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GABA報酬系の役割|ドーパミンとの相互作用や鬱病との関係

第5部:GABAと報酬系 – モチベーションの神経基盤

報酬系の基本構造とGABAの位置づけ

脳の報酬系は、生存に不可欠な行動を動機づけ、学習を促進する神経回路である。この系の中心にあるのが、中脳辺縁ドーパミン系であり、特に腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)、前頭前皮質(PFC)、扁桃体などへ投射するドーパミン作動性経路が重要な役割を果たす。しかし、この系におけるGABA作動性伝達の役割は、長らく「ドーパミンの影に隠れた」存在であった。近年の研究進展により、GABA系が報酬系の精緻な調節において決定的役割を担っていることが明らかになりつつある。

報酬系の基本的な解剖学的構造について、Wise(2004)の総説は包括的な視点を提供している。中脳辺縁ドーパミン系は、VTAのドーパミン作動性ニューロン(DA)を起点とし、側坐核(NAc)や前頭前皮質(PFC)などの「報酬関連領域」に広く投射する。この系は、自然報酬(食物、水、性行動)に反応するだけでなく、薬物依存の発現にも中心的役割を果たしている。

GABA作動性ニューロンは報酬系の各ノードに存在し、局所的および遠隔的な調節を担う。Cohen et al.(2012)の研究は、VTA内のGABA作動性ニューロンが局所的にドーパミンニューロンを抑制するだけでなく、側坐核や腹側淡蒼球(VP)などの遠隔部位にも直接投射することを示した。この解剖学的配置が、報酬情報処理の多層的制御を可能にしている。

報酬系におけるGABA作動性伝達の重要性は、薬理学的研究からも支持されている。Tan et al.(2012)は、VTAへのGABAA受容体作動薬の局所投与が報酬関連行動を強く抑制する一方、GABAA受容体拮抗薬が報酬探索行動を促進することを示した。これは、GABA系による持続的抑制的制御が報酬系の基底活性を設定していることを示唆している。

報酬系内のGABA作動性細胞は多様性を示す。Tepper et al.(2018)の研究によれば、側坐核内の主要なGABA作動性ニューロンは中型有棘ニューロン(MSNs)であり、これらはD1型あるいはD2型ドーパミン受容体を選択的に発現する。D1-MSNsは「直接路」を形成し報酬シグナルを促進する一方、D2-MSNsは「間接路」を形成し報酬シグナルを抑制する。この二重制御系が、報酬応答の精密な調節を可能にしている。

特に興味深いのは、報酬系におけるGABA作動性シグナルとドーパミン作動性シグナルの相互作用である。Bocklisch et al.(2013)の研究は、ドーパミンがGABA作動性シナプス伝達の可塑性に影響を与え、逆にGABAがドーパミン放出を調節することを示した。この相互調節が、報酬学習の基盤となる可能性がある。

発達的視点からは、GABA系とドーパミン系の相互作用が報酬回路の成熟に不可欠であることが示唆されている。Fritschy & Panzanelli(2014)によれば、青年期における前頭前皮質のGABA作動性インターニューロン(特にパルブアルブミン陽性細胞)の成熟が、成熟した意思決定と衝動制御の基盤となる。この発達過程の障害が、依存症や衝動制御障害のリスク因子となる可能性がある。

進化的観点からも、報酬系におけるGABA制御は重要である。Haber & Knutson(2010)の総説によれば、GABA作動性側坐核-VTA投射は魚類から哺乳類まで広く保存されており、これが報酬学習の基本的メカニズムとして重要であることを示唆している。一方、前頭前皮質からのトップダウン制御は霊長類でより発達しており、これが複雑な報酬予測と意思決定を可能にしている。

報酬系におけるGABAの役割は、単なる「ブレーキ」を超える複雑性を持つ。以下の章では、この多面的役割をより詳細に検討していく。

VTAドーパミンニューロンへのGABA性入力多様性

ドーパミン作動性VTAニューロンは、報酬信号の主要な発信源であるが、その活動は複数のソースからのGABA性入力によって精密に制御されている。これらの入力の解剖学的・機能的多様性の理解は、報酬系の正常機能と病態を解明する鍵となる。

VTAへのGABA性入力は、大きく分けて3つの主要なソースに由来する。Morales & Margolis(2017)の研究によれば、それらは:1)VTA内の局所GABA作動性介在ニューロン、2)側坐核や腹側淡蒼球などの前脳領域からの下行性投射、そして3)脚内核(RMTg)などの脳幹からの入力、である。これらの入力源は異なる条件下で選択的に活性化され、異なるタイプの情報をVTAに伝達する。

VTA内の局所GABA作動性ニューロンは、ドーパミンニューロンの活動調節において最初の層を形成する。Tan et al.(2012)は、これらのニューロンがVTAドーパミンニューロンに対するフィードフォワード抑制を提供し、報酬関連シグナルのダイナミックレンジを調節することを示した。特に興味深いのは、これらのニューロンが報酬予測誤差の符号化に関与する可能性である。予測された報酬が得られない場合、これらのGABA作動性ニューロンが活性化され、ドーパミンニューロンの発火が抑制される。

側坐核からVTAへのGABA性投射は、報酬回路における主要なフィードバック経路を形成する。Xia et al.(2011)は、この経路が主にD1受容体発現MSNsに由来し、VTAドーパミンニューロンを直接的に抑制することを示した。この抑制性フィードバックは、報酬応答の時間的制約と恒常性維持に寄与する可能性がある。実際、この経路の機能不全が依存症や衝動性の増大と関連することが示唆されている。

