14カ国が参加する協力枠組みであり、2021年に「東アジア海域マイクロプラスチック監視・管理地域行動計画」を採択した。この行動計画の特徴は、単なるモニタリングにとどまらず、①共通の測定方法の開発、②ホットスポットの特定、③発生源対策の実施、④能力開発と技術移転の促進など、具体的な協力活動を含む包括的なアプローチを採用している点である。特に各国の科学者による「共同モニタリングプログラム」(collaborative monitoring program)は、国際比較可能なデータの生成に貢献している。

欧州では、Kärrman et al. (2022)が報告するように、「海洋戦略枠組み指令」(Marine Strategy Framework Directive, MSFD)の下で、マイクロプラスチックのモニタリング義務化と評価基準の標準化が進められている。特に注目すべきは、バルト海や北海などの地域海条約(HELCOM、OSPARなど)が、より厳格な地域基準を設定し、具体的な削減目標を設定していることである。例えば、HELCOMの「バルト海行動計画」(Baltic Sea Action Plan)では、2030年までにマイクロプラスチック流入量を2015年比で30%削減するという具体的な数値目標が設定されている。

また、Wang et al. (2021)は、北極評議会(Arctic Council)の「北極モニタリング評価プログラム」(AMAP: Arctic Monitoring and Assessment Programme)によるPFAS監視活動の重要性を指摘している。北極圏は長距離輸送されたPFASの「最終目的地」となることが多く、AIMAPによる継続的モニタリングは地球規模のPFAS分布変化を評価する上で重要な役割を果たしている。さらに、北極評議会のPFAS行動計画には、①北極圏先住民コミュニティにおける曝露評価、②北極生態系への影響調査、③PFAS代替品の北極環境中での挙動予測など、独自の視点が含まれており、世界的なPFAS対策に貴重な知見を提供している。

越境河川流域の協力メカニズム

陸水環境における越境汚染管理も重要な課題である。Fu et al. (2023)の研究では、メコン川流域(中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの6カ国が共有)におけるマイクロプラスチック汚染の実態が調査された。その結果、下流国(特にベトナム)では、自国内の排出源だけでなく上流国からのマイクロプラスチック流入も相当量あることが明らかになった。この問題に対応するため、「メコン川委員会」(Mekong River Commission)は2022年に「マイクロプラスチックモニタリングガイドライン」を採択し、流域全体での統一的な監視体制の構築を進めている。

ライン川流域(スイス、リヒテンシュタイン、オーストリア、ドイツ、フランス、ルクセンブルク、オランダの7カ国が共有)では、Möller et al. (2022)が報告するように、「国際ライン保護委員会」(ICPR: International Commission for the Protection of the Rhine)がPFAS問題に積極的に取り組んでいる。特に注目すべきは、流域全体にわたる「PFAS排出インベントリ」(PFAS emission inventory)の作成と、それに基づく「ホットスポット」の特定である。このアプローチにより、PFAS汚染の主要発生源(空港、消防訓練施設、電子機器製造工場など)が特定され、対策の優先順位付けが可能になっている。さらに、2022年にはICPRが「ライン川流域PFAS行動計画」を採択し、2030年までに流域全体でのPFAS排出量を2022年比で50%削減するという具体的な目標が設定された。

これらの成功事例に共通する要素として、Walker et al. (2023)は以下の点を指摘している:

  1. 科学と政策の強い連携(science-policy interface)
  2. 共通のモニタリング方法とデータ共有システム
  3. 上下流国間の公平な責任分担メカニズム
  4. 具体的な削減目標と実施スケジュール
  5. 能力開発と技術移転の体制

国際協力の現状と未来

PFASやマイクロプラスチックの国際的管理において、現状の成果を評価し、今後の展望を考えることは重要である。特に、既存の協力体制の強化と新たなアプローチの模索が求められている。

