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拒絶敏感性不快感(RSD)とADHD|扁桃体過活性化の真実

第1部:ADHDの隠された真実 – 表層を超えた多面的理解

序論:見えない症状の向こう側

ADHDという診断名が持つ「注意欠陥」という表現は、この神経発達的変異の本質をどれだけ正確に捉えているのだろうか。従来の三大症状(不注意・多動性・衝動性)という枠組みでは見落とされがちな現象が、当事者の日常体験の中核を占めている現実がある。2024年から2025年にかけての最新神経科学研究は、ADHDを単なる「欠陥」として捉える視点の限界を明確に示している。

本記事では、時間認知の歪み、過集中現象、拒絶敏感性不快感、そして創造性との関連という4つの隠された側面を通じて、ADHDの多面的真実に迫る。これらの特性は病理的症状というよりも、異なる神経処理様式が生み出す独特な認知スタイルとして理解されるべきかもしれない。

1-1:時間認知の歪みと神経基盤

主観時間と客観時間の乖離現象

「あと5分で終わります」と言いながら30分経過してしまう現象、逆に集中していると数時間があっという間に過ぎる体験―これらはADHD当事者の多くが共有する時間感覚の特徴である。しかし、この現象を単なる「時間管理の問題」として片付けることはできない。

時間認知(temporal perception)とは、外界の時間的変化を知覚し、内的に時間間隔を測定・推定する認知機能を指す。この機能は複数の脳領域による精巧な協調作業によって支えられている。最新のfMRI研究とPET研究の統合的解析により、ADHD者の時間認知障害には特定の神経回路の機能的差異が関与していることが明らかになった。

前頭前野の時間処理回路における機能的差異

前頭前野(prefrontal cortex, PFC)は時間認知において中核的役割を果たす脳領域である。特に、腹内側前頭前野(ventromedial prefrontal cortex, vmPFC)と背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex, dlPFC)は、時間間隔の推定と弁別に不可欠とされる。

2024年のScientific Reports誌に掲載された研究では、26名のADHD児童を対象とした経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation, tDCS)実験が実施された。研究チームは、左dlPFCの陽極刺激と右vmPFCの陰極刺激を組み合わせた条件下で、時間弁別課題と時間推定・再生課題の成績向上を確認した。興味深いことに、すべての実刺激条件でシャム刺激と比較して時間弁別能力の改善が観察されたが、実刺激条件間での差異は認められなかった。

この知見が示唆するのは、ADHD者における時間認知の困難が、前頭前野の興奮性バランスの調整によって改善可能であることだ。換言すれば、時間認知の「歪み」は固定的な欠陥ではなく、神経可塑性を通じて修正可能な機能的差異として捉えることができる。

基底核における時間間隔測定機能の神経メカニズム

基底核(basal ganglia)、特に線条体(striatum)は「内的時計」として機能し、ミリ秒から秒単位の時間間隔測定を担っている。この領域はドーパミン神経系の主要な標的部位でもあり、ADHD の神経基盤において重要な位置を占める。

Striatal Beat-Frequency(SBF)理論によれば、線条体内の神経振動が「ペースメーカー」として機能し、注意や覚醒レベルが時間知覚に影響を与える「スイッチ機構」を通じて時間間隔の計測が行われる。ADHD者では、異常に低い持続的細胞外ドーパミン濃度が自己受容体の上方調整を引き起こし、刺激誘発性の相性ドーパミン反応が増強される結果、時間間隔がより長く感じられる傾向が生じる。

2018年のScientific Reports誌に発表された電気生理学的研究では、注意欠陥型(ADD)と混合型(ADHD-C)のサブタイプ間で、時間間隔処理に関する神経生理学的メカニズムに明確な差異があることが示された。ADD患者では早期の随伴陰性変動(contingent negative variation, CNV)が中断される一方、ADHD-C患者では反応準備過程がやや弱いものの一貫した反応を示した。