外側手綱核(LHb)から脚内核(RMTg)を経由するGABA性経路も、VTAドーパミンニューロンの制御において重要である。Jhou et al.(2009)の研究は、この経路が特に嫌悪刺激や報酬の欠如に応答し、ドーパミンニューロンを強力に抑制することを示した。これは「負の報酬予測誤差」(予測よりも報酬が少ない状況)の符号化における主要な経路である可能性が高い。

腹側淡蒼球(VP)からのGABA性投射も注目される。Knowland et al.(2017)は、この経路がストレスや不安状態において特に活性化され、ストレス誘発性無快感症(anhedonia)の神経基盤となる可能性を示した。VP-VTA GABA性経路の選択的操作により、ストレス誘発性うつ様行動を双方向的に調節できることも示されている。

これらの多様なGABA性入力は、シナプスタイプと受容体発現においても異なる特徴を示す。Edwards et al.(2017)の研究は、側坐核由来のGABA性入力が主にシナプス性GABAA受容体(α1/β/γサブユニット含有)を介して作用する一方、RMTg由来の入力は部分的にシナプス外GABAA受容体(α4/δサブユニット含有)も活性化することを示した。この受容体サブタイプの違いが、GABA性入力の時間的特性と調節メカニズムの差異をもたらす。

VTAドーパミンニューロンへのGABA性入力は薬物によっても修飾される。Vashchinkina et al.(2014)は、アルコールがVTAにおけるGABAA受容体の機能と発現を変化させることを示し、これが急性および慢性飲酒後のドーパミン放出パターンの変化を説明する可能性を示唆した。同様に、オピオイドは脚内核のGABA作動性ニューロンを抑制することで、間接的にVTAドーパミンニューロンを脱抑制する。

近年の研究は、VTAドーパミンニューロンへのGABA性入力が行動状態に応じて動的に調節されることを示している。Tsutsui-Kimura et al.(2020)は、光遺伝学と薬理学的手法を組み合わせ、課題従事中のマウスにおけるVTAドーパミンニューロンへのGABA性入力が、注意状態とリスク選好性の調節に関与することを示した。特に、高リスク選択肢を選ぶ直前には、ドーパミンニューロンへのGABA性入力が一時的に減少することが観察された。

さらに、GABA性入力の多様性は個体差とも関連する。Holly & Miczek(2016)の研究は、社会的敗北ストレスに対する脆弱性と回復力の個体差が、VTAドーパミンニューロンへのGABA性入力パターンの違いと相関することを示した。特に、回復力のある個体では、ストレス後にVTA GABA性介在ニューロンの適応的変化が生じる一方、脆弱性のある個体ではこの適応が欠如している。

報酬予測と予測誤差:GABA系による精密制御

脳の報酬系の主要機能の一つは、報酬予測と予測誤差の計算である。この計算過程において、GABA作動性神経回路が精密な時間的・空間的制御を提供している。この制御メカニズムの理解は、動機づけ学習の神経基盤解明に不可欠である。

報酬予測誤差(RPE)の概念は、Schultz et al.(1997)の先駆的研究によって確立された。彼らは、サルの単一ニューロン記録により、VTAドーパミンニューロンが予測されない報酬に対して発火し(正のRPE)、予測された報酬が得られない場合に発火を抑制する(負のRPE)ことを示した。この応答パターンは、時間的差分(TD)学習アルゴリズムにおける予測誤差信号と驚くほど類似している。

このドーパミンニューロンの応答パターン形成において、GABA作動性抑制が決定的役割を果たす。Eshel et al.(2015)の研究は、VTA GABA作動性ニューロンの活動が報酬予測誤差の計算に不可欠であることを示した。彼らはマウスの条件づけ課題中に同時記録を行い、ドーパミンニューロンの発火抑制(負のRPE)がGABA作動性ニューロンの活性化と強く相関することを発見した。さらに、GABA作動性ニューロンの選択的抑制が負のRPE信号を破壊することも示された。

特に重要なのは、GABA作動性ニューロンが報酬予測の時間的精度を保証する役割である。Cohen et al.(2012)の研究は、VTA GABA作動性ニューロンが報酬予測キュー(条件刺激)に対して素早く応答し、これによりドーパミンニューロンの発火タイミングを精密に調節することを示した。この時間的精度が、効率的な報酬学習に不可欠である。

報酬予測を担うGABA作動性回路はVTA内に限定されない。Tian et al.(2016)は、黒質網様部(SNr)のGABA作動性ニューロンが予測的活動を示し、これが黒質緻密部(SNc)ドーパミンニューロンの予測応答を形成することを示した。この「予測的抑制」が、ドーパミン系の時間的調節において重要な役割を果たす。

外側手綱核(LHb)-脚内核(RMTg)経路も、負の報酬予測誤差の符号化において中心的役割を担う。Matsumoto & Hikosaka(2007)の研究は、LHbニューロンが嫌悪刺激や報酬の欠如に応答して活性化し、これがRMTgのGABA作動性ニューロンを介してVTAドーパミンニューロンを抑制することを示した。この経路が、回避学習における主要な神経基盤となる可能性がある。

側坐核も報酬予測におけるGABA作動性制御の重要なノードである。Atallah et al.(2014)の研究は、側坐核のGABA作動性MSNsが報酬予測に関連する文脈情報を符号化し、これが適切な行動選択に不可欠であることを示した。特に、D2受容体発現MSNsの活動が報酬予測の更新において重要な役割を果たす可能性が示唆されている。