データシェアリングと科学的協力

国際的な環境モニタリングと情報共有は、効果的な政策立案の基盤である。Lim et al. (2021)は、グローバルモニタリングプログラムの現状と課題を分析している。近年の重要な進展として、UNEPが主導する「グローバルマイクロプラスチックモニタリングインデックス」(GMPI: Global Microplastic Monitoring Index)の開発がある。これは世界各地のマイクロプラスチックモニタリングデータを標準化・統合し、グローバルデータベースを構築するプロジェクトである。2023年時点で84カ国がGMPIに参加し、5万件以上のデータポイントが集積されているが、データの地理的偏り(欧米に集中)や方法論的不統一などの課題が残されている。

より包括的なデータシェアリングの取り組みとして、Wang et al. (2022)は「グローバルPFASサイエンス」イニシアチブを紹介している。これは国際化学物質管理戦略アプローチ(SAICM)の下で設立されたプラットフォームであり、①PFASモニタリングデータの国際的な標準化と共有、②リスク評価手法の調和、③代替評価フレームワークの開発の3つの柱で活動している。特に注目すべきは、このイニシアチブが先進国と途上国の科学者の協働を促進し、地域間の知識ギャップの解消に貢献している点である。例えば、分析技術の少ない途上国向けに、低コストでフィールド適用可能なPFAS簡易検出キットの開発と配布が行われている。

科学的協力の新たな形として、Rochman et al. (2023)は「市民科学」(citizen science)の国際的展開を評価している。例として、「インターナショナル・ペレット・ウォッチ」(International Pellet Watch)は、市民がボランティアで世界各地の海岸からプラスチックペレット(マイクロプラスチックの一種)を収集し、東京農工大学の研究室で分析する国際協力プロジェクトである。2005年の開始以来、101カ国425カ所からサンプルが収集され、特に公的モニタリングが限られているアフリカやアジアの発展途上国のデータ収集に貢献している。同様の取り組みとして、「グローバル・マイクロプラスチック・イニシアチブ」(Global Microplastic Initiative)や「アドバンテージ・オーシャン・プラスチック」(Adventure Ocean Plastic)などが挙げられ、これらの市民科学プロジェクトは公的モニタリングを補完する役割を果たしている。

技術移転と能力開発

効果的な国際協力には、技術や知識の不均衡に対応するための技術移転と能力開発が不可欠である。González-Pleiter et al. (2021)は、マイクロプラスチック問題における「南北格差」(North-South divide)と能力開発の重要性を分析している。

特に注目すべきイニシアチブとして、「CounterMEASURE」プロジェクトがある。UNEPが主導するこのプロジェクトは、東南アジア(特にメコン川流域諸国)における陸域由来の海洋プラスチック汚染対策を支援するもので、Vince & Hardesty (2023)によれば、技術移転と能力開発の成功例として評価されている。具体的には、①リモートセンシングや市民科学を活用した低コストモニタリング手法の移転、②ホットスポット特定のためのデータ解析トレーニング、③国家行動計画策定支援などが実施されている。このプロジェクトの特徴は、技術や機器の単純な提供ではなく、地域のニーズと状況に適応した手法の共同開発を重視している点である。

PFAS対策における技術移転については、Cousins et al. (2023)が先進事例を分析している。特に注目される取り組みとして、「グローバルPFASネットワーク」(Global PFAS Network)があり、このプラットフォームを通じて先進国と途上国の間で、①分析技術(標準物質の提供、分析プロトコルの共有など)、②モニタリング戦略(サンプリング設計、優先物質の選定など)、③代替評価手法(安全性評価フレームワーク、代替シナリオ分析など)の共有が行われている。特に「地域センター・オブ・エクセレンス」(regional centers of excellence)アプローチが効果的とされ、アフリカではエジプト、アジアではタイ、ラテンアメリカではブラジルの研究機関が地域ハブとして機能し、近隣諸国への技術普及を担っている。

しかし、Andersen et al. (2021)は、知的財産権保護と技術移転の間の緊張関係を指摘している。特に代替技術や浄化技術の多くが民間企業によって特許化されており、途上国がアクセスするためには高額なライセンス料が障壁となる場合がある。この問題に対応するため、「環境技術ファシリティ」(Environmental Technology Facility)などの多国間基金が設立され、途上国の技術アクセスを支援している。さらに、「共同技術開発」(co-development of technology)や「オープンイノベーション」アプローチも注目されており、例えば「オープンソースPFASレメディエーションイニシアチブ」では、PFASの浄化技術が特許なしで公開・共有されている。