内側側頭葉の時系列記憶システムとの相互作用

内側側頭葉(medial temporal lobe)に位置する海馬(hippocampus)は、エピソード記憶の形成と時系列情報の処理において中心的役割を果たす。時間認知は単純な時計機能だけでなく、過去の経験と未来の予測を結びつける複雑な認知過程でもある。

ADHD者における時間認知の特異性は、海馬と前頭前野を結ぶ記憶回路の機能的結合性の変化にも関連している可能性が高い。 記憶の文脈的統合が十分に機能しない場合、現在の時間体験が過去や未来の時間枠組みから切り離され、主観的時間の流れが断片化されることが考えられる。

この視点から見ると、「時間に遅れる」という行動は、時間管理スキルの欠如というよりも、異なる時間体験様式―「点的時間」と「流れる時間」の統合困難として理解できる。時計で測られる客観的時間と、体験される主観的時間との乖離は、ADHD脳が示す独特な時間世界の存在を示唆している。

1-2:過集中現象の神経メカニズム

ハイパーフォーカスという認知的特殊能力

ADHD研究における最も興味深いパラドックスの一つが、注意集中の困難を主症状とする障害において観察される「過集中(hyperfocus)」現象である。この状態では、興味のある対象に対して異常なまでの注意集中が持続し、周囲の刺激への完全な無反応、食事や睡眠の忘却に至る深い没入が生じる。

過集中は単なる「集中しすぎ」ではない。これは脳の注意ネットワークが示す、定型発達者には見られない特殊な動作モードと考えるべきである。 2024年から2025年の研究では、この現象が創造的活動や問題解決において顕著な適応的価値を持つことが確認されている。

ドーパミン報酬系の過活性化メカニズム

過集中現象の神経科学的基盤を理解するためには、ドーパミン神経系の複雑な動態を詳細に検討する必要がある。ドーパミンは神経伝達物質の一種で、動機、学習、運動制御、報酬処理において中核的役割を果たす化学的メッセンジャーである。

ADHD者の脳では、ドーパミントランスポーター(DAT)の密度が通常より高く、シナプス間隙(神経細胞間の微小な隙間)からのドーパミン再取り込みが促進される結果、利用可能なドーパミン濃度が低下している。この慢性的な「ドーパミン飢餓状態」が、報酬価値の高い活動に遭遇した際の爆発的なドーパミン放出を引き起こす。

2022年のFrontiers in Computational Neuroscience誌に掲載された機械論的モデル研究では、ADHD症状が相性・持続性ドーパミンバランスの破綻によって説明できることが示された。 持続的ドーパミン活動の低下と相性反応の増強というアンバランスが、環境刺激に対する過敏性を生み出し、適度な脳覚醒を誘発する刺激に対しては良好なパフォーマンスを、過剰または不十分な刺激に対しては認知機能の低下をもたらすとされる。

ノルアドレナリン覚醒系との相互作用

ノルアドレナリン(noradrenaline)は覚醒、注意、ストレス反応を調節する神経伝達物質である。ADHD治療薬の一つであるアトモキセチン(商品名ストラテラ)がノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)として作用することからも分かるように、このシステムはADHDの症状発現において重要な役割を果たしている。

過集中状態では、興味深い対象に対するドーパミン報酬系の活性化と並行して、ノルアドレナリン系による覚醒水準の維持が生じる。この二重のニューロモジュレーション(神経修飾)により、通常では維持困難な高強度の注意集中が数時間にわたって持続可能となる。

注目すべきは、この状態が「努力による集中」ではなく、「自動的に生じる没入」として体験されることである。 これは前頭前野によるトップダウン制御(意識的な注意統制)よりも、皮質下構造による自動的な注意捕捉メカニズムが優位になっていることを示唆している。