報酬予測の神経メカニズムにおいて、GABA作動性伝達とグルタミン酸作動性伝達の相互作用も重要である。Qi et al.(2016)は、VTAドーパミンニューロンへのグルタミン酸入力とGABA入力のバランスが報酬予測学習の効率を決定することを示した。特に、NMDA受容体とGABAA受容体の活性化バランスが、シナプス可塑性と報酬学習の適切な閾値設定に寄与している。

内因性カンナビノイド系も、報酬予測におけるGABA作動性制御に影響を与える。Wang et al.(2015)の研究は、2-AGなどの内因性カンナビノイドがVTAにおけるGABA放出を抑制し、これが予測された報酬に対するドーパミン応答を修飾することを示した。この調節が、報酬の顕著性や文脈依存性の符号化に寄与する可能性がある。

注目すべきは、報酬予測におけるGABA作動性制御が学習によって変化することである。Takahashi et al.(2016)は、報酬学習の進行に伴い、VTA GABA作動性ニューロンの応答特性が変化することを示した。学習初期には予測エラーに強く応答するが、学習が進むにつれて予測キュー(条件刺激)への応答が増強される。この適応的変化が、効率的な報酬予測の獲得を可能にしている。

報酬予測の時間的特性も、GABA作動性制御により調節される。Jo et al.(2018)の研究は、長期遅延報酬予測において前頭前皮質からの下行性GABA作動性制御が重要であることを示した。この制御が、即時的報酬と遅延報酬の間の選択における時間割引(temporal discounting)の神経基盤となる可能性がある。

動機づけ行動におけるGABA作動性回路の役割

報酬の予測や検出だけでなく、その報酬を得るための行動を駆動する「動機づけ」もまた、報酬系の重要な機能である。この動機づけプロセスにおいて、GABA作動性回路は複雑かつ重要な役割を担っている。異なるタイプの動機づけ行動がどのようにGABA系によって調節されるかを理解することは、意欲障害の病態解明と治療法開発に大きく貢献する可能性がある。

動機づけには「接近動機づけ」(報酬に向かう行動)と「回避動機づけ」(罰や脅威から遠ざかる行動)という二つの基本的側面がある。Salamone & Correa(2012)の総説によれば、これらの動機づけは神経学的に部分的に分離しており、接近動機づけは主に中脳-側坐核ドーパミン系に依存する一方、回避動機づけには扁桃体や分界条床核などの追加的回路が関与する。しかし両者とも、GABA作動性制御を受ける。

接近動機づけ行動におけるGABA系の役割について、最も直接的な証拠はVTAのGABA作動性ニューロンの操作実験から得られている。Eshel et al.(2015)は、VTA GABA作動性ニューロンを選択的に活性化することで報酬探索行動が抑制され、これらのニューロンを抑制することで報酬探索行動が促進されることを示した。これは、接近動機づけにおけるGABA系の「トーン設定」役割を示唆している。

側坐核内のGABA作動性MSNsも動機づけの調節において重要である。特に注目すべきは、D1受容体発現MSNsとD2受容体発現MSNsの機能的対比である。Kravitz et al.(2012)の研究は、D1-MSNsの活性化が報酬探索行動を促進する一方、D2-MSNsの活性化が報酬探索行動を抑制することを示した。この二重制御系により、動機づけレベルの精密な調節が可能となる。

「努力ベース」の意思決定もGABA系によって調節される。報酬獲得に高い努力を要する状況では、前頭前皮質(PFC)からのトップダウン制御がVTA-側坐核系に作用する。Floresco et al.(2018)の研究は、PFCからの下行性投射が側坐核内のGABA作動性インターニューロンを活性化し、これがMSNsの活動を調節することで、努力コストと報酬価値のバランス評価に寄与することを示した。

ストレス誘発性無動機は、GABA作動性回路の変化と関連する。Bruchim-Samuel et al.(2016)は、慢性ストレス後のラットにおいて腹側淡蒼球(VP)-VTA GABA作動性経路の過活動が生じ、これが報酬探索行動の減少と関連することを示した。このGABA性過抑制が、うつ病における中核症状である無気力や無快感症の神経基盤となる可能性がある。

動機づけの社会的側面もGABA系の調節を受ける。Gunaydin et al.(2014)の研究は、社会的相互作用に対する動機づけがVTAドーパミンニューロンの活性化と関連し、この活性化が局所GABA作動性ニューロンによって調節されることを示した。GABA作動性調節の異常が、社会的回避行動や社会的無気力の基盤となる可能性が示唆されている。

「消費的」報酬行動(consummatory behavior)と「探索的」報酬行動(appetitive behavior)の区別もGABA系制御と関連する。Castro et al.(2015)の研究は、側坐核殻部(NAc shell)のGABA作動性MSNsが特に消費的行動(実際の報酬摂取)の調節に関与する一方、側坐核核部(NAc core)のMSNsが探索的行動(報酬獲得のための手段的行動)の調節に関与することを示した。

習慣形成と目標指向行動の切り替えにもGABA系が関与する。習慣的行動は主に背側線条体のGABA作動性回路に依存し、目標指向行動は主に腹側線条体に依存する。Smith & Graybiel(2016)の総説によれば、この二つのシステム間の切り替えが前頭前皮質からのGABA作動性制御を受け、この制御の障害が強迫性障害や依存症における習慣的行動の過剰な支配と関連する可能性がある。