財政メカニズムと持続可能な資金調達

汚染対策のための資金調達は、国際協力の重要な側面である。Clapp et al. (2022)は、プラスチック汚染対策の財政メカニズムを分析している。

既存の主要な資金源として、「地球環境ファシリティ」(Global Environment Facility, GEF)がある。GEFは国際海洋ごみ対策の重要な資金提供者であり、2014年から2022年までに「海洋プラスチック対策プログラム」を通じて約1億ドルを拠出した。しかし、世界銀行の試算によれば、低中所得国のプラスチック汚染対策に必要な投資額は今後10年間で約2300億ドルとされており、現在の資金規模とのギャップは大きい。

この資金ギャップに対応するための革新的アプローチとして、Raubenheimer & Urho (2023)は「拡大生産者責任の国際化」(internationalization of EPR)を提案している。これは、プラスチック製品の製造企業に対し、国際的なプラスチック汚染対策基金への拠出を義務付けるものである。この考え方は、「プラスチック条約」の交渉でもノルウェーなどが提案しており、「汚染者負担原則」の国際的適用として注目されている。

PFAS対策の資金調達については、Goldenman et al. (2022)が「PFAS信託基金」(PFAS Trust Fund)の設立を提案している。これは、PFAS製造企業からの拠出金をもとに、①汚染地域の浄化、②健康影響研究の促進、③代替技術開発の支援などを行う基金であり、米国の「スーパーファンド」をモデルとしている。この提案の特徴は、過去の生産量に基づく「遡及的責任」(retrospective responsibility)の概念を導入していることであり、1940年代以降のPFAS生産・販売に関わった企業に、その生産量に応じた拠出を求めるものである。

また、Wang et al. (2023)は「混合融資」(blended finance)の可能性を検討している。これは、公的資金(ODAなど)を触媒的に活用して民間投資を動員するアプローチであり、特に途上国における浄化プロジェクトや代替技術の導入に有効とされる。成功例として、アジア開発銀行(ADB)とESG投資ファンドが共同で設立した「海洋プラスチック基金」があり、5億ドルの資金を動員してアジア太平洋地域のプラスチック廃棄物管理インフラ整備を支援している。

今後の課題と展望

PFASとマイクロプラスチックの国際的管理は進展しているが、さらなる協力強化と革新が必要な領域も多い。特に国際レジームの断片化の解消と統合的アプローチの発展が重要である。

国際レジームの断片化と調整

現状の国際環境ガバナンスは、多くの条約や機関が並存する「断片化」(fragmentation)状態にあり、これが対策の効率性と一貫性を低下させている。Trevisan et al. (2022)は、有害化学物質とプラスチック汚染の国際レジーム間の関係を分析し、少なくとも22の国際条約・協定・プログラムが部分的にこれらの問題に関与していることを指摘している。この断片化状態は、①目標の不整合、②管轄権の重複と空白、③報告要件の重複による負担増、④資源の非効率な配分などの問題を引き起こしている。

この問題に対処するため、Yang et al. (2023)は「クラスター戦略」(clustering strategy)を提案している。これは、関連する条約・機関の間で事務局の共同設置、専門家委員会の統合、共同実施メカニズムの設立などを通じて、実質的な連携を強化するアプローチである。具体例として、バーゼル条約(有害廃棄物の越境移動規制)、ロッテルダム条約(有害化学物質の国際取引規制)、ストックホルム条約(残留性有機汚染物質規制)の「化学物質・廃棄物クラスター」があり、共同事務局の設置や「シナジープログラム」などの協調メカニズムを通じて統合的な実施を進めている。今後のプラスチック条約も、この既存クラスターとの強い連携が期待されている。