創造的活動における適応的価値の検証

過集中現象が単なる機能不全ではなく、特定の文脈では高い適応的価値を持つことが、近年の創造性研究で明らかになっている。2024年のScientific American誌に掲載された研究では、ADHD大学生が非ADHD学生と比較して、発散的思考課題(複数の創造的解決策を生成する課題)、概念拡張課題、既存知識の制約を克服する課題において優れた成績を示した。

特に注目されるのは、ADHD学生が「エイリアンの果物」を創造する課題において、触手、舌、ストロー、ハンマーなどの非典型的特徴を含む、より独創的で地球の果物らしさの少ない作品を創造したことである。 これらの学生は果物カテゴリーの従来の境界を破り、毒性を持たせたり、非生物的道具の性質を付加したりする概念拡張を示した。

このような創造的優位性は、過集中状態における注意ネットワークの特殊な配置と関連している可能性が高い。通常の集中状態では前頭前野によるトップダウン制御が働き、「適切」で「現実的」なアイデアに収束する傾向がある。しかし、過集中状態では、この制御機構が弱まることで、より広範囲で非従来的な連想ネットワークへのアクセスが可能になると考えられる。

日常生活における機能的課題との両立

過集中の適応的価値を認識する一方で、日常生活における機能的問題も深刻である。食事を忘れる、約束を破る、睡眠時間を削るといった行動は、社会生活や健康維持の観点から看過できない。

しかし、これらの問題を「自制心の欠如」として道徳的に判断するのではなく、異なる注意配分システムが生み出す必然的結果として理解することが重要である。 ADHD脳における注意は、均等に分散される「スポットライト型」ではなく、強烈に焦点化される「レーザー型」の特性を持つ。この特性は創造的活動では大きな強みとなるが、マルチタスクが要求される現代社会では困難を生み出す。

過集中現象の理解は、ADHD当事者に対する支援のあり方に重要な示唆を与える。症状の「抑制」ではなく、創造的価値を保持しながら日常機能を改善する「調整」アプローチの必要性が浮かび上がってくる。

1-3:拒絶敏感性不快感の深層心理

社会的痛みとしての拒絶体験

拒絶敏感性不快感(Rejection Sensitive Dysphoria, RSD)は、他者からの批判や拒絶に対する極度に強烈で苦痛な情緒反応を特徴とする症状群である。「Dysphoria」という語は古代ギリシア語で「耐え難い痛み」を意味し、その名称が示すように、RSDは通常の失望や悲しみを遥かに超える圧倒的な苦痛体験である。

重要なのは、RSDが実際の拒絶だけでなく、「拒絶されるかもしれない」という予期や、曖昧な社会的合図の誤解釈によっても引き起こされることである。 これは単なる過敏性ではなく、社会的環境に対する根本的に異なる知覚・処理様式を反映している。

2023年から2024年にかけて発表された初期研究によれば、成人ADHD者の最大99%がRSD症状を経験しており、約3分の1がこれを「ADHDの最も困難な側面」と報告している。しかし、RSDは現在DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)には含まれておらず、正式な診断基準も存在しない。

扁桃体の過活性化と社会的脅威検出

扁桃体(amygdala)は脳の大脳辺縁系に位置する杏仁状の構造で、恐怖、不安、警戒反応の中心的処理装置として機能する。社会的拒絶は物理的痛みと同様の神経回路を活性化することが知られており、扁桃体はこの「社会的痛み」の検出において中核的役割を果たす。

ADHD者においては、扁桃体の過活性化により、社会的相互作用における微細な手がかりが過度に脅威的なものとして解釈される傾向がある。 例えば、相手の微妙な表情の変化、返事の遅延、声のトーンの変化などが、拒絶や批判の前兆として過大評価される。

この神経基盤の理解により、RSDは「甘え」や「メンタルの弱さ」といった心理主義的説明ではなく、脳の社会的情報処理システムの機能的差異として捉えることができる。扁桃体の過活性化は遺伝的要因と環境要因の複合的結果であり、当事者の意志や性格とは独立した神経生物学的現象である。