動機づけの時間的維持もGABA系の調節を受ける。Cagniard et al.(2006)の研究は、側坐核へのGABA作動性入力が報酬獲得のための持続的努力(persistent effort)の維持に関与することを示した。この持続性の欠如がうつ病における無気力や意欲低下の一側面である可能性がある。

最後に、動機づけの文脈依存性もGABA系によって調節される。Peters & De Vries(2012)の研究は、内側前頭前皮質(mPFC)のGABA作動性介在ニューロンが環境文脈に依存した動機づけの調節に関与することを示した。この調節は、異なる環境における適切な行動選択を可能にする重要なメカニズムである。

薬物依存とGABA系:報酬学習の病理

薬物依存は報酬系の適応的機能の病的状態として捉えることができる。依存性薬物は脳の報酬系を直接標的とし、その結果として生じる神経可塑性が依存症の発症・維持に寄与する。この過程において、GABA系は依存性薬物の急性効果から耐性・依存形成、そして渇望や再発に至るまで、多様な段階で重要な役割を果たしている。

依存性薬物の急性効果におけるGABA系の役割は、薬物の種類によって異なる。Lüscher & Malenka(2011)の総説によれば、アルコールとベンゾジアゼピン系薬物は直接GABAA受容体機能を増強する一方、オピオイドは脚内核(RMTg)などのGABA作動性ニューロンを抑制することでVTAドーパミンニューロンを間接的に活性化する。一方、精神刺激薬(コカイン、アンフェタミンなど)は主にモノアミントランスポーターを阻害するが、これも側坐核内のGABA作動性制御を変化させる。

薬物依存形成過程における重要なステップは、VTAドーパミンニューロンへのGABA/グルタミン酸バランスの破綻である。Nugent et al.(2007)の研究は、モルヒネの急性投与がVTAドーパミンニューロンへのGABA性シナプスにおける長期抑圧(LTD)を誘導し、これが初期の感作(sensitization)過程と関連することを示した。この適応は、薬物投与後のドーパミン放出増強の機序の一つとなる。

薬物依存におけるGABA受容体サブユニットの適応的変化も重要である。Kumar et al.(2009)の研究は、慢性アルコール曝露後のラットにおいて、GABAA受容体α1サブユニットの発現減少とα4/δサブユニットの発現増加が生じることを示した。この変化が、離脱期の不安様行動と渇望(craving)の神経基盤となる可能性がある。

薬物の文脈依存的効果にもGABA系が関与する。Bossert et al.(2012)は、ヘロイン自己投与の環境文脈への再曝露が、腹側被蓋野と前頭前皮質の間のGABA作動性回路を活性化し、これが文脈誘発性再発の基盤となることを示した。この知見は、依存症治療における環境要因の重要性を神経生物学的に裏付けるものである。

薬物関連キューに対する条件づけ反応もGABA系の変化と関連する。Bassareo et al.(2011)の研究は、アルコール関連キューへの曝露が側坐核のGABA放出パターンを変化させ、これが渇望と消費行動の増強に寄与することを示した。この条件づけ過程の遮断が、依存症治療の有望なアプローチとなる可能性がある。

意思決定と行動制御におけるGABA系の役割も、依存症の発症・維持に関連する。Chen et al.(2013)の研究は、前頭前皮質内のGABA作動性インターニューロン、特にパルブアルブミン陽性細胞の機能不全が、薬物探索行動に対する衝動的制御の低下と関連することを示した。この前頭前皮質の抑制的制御の低下が、依存症患者における強迫的薬物探索行動の背景となる可能性がある。

薬物離脱期における負の情動状態もGABA系の変化と関連する。Koob & Volkow(2016)の総説によれば、反復的薬物使用に伴う扁桃体中心核(CeA)でのGABA作動性伝達の変化が、離脱期の不安や嫌悪状態の基盤となる。この負の情動状態からの回避(negative reinforcement)が、依存症の後期段階における薬物使用の主要な動機となる。

薬物依存に対する治療アプローチとしても、GABA系の標的化が検討されている。アルコール依存症治療薬であるアカンプロセート(acamprosate)は、部分的にGABA系機能の正常化を介して作用すると考えられている。Mason et al.(2014)の研究は、アカンプロセートが前頭前皮質のGABA濃度を増加させ、これが渇望減少と関連することを示した。

オピオイド依存からの回復過程でもGABA系の正常化が重要である。Shen & Kalivas(2013)の研究は、ナルトレキソン治療がオピオイド離脱後の側坐核GABA機能の回復を促進し、これが再発防止に寄与することを示唆している。GABA系の適応的変化の促進が、依存症回復の重要な指標となる可能性がある。

個体差の観点からは、GABA関連遺伝子多型と依存症脆弱性の関連も注目される。Enoch et al.(2009)の研究は、GABRA2遺伝子(GABAA受容体α2サブユニットをコード)の特定多型がアルコール依存症リスクと関連することを示した。この遺伝的背景が、ストレス応答とアルコール効果に対する感受性の個体差に寄与する可能性がある。

うつ病と無気力状態:GABA/ドーパミンバランスの破綻

うつ病、特に無気力や無快感症(anhedonia)といった動機づけ症状は、報酬系の機能不全と密接に関連している。この機能不全の基盤には、GABA系とドーパミン系のバランス異常が存在する可能性が高い。両系の相互作用を理解することは、うつ病の病態解明と新規治療法開発に不可欠である。

うつ病患者における報酬系の機能異常は、複数の神経画像研究により示されている。Pizzagalli et al.(2009)のfMRI研究は、うつ病患者の側坐核活性化が報酬予測と獲得の両方において減弱していることを示した。この報酬系機能低下が、うつ病の主要症状である無快感症の神経基盤となる可能性がある。