より根本的なアプローチとして、Honkonen & Khan (2022)は「グローバル化学物質廃棄物フレームワーク条約」(Global Chemicals and Waste Framework Convention)の創設を提案している。これは、気候変動枠組条約のように、化学物質・廃棄物管理の基本原則と共通目標を定める包括的枠組みを創設し、既存・将来の条約をその下に位置づけるというビジョンである。このアプローチは、既存レジームを尊重しつつ、より強い一貫性と協調を実現することを目指している。

革新的ガバナンスモデルの模索

従来の国家間協定に基づくアプローチだけでなく、より柔軟で包括的なガバナンスモデルも模索されている。

van Leeuwen et al. (2023)は「ポリセントリック・ガバナンス」(polycentric governance)の可能性を検討している。これは、中央集権的な単一の権威ではなく、複数の意思決定中心(政府、民間セクター、市民社会など)が並存・協働するモデルである。この考え方の利点は、①実験と学習の促進、②多様なアクターの参加、③地域ごとの状況に適応した解決策の実装などであり、特に不確実性の高い複雑な環境問題に有効とされる。実践例として、「プラスチック汚染解決のためのグローバル取り組み」(GPAP: Global Plastic Action Partnership)が挙げられる。これは世界経済フォーラムが主導する官民パートナーシップであり、政府、企業、NGO、研究機関などが協働して国や地域レベルの行動計画を実施している。

また、Liboiron et al. (2021)は「責任あるイノベーション」(responsible innovation)の枠組みを提案している。これは、新たな物質や製品の開発段階から環境・健康への影響を考慮し、潜在的な問題を予防するアプローチである。具体的には、①代替評価(alternatives assessment)の義務化、②予防原則の適用、③ライフサイクル全体の責任の明確化、④透明性と説明責任の確保などの原則が含まれる。この考え方は、「安全設計」(safe-by-design)アプローチや「グリーンケミストリー」の発展形とも言えるもので、問題が発生してから対処する「事後対応」から、問題の発生自体を防ぐ「予防的アプローチ」への転換を目指している。

社会的側面に焦点を当てたアプローチとして、Bennett et al. (2022)は「環境正義」(environmental justice)の視点からの国際協力を提案している。これは、汚染の負担と対策の利益が公平に分配されることを重視するアプローチであり、特に脆弱なコミュニティ(先住民、貧困層、島嶼国など)の参加と保護を強調している。実践例として、「プラスチック条約」交渉における小島嶼開発途上国(SIDS)の積極的役割が挙げられる。SIDSは海洋プラスチック汚染の最も深刻な影響を受ける地域の一つであり、「SIDS DOCK」というプラットフォームを通じて共同提案や交渉参加を行っている。この動きは、従来の「北が決め、南が従う」という国際環境政治の構図を変える可能性を持っている。

結論:共有責任と連帯の重要性

PFASとマイクロプラスチックの国境を越えた移動と全球的分布は、古典的な「国家主権」の限界を示すとともに、環境問題における「共有責任」(shared responsibility)と「国際連帯」(international solidarity)の重要性を浮き彫りにしている。

これらの物質は、国境や政治体制、経済発展段階の違いを超えて地球全体に影響を及ぼしている。このような「真にグローバルな問題」には、同様に「真にグローバルな解決策」が求められる。それは単に国際条約や技術的な対策にとどまらず、「相互依存性の認識」(recognition of interdependence)に基づく新たな協力の精神を必要としている。

近年の国際環境ガバナンスの進展とデータシェアリング・技術移転・能力開発などの実践的協力は、この方向への前進を示している。しかし、国際レジームの断片化や資金不足、地域間の能力格差など、多くの課題も残されている。これらの課題を乗り越え、より効果的で公平な国際協力を実現するためには、革新的なガバナンスモデルや財政メカニズムの発展、そして何よりも「共通だが差異ある責任」(common but differentiated responsibilities)の原則に基づく国際的連帯の強化が不可欠である。

PFASとマイクロプラスチックという「国境を越える課題」への対応は、単なる環境問題の解決を超え、国際社会の協調能力と共通の未来への責任感を試すテストケースと言えるだろう。これらの物質の管理に成功するか否かは、気候変動や生物多様性の喪失など、他の地球規模の環境危機にも対応できるかを占う重要な指標となるのである。

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