前帯状皮質の社会的痛み処理機構

前帯状皮質(anterior cingulate cortex, ACC)は、物理的痛みと社会的痛みの共通処理経路として機能する脳領域である。社会的排除や拒絶を体験した際、ACCの活性化パターンは物理的な怪我を受けた時と類似の反応を示すことが、多数のfMRI研究で確認されている。

ADHD者のACCでは、社会的痛み処理において過敏な反応が生じやすく、これがRSDの激しい情緒反応の神経基盤となっている。興味深いことに、この社会的痛みシステムの感度の高さは、同時に他者の感情や社会的状況に対する鋭敏な察知能力とも関連している可能性がある。

多くのADHD当事者が報告する「相手の機嫌の変化を敏感に察知してしまう」「場の空気を読みすぎて疲れる」といった体験は、前帯状皮質による社会的情報処理の過活性化の表れとして理解できる。これは単なる神経過敏性ではなく、一種の「社会的レーダー」として機能している可能性がある。

前頭前野の感情調整機能不全

前頭前野は「脳の最高司令部」として、感情の調節、衝動の制御、合理的判断といった高次認知機能を担っている。健康な感情調整では、扁桃体で生成された初期的感情反応を前頭前野が評価・修正し、状況に適した反応に調整する。

しかし、ADHD者では前頭前野の機能低下により、この感情調整メカニズムが十分に働かない場合がある。 その結果、扁桃体で生成された強烈な拒絶不安や怒りが、前頭前野による理性的評価を経ることなく、そのまま行動や感情表出に反映されてしまう。

2024年のケースシリーズ研究では、RSD症状を持つADHD患者の治療経験が詳細に報告されている。α2受容体作動薬(グアンファシンやクロニジン)による治療では、約3分の1の患者で顕著な改善が見られ、時として刺激薬治療を上回る効果が認められた。これらの薬物は前頭前野の神経伝達を改善し、感情調整機能の正常化に寄与すると考えられている。

対人関係・職業選択への長期的影響

RSDの影響は一時的な感情の乱れにとどまらず、人生の重要な選択や関係形成に深刻な影響を与える。拒絶への恐怖が対人関係の回避、挑戦の回避、自己表現の抑制につながり、結果的に社会的孤立や機会の逸失を招く悪循環が形成される。

職業選択においても、RSDは重要な制約要因となる。 他者からの評価や批判を受けやすい職業(営業、教育、管理職など)を避け、一人で完結できる業務や創造的分野を選択する傾向が見られる。これは合理的な適応戦略でもあるが、同時に能力や興味とは無関係な制約による機会の制限でもある。

一方で、RSDの高い感受性が創造的表現やアート分野での豊かな表現力につながるケースも多い。他者の痛みや社会的微細な動きへの鋭敏な感覚は、文学、音楽、視覚芸術において独特な深みと共感性を生み出す源泉となり得る。

適応的対処法の神経科学的根拠

RSDへの対処は、従来の認知行動療法的アプローチだけでは限界がある。なぜなら、RSDの感情反応は意識的認知過程を経由せず、皮質下構造で自動的に生成されるからである。効果的な介入には、神経生物学的レベルでの調整と、認知的レベルでの理解・対処法の両方が必要である。

薬物療法では、前述のα2受容体作動薬に加え、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)が実験的に使用され、劇的な効果を示すケースが報告されている。これらの薬物は、扁桃体の過活性化を抑制し、前頭前野の感情調整機能を改善することで、RSD症状の根本的な改善をもたらす。

非薬物的介入では、マインドフルネス瞑想、感情調整スキル訓練、そして最も重要なこととして、RSDの神経生物学的性質に関する心理教育が効果的である。当事者がRSDを「性格の欠陥」ではなく「脳の特性」として理解することで、自己批判から解放され、より建設的な対処が可能になる。