うつ病の神経生物学的基盤としてのGABA系異常は、複数のアプローチから支持されている。Luscher et al.(2011)のMRS研究は、うつ病患者の前部帯状回と後頭皮質でGABA濃度が低下していることを報告した。さらに、この低下の程度と無気力症状の重症度が相関することも示されている。

動物モデルを用いた研究も、うつ病における報酬系GABA機能異常を支持している。Venzala et al.(2012)は、慢性ストレス誘発性うつ病モデルマウスにおいて、VTAと側坐核の両方でGABA作動性伝達の変化が生じることを示した。特に、VTA内のGABA/グルタミンバランスの変化が、ドーパミン放出低下と無快感症様行動に関連していた。

うつ病の神経内分泌的側面とGABA系の関連も重要である。Maguire & Mody(2008)の研究は、慢性ストレスに伴うコルチゾール上昇がGABAA受容体サブユニット構成を変化させ、これが前頭前皮質のGABA作動性抑制の効率低下に寄与することを示した。この変化が、うつ病における認知制御機能の低下と無気力状態の背景となる可能性がある。

GABA/ドーパミンバランスの破綻は、うつ病の複数の症状側面に影響を与える。Tye et al.(2013)の研究は、VTAドーパミンニューロンへのGABA作動性過抑制が「努力コスト」の過大評価と関連することを示した。これは、うつ病患者が報酬獲得に必要な努力を過大に見積もり、その結果として行動開始が抑制されるという臨床観察と一致する。

シナプス可塑性の観点からも、うつ病におけるGABA/ドーパミン相互作用の異常が示唆されている。Zhong et al.(2014)の研究は、慢性ストレス後のマウスにおいて、側坐核D2-MSNsの適応的可塑性が障害され、これが無快感症様行動と関連することを示した。この可塑性障害が、うつ病患者における報酬学習の障害の背景となる可能性がある。

うつ病の性差もGABA系との関連で理解される可能性がある。Seney et al.(2018)の研究は、うつ病モデルの雌雄マウスでGABA作動性インターニューロンサブタイプの脆弱性に性差があることを示した。具体的には、メスではソマトスタチン陽性インターニューロン、オスではパルブアルブミン陽性インターニューロンがより強く影響を受ける。この違いが、うつ病の有病率と症状プロファイルにおける性差の背景となる可能性がある。

うつ病治療薬の作用機序もGABA/ドーパミンバランスの調節と関連する。Langen et al.(2017)の研究は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の慢性投与が前頭前皮質と側坐核のGABA濃度を正常化し、これが報酬応答性の回復と関連することを示した。この知見は、セロトニン系を介したGABA/ドーパミンバランスの調節が抗うつ効果の一部であることを示唆している。

特に注目すべきは、ケタミンの急速抗うつ効果におけるGABA/ドーパミン相互作用である。Zanos et al.(2018)の研究は、ケタミン投与後の急速抗うつ効果がPV陽性GABA作動性インターニューロンの一時的抑制とそれに続くドーパミン放出増強に関連することを示した。このGABA/ドーパミンバランスの急速な再調整が、ケタミンの独特な効果プロファイルの背景となる可能性がある。

非薬理学的治療法もGABA/ドーパミンバランスに作用する可能性がある。Price et al.(2010)は、認知行動療法が前頭前皮質のGABA機能を増強し、これが報酬応答性の改善と関連することを示した。また、身体活動や社会的支援も内因性GABA/ドーパミンバランスを最適化し、うつ病からの回復を促進する可能性がある。

GABA系を標的とした報酬関連障害の治療アプローチ

報酬系におけるGABA作動性調節の理解が進むにつれ、様々な報酬関連障害(依存症、うつ病、統合失調症など)に対する新しい治療アプローチが開発されつつある。これらのアプローチは従来の治療法を超え、より選択的かつ効果的な介入を可能にする潜在性を持っている。

まず考慮すべきは、従来のGABA作動性薬剤の限界である。ベンゾジアゼピン系薬などの非選択的GABAA受容体作動薬は、不安やストレス関連症状に対して一定の効果を示すものの、依存性や認知機能低下などの問題を伴う。Rudolph & Knoflach(2011)のレビューによれば、これらの限界を克服するためには、より選択的なサブユニット特異的薬剤の開発が必要である。

GABAA受容体α2/α3サブユニット選択的作動薬は、不安症状を軽減しつつ依存性や認知機能低下のリスクを最小化できる可能性がある。Atack(2011)の研究は、これらの薬剤が動物モデルにおいて抗不安作用を示しつつ、報酬系への影響が限定的であることを示した。この選択性が、うつ病や不安障害の治療において有用な特性となりうる。

GABAB受容体も重要な治療標的である。バクロフェン(GABAB受容体作動薬)は、アルコール依存症の治療薬として評価されつつある。Colombo et al.(2004)の研究は、バクロフェンがアルコール自己投与を減少させ、離脱症状を軽減することを示した。この効果の一部は、中脳辺縁ドーパミン系におけるGABA作動性調節の正常化に起因する可能性がある。

GABA輸送体(GAT)阻害薬も注目される。Tiagabine(GAT-1阻害薬)は抗てんかん薬として承認されているが、不安障害やうつ病に対する効果も示唆されている。うつ病治療における利点として、Kalueff & Nutt(2007)は、GAT阻害薬が報酬系のトーン設定を変化させることなく、前頭前皮質のGABA濃度を選択的に増加させる可能性を指摘している。

GABA代謝酵素を標的とする薬剤も有望である。Valproic acid(GABA-T阻害薬)は気分安定薬として使用されているが、Davies(2000)の研究は、その作用機序の一部がVTAドーパミンニューロンへのGABA性入力の調節に関与する可能性を示唆している。この調節が、双極性障害における報酬追求行動の正常化に寄与するかもしれない。

内因性神経ステロイドもGABA系を介して報酬機能を調節する。特に、アロプレグナノロンなどのGABAA受容体正の調節因子は、ストレス関連うつ病や依存症に対する治療効果が期待されている。Maguire(2019)のレビューによれば、これらの内因性物質は特にδサブユニット含有GABAA受容体に作用し、トニックGABA抑制を増強することで報酬系の活性を調節する。

非薬理学的治療法も報酬系GABA機能に影響を与える可能性がある。経頭蓋磁気刺激(TMS)の抗うつ効果のメカニズムとして、Cash et al.(2017)は、前頭前皮質のGABA作動性インターニューロンの活性化が報酬系への下行性制御を変化させることを示唆している。この調節が、うつ病患者における報酬応答性の改善に寄与する可能性がある。

神経栄養因子を介したGABA系調節も注目される。Brain-Derived Neurotrophic Factor(BDNF)はGABA作動性インターニューロン、特にパルブアルブミン陽性細胞の機能維持に不可欠である。Castren & Antila(2017)のレビューによれば、抗うつ薬治療に伴うBDNF増加がGABA作動性インターニューロンの機能正常化を促進し、これが報酬系の回復に寄与する可能性がある。

生活習慣介入もGABA/ドーパミンバランスに影響を与える。有酸素運動の抗うつ効果のメカニズムとして、Mikkelsen et al.(2010)は、運動が前頭前皮質と海馬のGABA濃度を増加させ、これが報酬系機能の改善と関連することを示した。このような非薬理学的介入は、薬物療法との併用効果が期待される。

栄養的アプローチも考慮に値する。特に、GABA前駆体であるグルタミンやビタミンB6(GABA合成の補酵素)の補充が、GABA系機能を支援する可能性がある。Yoto et al.(2012)の研究は、GABA含有食品の摂取がストレス反応を軽減し、気分改善効果を示すことを報告している。

精密医療の観点からは、GABA関連遺伝子多型に基づく治療選択も将来的に可能になるかもしれない。Davies et al.(2013)の研究は、GABRA2遺伝子の特定多型がアルコール依存症患者におけるバクロフェン治療反応性と関連することを示した。このような薬理遺伝学的アプローチにより、個々の患者に最適な治療法選択が可能になる可能性がある。

進化的視点:報酬系におけるGABA制御の種間比較

報酬系におけるGABA作動性制御の理解をさらに深めるためには、進化的視点が不可欠である。単純な生物から哺乳類に至るまで、報酬学習と動機づけ行動の神経基盤はどのように進化してきたのだろうか。また、種間の相違点と共通点は、ヒトの報酬関連障害の理解にどのような示唆を与えるだろうか。

最も原始的な報酬系は、単細胞生物や単純な無脊椎動物にも存在する。Søvik & Barron(2013)のレビューによれば、ミツバチやショウジョウバエなどの昆虫でも、報酬学習の基本的メカニズムが確認されている。これらの生物では、オクトパミン(無脊椎動物におけるノルアドレナリン相同物)が報酬シグナルとして機能するが、この系もGABA作動性制御を受ける。

軟体動物(タコ、イカなど)は、高度な学習能力と複雑な行動レパートリーを持つ無脊椎動物である。Shomrat et al.(2015)の研究は、タコの報酬学習において、垂直葉(vertical lobe)のGABA作動性ニューロンが重要な役割を果たすことを示した。この系は哺乳類の前頭前皮質-大脳基底核回路と機能的類似性を持ち、収斂進化の例として注目される。

魚類では、中脳辺縁ドーパミン系の原型が確認されている。Maximino & Herculano(2010)のレビューによれば、ゼブラフィッシュなどの硬骨魚には、ドーパミン作動性A11核とこれを調節するGABA作動性回路が存在する。これらは哺乳類のVTA-側坐核経路の進化的前駆体と考えられ、報酬学習と接近行動の制御に関与している。

両生類と爬虫類では、大脳基底核の構造がより明確になり、GABA作動性制御も精緻化される。O’Connell & Hofmann(2011)の比較神経解剖学研究によれば、これらの動物の線条体相同構造には、D1受容体発現とD2受容体発現のGABA作動性MSNsが区別されるようになる。この二重制御系の出現が、より複雑な報酬学習を可能にした可能性がある。

鳥類では、高度に発達した前脳構造が存在し、哺乳類の皮質-基底核回路に類似した機能を持つ。特に注目されるのが「歌学習」を行う鳴禽類(ソングバード)である。Bottjer(2005)の研究によれば、これらの鳥の歌制御系にはGABA作動性インターニューロンが豊富に存在し、歌の獲得と維持に不可欠な役割を果たす。この系は、哺乳類の運動学習回路との類似性が指摘されている。

霊長類の進化過程では、前頭前皮質の爆発的発達に伴い、報酬系へのトップダウン制御が大幅に増強される。Haber & Behrens(2014)のレビューによれば、前頭前皮質からの下行性GABA作動性制御が、即時的報酬と遅延報酬の間の選択や、衝動性の抑制に関与する。この制御系の発達により、長期的目標に向けた行動計画が可能になったと考えられる。