1-4:創造性と認知的柔軟性の関連

発散的思考における神経ネットワークの特異性

創造性研究において最も重要な概念の一つが発散的思考(divergent thinking)である。これは一つの問題に対して多数の異なる解決策を生成する能力を指し、従来の収束的思考(正解が一つに決まる思考)と対比される。ADHD者が示す創造的優位性は、主にこの発散的思考領域において顕著に現れる。

2024年のCommunications Biology誌に掲載された大規模fMRI研究では、発散的思考を予測する神経パターンが詳細に解析された。 この研究では、多変量パターン解析(MVPA)という先進的手法を用いて、創造的思考時の脳活動パターンを機械学習により識別・予測することに成功している。

興味深いのは、発散的思考の神経パターンが、デフォルトモードネットワーク(DMN)と前頭頭頂制御ネットワーク(frontoparietal control network)において正の重みを示す一方、視覚ネットワークでは負の重みを示したことである。これは創造的思考が、内的な想像・連想活動(DMN)と高次認知制御(前頭頭頂制御ネットワーク)の協調により生じ、外的感覚入力(視覚ネットワーク)からは相対的に独立していることを示唆している。

ADHD脳における連想ネットワークの柔軟性

創造性の根源的メカニズムは、記憶内に蓄積された情報(連想、刺激、概念)の活性化と、それらの新規的組み合わせによる創造的アイデアの生成にある。1962年のMednickによる創造性の連想理論以来、創造的な人物は「より柔軟な連想ネットワーク」を持つことが知られている。

ADHD者の連想ネットワークは、定型発達者と比較して著しく柔軟である。 これは脳の情報処理において、通常であれば抑制される「遠い連想」や「関連性の低い連想」が活性化されやすいことを意味する。ADHD症状として現れる衝動性や注意散漫は、まさにこの連想ネットワークの過度な柔軟性の表れでもある。

2020年のNeuropsychologia誌に掲載された総合的レビュー研究では、31の行動研究を分析した結果、皮質下レベル(臨床診断基準に満たない高ADHD特性者)では発散的思考の向上が一貫して認められる一方、臨床レベル(正式診断を受けた患者)では結果が混在することが示された。これは、ADHD特性がある程度まで創造性を促進するが、症状が重篤になると実行機能の障害により創造的産出が妨げられる可能性を示唆している。

右脳活性化パターンと概念間結合

創造的思考における右脳半球の重要性は古くから指摘されているが、最新の神経科学研究はより精密なメカニズムを明らかにしている。右前頭前野は特に、既存の概念カテゴリーの境界を緩和し、新規的な概念間結合を促進する役割を担っている。

ADHDにおける創造的優位性の一つの説明は、右脳の過活性化と、左脳による論理的制約の相対的減弱にある。 これにより、通常であれば「非論理的」「非現実的」として排除される発想が保持され、創造的産出に寄与する。前述の「エイリアンの果物」実験で、ADHD学生がハンマーや触手といった非生物的特徴を付加したのも、この概念間結合の柔軟性の表れである。

右脳活性化パターンは、ADHDの他の症状とも密接に関連している。空間的注意、直感的判断、全体的把握といった右脳機能の優位性は、細部への注意集中や系列的処理(左脳機能)の相対的困難さと表裏一体の関係にある。

前頭前野トップダウン制御の減弱効果

創造性における重要な発見の一つは、前頭前野による過度な認知制御が創造的思考を阻害するということである。これは「認知的脱抑制理論」として知られ、適度な認知制御の緩和が創造性を促進することを示している。

ADHD者では、前頭前野によるトップダウン制御が定型発達者と比較して弱く、これが「認知的脱抑制」状態を自然に生み出している。 2024年のBehavioural Brain Research誌に掲載された研究では、9-13歳の健常児童を対象とした電気生理学的測定により、創造性の高い児童ほど認知制御の神経指標(N200、P300成分)が小さいことが示された。