特に興味深いのは、ヒト特異的な報酬系の特徴である。象徴的報酬(お金、社会的地位など)への感受性は、ヒトにおいて特に発達している。Lebreton et al.(2009)の研究は、このような抽象的報酬の処理においても、中脳辺縁ドーパミン系とこれを調節するGABA作動性回路が重要な役割を果たすことを示した。

進化的に保存された報酬系の神経化学的特徴として、ドーパミンとGABAの相互作用がある。Barron et al.(2010)のレビューによれば、報酬信号としてのドーパミンとその制御因子としてのGABAという基本構造は、無脊椎動物から哺乳類まで広く保存されている。この普遍性は、報酬学習のメカニズムにおける両者の組み合わせの有効性を示唆している。

一方、種間の顕著な差異も存在する。特に重要なのが、GABA受容体サブユニットの多様性と分布パターンである。Olsen & Sieghart(2009)のレビューによれば、GABAA受容体サブユニットの種類と組み合わせのレパートリーは進化的に拡大しており、霊長類では特に複雑な発現パターンを示す。この多様化が、より精緻な報酬系制御を可能にした可能性がある。

種間比較から明らかになるもう一つの重要な点は、報酬関連障害の種特異性である。Boileau et al.(2013)の研究によれば、薬物依存の脆弱性は種間で大きく異なり、これは部分的にVTAドーパミンニューロンへのGABA性制御の違いに起因する可能性がある。この知見は、動物モデルから人間の障害へのトランスレーションにおける注意点を示唆している。

個体差と可塑性:GABA系による報酬応答の調節

報酬応答とモチベーションには顕著な個体差が存在し、これがパーソナリティ特性や精神疾患脆弱性に影響を与える。この個体差の神経生物学的基盤として、GABA系の機能的・構造的可塑性が重要な役割を果たしている可能性がある。また、GABA系の可塑性は、発達や環境要因による報酬応答の調節メカニズムとしても注目される。

遺伝的要因はGABA系機能と報酬応答性の個体差に大きく寄与する。Enoch et al.(2009)の研究は、GABAA受容体サブユニット遺伝子(特にGABRA2)の多型が衝動性特性と報酬感受性の個体差に関連することを示した。これらの遺伝的背景が、依存症脆弱性の個体差を部分的に説明する可能性がある。

報酬系におけるGABA作動性シナプスの可塑性も重要である。Nugent et al.(2007)の研究は、VTAのGABA作動性シナプスがドーパミン依存的な長期抑圧(LTD)を示すことを報告した。この可塑性が個体のストレス経験や薬物曝露により変化し、報酬感受性の個体差に寄与する可能性がある。

早期発達環境も報酬系GABA機能に長期的影響を与える。Peña et al.(2014)の研究は、母子分離ストレスを受けた幼若ラットにおいて側坐核のGABA作動性MSNsの機能が変化し、これが成体期の報酬応答性低下と関連することを示した。この知見は、早期逆境体験がGABA系を介して報酬系の発達軌跡を変化させることを示唆している。

レジリエンス(精神的回復力)の個体差もGABA系と関連する。Krishna et al.(2014)の研究は、慢性ストレスに対する回復力の高い個体では、VTA GABA作動性ニューロンの適応的可塑性が生じることを示した。この適応が報酬応答性の維持に寄与し、ストレス関連障害への抵抗性をもたらす可能性がある。

社会的階層とGABA系の関連も注目される。Wang et al.(2011)は、マウスの社会的階層形成において前頭前皮質のGABA作動性制御が重要な役割を果たし、この制御の効率が社会的優位性と関連することを示した。この知見は、社会的競争における個体差の神経生物学的基盤を示唆するものである。

性差も報酬系GABA機能の重要な側面である。Becker & Hu(2008)のレビューによれば、女性は男性よりも薬物報酬効果に対する感受性が高く、これは部分的に性ホルモンによるVTAのGABA作動性制御の調節に起因する可能性がある。女性におけるエストロゲン周期がGABA作動性伝達効率に影響し、これが報酬応答性の周期的変動と関連することが示唆されている。

訓練と経験もGABA系の可塑的変化を誘導する。Carlezon & Thomas(2009)の研究は、強化学習訓練を受けたラットにおいて側坐核のGABA作動性MSNsの発火パターンが変化し、これが学習効率の個体差と関連することを示した。この可塑性がスキル獲得における個体差の基盤となる可能性がある。

年齢もGABA系機能と報酬応答性に影響を与える。思春期の特徴的な報酬感受性の増大について、Wahlstrom et al.(2010)は前頭前皮質のGABA作動性制御が未熟であることが原因の一つである可能性を示唆している。この発達的特徴が、思春期における冒険行動やリスク選好の増加の背景となるかもしれない。

栄養状態もGABA系機能に影響を与える。特に興味深いのは、ケトジェニックダイエットの効果である。Lutas & Yellen(2013)の研究は、ケトン体がGAD(グルタミン酸脱炭酸酵素)活性を増強し、これが報酬系におけるGABA合成を促進する可能性を示唆している。この代謝状態依存的な調節が、報酬感受性と食欲の個体差に寄与するかもしれない。

薬理遺伝学的観点からは、GABA作動性薬剤への反応性の個体差も重要である。オーダーメイド医療の実現に向けて、GABA関連遺伝子多型に基づく治療薬選択が検討されている。Enoch et al.(2010)の研究は、GABRA2遺伝子の特定多型がベンゾジアゼピン系薬の効果と依存性リスクの予測因子となる可能性を示した。

エピジェネティック機構も報酬系GABA機能の調節において重要である。Covington et al.(2009)の研究は、慢性ストレス後のマウスにおいて側坐核GABA関連遺伝子のヒストン修飾パターンが変化し、これが無快感症様行動と関連することを示した。このエピジェネティック調節が、環境要因と遺伝的背景の相互作用を媒介する機構である可能性がある。

結論と展望:モチベーション制御における新たな治療標的

報酬系におけるGABA作動性制御に関する理解の進展は、モチベーション障害(うつ病、依存症、統合失調症など)の新たな治療法開発に重要な示唆を与える。本章では、これまでの知見を統合し、GABA系を標的とした革新的治療アプローチの可能性と限界について考察する。

まず、近年の基礎研究による重要な進展として、報酬系の異なるノードにおけるGABA作動性回路の特異的役割が明らかになってきたことが挙げられる。Lammel et al.(2014)のレビューによれば、従来単一と考えられていたVTAドーパミンニューロン群は、解剖学的投射先、電気生理学的特性、GABA入力源に基づいて複数のサブ集団に分類できる。この知見は、より特異的かつ精密な治療標的設定の可能性を示唆している。

この特異性を活用した治療アプローチとして、回路特異的な薬理学的介入が検討されている。Hu(2016)の研究は、VTAのGABA作動性ニューロンがドーパミンニューロンのサブ集団選択的に抑制することを示し、この選択性を利用した新規抗うつ薬開発の可能性を示唆している。特定の回路要素を標的とすることで、従来の非選択的介入の限界を克服できる可能性がある。

GABAA受容体サブユニット選択的薬剤の開発も進んでいる。特に、α2/α3サブユニット選択的作動薬は、報酬欠損を伴ううつ病に対する有望な治療標的である。Vollenweider et al.(2011)の研究は、これらの化合物が動物モデルにおいて無快感症様行動を改善することを示し、同時に依存性リスクが低いことも報告している。

さらに、GABA系とグルタミン酸系の相互作用を標的とするアプローチも注目される。Zanos et al.(2018)の研究は、ケタミンのNMDA受容体阻害作用がGABA作動性インターニューロン(特にPV陽性細胞)を抑制し、これが下流のドーパミン放出増強と抗うつ効果に寄与することを示した。この知見に基づき、GABA-グルタミン酸バランスを最適化する治療法開発が期待される。

神経調節技術の発展も、モチベーション障害治療に新しい可能性をもたらしている。経頭蓋磁気刺激(TMS)や経頭蓋直流電気刺激(tDCS)などの非侵襲的脳刺激法が、前頭前皮質のGABA作動性機能に影響を与え、報酬系機能を修飾することが示されている。Fregni et al.(2021)の研究は、tDCSが前頭前皮質のGABA濃度を増加させ、これが意欲改善と関連することを報告している。

また、神経栄養因子を介したGABA系調節も有望な方向性である。Castrén & Antila(2017)のレビューによれば、抗うつ薬治療によるBDNF増加がPV陽性インターニューロンの機能正常化を促進し、これが報酬系の回復に寄与する可能性がある。この機序を強化する介入(例:運動、認知トレーニングなど)が治療効果を増強する可能性が示唆されている。

個別化医療の観点からは、GABA関連遺伝子多型に基づく治療選択も将来的に可能になるかもしれない。Schuckit et al.(2014)の研究は、GABRA2遺伝子の特定多型がアルコール依存症患者における治療反応性と関連することを示し、これが薬剤選択の指針となる可能性を示唆している。

臨床応用に向けての重要な課題として、動物モデルからヒトへのトランスレーションがある。Nestler & Hyman(2010)は、報酬系障害の動物モデルとヒト疾患の間には重要なギャップが存在することを指摘している。このギャップを埋めるため、ヒト適用可能なバイオマーカー(MRSによるGABA濃度測定、fMRIによる機能的接続性評価など)の開発が進められている。

また、GABA系を標的とした介入の時間的側面も重要である。Fakhoury et al.(2016)のレビューは、うつ病や依存症の異なる病期において、最適なGABA系介入が異なる可能性を示唆している。例えば、急性期には非選択的GABA作動薬が有効である一方、回復期にはより選択的な介入が適している可能性がある。

予防医学的観点からは、発達段階特異的なGABA系介入も検討に値する。Pena et al.(2014)の研究は、青年期における前頭前皮質GABA系の発達が、成人期の報酬応答性と衝動制御に重要な影響を与えることを示している。この知見に基づき、発達臨界期におけるGABA系保護的介入が、将来的な報酬関連障害のリスク低減に有効である可能性が示唆されている。

非薬理学的介入としては、認知行動療法(CBT)やマインドフルネス瞑想などがGABA系機能に影響を与えることが報告されている。Sanacora et al.(2013)のレビューによれば、これらの介入が前頭前皮質のGABA濃度を増加させ、報酬系への下行性制御を改善する可能性がある。このような介入は薬物療法との相乗効果も期待される。

最後に強調すべきは、報酬系におけるGABA作動性制御の複雑性と多様性である。単一のGABA作動性回路や受容体サブタイプを標的とする介入だけでは、複雑な報酬関連障害に対して十分な効果が得られない可能性がある。今後は、複数の標的に対する統合的アプローチや、患者の遺伝的・環境的背景に基づく個別化介入の開発が重要となるだろう。

こうした多角的アプローチにより、従来の治療法では十分な効果が得られなかった報酬関連障害に対する、より効果的かつ特異的な治療法の開発が期待される。

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