これは一見、実行機能障害の負の側面のように思えるが、創造的文脈では大きな利点となる。通常の問題解決では、「適切性」「現実性」「社会的受容性」といった制約が働き、アイデアの範囲が狭められる。しかし、この制約が弱まることで、より広範囲で革新的な発想が可能になる。

大脳半球間情報交換の活発化

創造的思考は、左右の大脳半球間の情報交換(半球間結合)によって促進されることが知られている。左脳の論理的・言語的処理と、右脳の直感的・空間的処理の統合により、言語化困難な洞察が明確なアイデアとして結実する。

ADHD者では、脳梁(corpus callosum)を通じた半球間結合がより活発である可能性が、複数の神経画像研究で示唆されている。 これにより、左右の脳半球で並行して処理される情報の統合がより頻繁に生じ、新規的な発想の源泉となる。

この活発な半球間交流は、ADHD者が示す「思考の飛躍」や「直感的洞察」の神経基盤として理解できる。論理的な段階を経ずに結論に到達する能力、一見無関係な事象間の関連性を発見する能力は、創造的問題解決において極めて価値の高い認知特性である。

創造的産出における実行機能との相互作用

創造性と実行機能の関係は複雑である。創造的発想の段階では認知制御の緩和が有利に働くが、アイデアの精緻化や実現段階では、むしろ強固な実行機能が必要となる。この「創造の二段階モデル」において、ADHD者は第一段階(発想)では優位性を示すが、第二段階(実現)では困難を経験しやすい。

2022年のJournal of Attention Disorders誌に掲載された研究では、成人ADHD者において注意欠陥型と混合型のサブタイプ間で創造性の発現パターンに差異があることが示された。混合型では衝動性・多動性により発散的思考が促進される傾向がある一方、注意欠陥型では必ずしも創造的優位性が見られない。

この知見は、創造性支援において個別化アプローチの重要性を示している。発想段階での認知的自由度を保持しながら、実現段階での構造的支援を提供することで、ADHD者の創造的ポテンシャルを最大限に活用できる可能性がある。

第1部のまとめ:多面的理解への転換点

本記事で検討した4つの隠された側面—時間認知の歪み、過集中現象、拒絶敏感性不快感、創造性との関連—は、ADHD を単なる「注意欠如障害」として捉える従来の視点の限界を明確に示している。

これらの特性は、神経発達における「異常」というよりも、情報処理と認知制御における「変異」として理解されるべきである。 時間認知の主観性、注意の極端な集中化、社会的刺激への高感受性、概念間結合の柔軟性は、それぞれが独特な認知的強みと社会的困難を併せ持つ両価的な特徴である。

最新の神経科学研究が示すのは、これらの特性が可塑的であり、適切な支援と環境調整により、強みを活かしながら困難を軽減できる可能性である。医学的治療モデルから神経多様性モデルへの転換は、ADHD当事者にとって、より豊かで建設的な自己理解と社会参加の道筋を提供するだろう。

第2部以降では、さらに深く環境要因、遺伝的複雑性、診断システムの限界へと探求を進め、神経多様性という概念を根本から問い直していく。

 

時間認知関連文献

  1. Kooij, S. J. S., et al. “Clinical Implications of the Perception of Time in Attention Deficit Hyperactivity Disorder (ADHD): A Review.” PMC – National Center for Biotechnology Information, 2024.
  2. Wittmann, M., et al. “Neurophysiological mechanisms of interval timing dissociate inattentive and combined ADHD subtypes.” Scientific Reports, Nature, 2018.
  3. Nejati, V., et al. “Transcranial direct current stimulation improves time perception in children with ADHD.” Scientific Reports, Nature, 2024.
  4. Smith, A., et al. “Time perception deficit in children with attention deficit-hyperactivity disorder (ADHD): Does task matter? A meta-analysis study.” PubMed, 2024.
  5. Barkley, R. A., et al. “Time Perception in Adult ADHD: Findings from a Decade—A Review.” PMC – National Center for Biotechnology Information, 2024.

過集中・ドーパミン系関連文献

  1. Volkow, N. D., et al. “The dopamine hypothesis for ADHD: An evaluation of evidence accumulated from human studies and animal models.” Frontiers in Behavioral Neuroscience, 2024.
  2. Johnson, K. A., et al. “A mechanistic model of ADHD as resulting from dopamine phasic/tonic imbalance during reinforcement learning.” Frontiers in Computational Neuroscience, 2022.
  3. Ströhle, A., et al. “Stimulus-dependent dopamine release in attention-deficit/hyperactivity disorder.” PubMed, 2024.
  4. Faraone, S. V., et al. “Attention-deficit-hyperactivity disorder and reward deficiency syndrome.” PMC – National Center for Biotechnology Information, 2024.
  5. Sibley, M. H., et al. “An overview on neurobiology and therapeutics of attention-deficit/hyperactivity disorder.” PMC – National Center for Biotechnology Information, 2024.

拒絶敏感性不快感(RSD)関連文献

  1. Dodson, W. W. “Rejection Sensitive Dysphoria (RSD): ADHD and Emotional Dysregulation.” ADDitude Magazine, 2024.
  2. Cleveland Clinic Staff. “Rejection Sensitive Dysphoria (RSD): Symptoms & Treatment.” Cleveland Clinic, 2024.
  3. WebMD Medical Team. “Rejection Sensitive Dysphoria: Causes and Treatment.” WebMD, 2024.
  4. Cook, B. “Rejection Sensitive Dysphoria (RSD) – Understanding Intense Emotions.” Barb Cook Psychology, 2024.
  5. Verywell Health Editorial Team. “Rejection Sensitive Dysphoria (RSD) in ADHD.” Verywell Health, 2024.

創造性・認知的柔軟性関連文献

  1. Shi, B., et al. “Neural, genetic, and cognitive signatures of creativity.” Communications Biology, Nature, 2024.
  2. White, H. A., & Shah, P. “Creativity and ADHD: A review of behavioral studies, the effect of psychostimulants and neural underpinnings.” Neuropsychologia, 2020.
  3. Giraud-Bernal, E., et al. “Two sides of the same coin? How are neural mechanisms of cognitive control, attentional difficulties and creativity related?” ScienceDirect, 2024.
  4. Hoogman, M., et al. “Altered neural flexibility in children with attention-deficit/hyperactivity disorder.” Molecular Psychiatry, Nature, 2024.
  5. Girard-Joyal, O., & Gauthier, B. “Creativity in the Predominantly Inattentive and Combined Presentations of ADHD in Adults.” SAGE Publications, 2022.
  6. Jung, R. E., et al. “The Link Between Creativity, Cognition, and Creative Drives and Underlying Neural Mechanisms.” PMC – National Center for Biotechnology Information, 2024.
  7. White, S. L. “The Creativity of ADHD.” Scientific American, 2024.

神経可塑性・治療関連文献

  1. Diamond, A. “Cognitive and behavioural flexibility: neural mechanisms and clinical considerations.” Nature Reviews Neuroscience, 2024.
  2. Kessler, H. S., et al. “Behavioural Brain Research – Creativity and cognitive control in children.” Behavioural Brain Research, 2024.
  3. Faraone, S. V., et al. “Artificial intelligence in ADHD: a global perspective on research hotspots, trends and clinical applications.” Frontiers in Psychiatry, 2024.

時間認知・神経メカニズム関連追加文献

  1. Noreika, V., et al. “Predictive coding and attention in developmental cognitive neuroscience and perspectives for neurodevelopmental disorders.” PMC – National Center for Biotechnology Information, 2024.
  2. Masson, R., et al. “Reduced temporal and spatial stability of neural activity patterns predict cognitive control deficits in children with ADHD.” PMC – National Center for Biotechnology Information, 2024.
  3. Weissenberger, S., et al. “Time perception deficit in children with ADHD.” ScienceDirect, 2024.
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