4.3 産業革命、時間規律、カフェイン文化:近代的生産性の形成
産業革命期における時間概念の変容と生産性の新たな規範の発達は、カフェイン文化の普及と複雑に絡み合っていた。これらの変化は単なる同時発生ではなく、相互強化的な関係にあり、近代的な労働と生産性のパラダイムの形成に共同で寄与した。
4.3.1 時間、機械、身体の再編成
産業革命は物質的技術の変革だけでなく、時間構造と身体的リズムの根本的再編成をもたらした:
前工業的時間から機械的時間へ:
- 前工業的時間感覚: 季節、日照、生物学的必要性、教会の鐘など自然・文化的リズムに従う「タスク指向型」時間
- 工業的時間感覚: 時計によって分割された均質で抽象的な「時計時間」に基づく「時間指向型」労働
この移行は労働の新たな時間的組織化を要求した:
- 定時出勤と固定労働時間の導入
- 時間の細分化と時間当たりの生産性という概念の出現
- 「時は金なり」という時間の商品化
身体リズムの制御:
- 機械の速度に合わせた身体運動の調整
- 自然な眠気や疲労周期の抑制
- 労働と休息の明確な分離(労働「時間」と余暇「時間」)
E.P.トムスンの古典的研究『時間、労働規律、産業資本主義』(1967)が示すように、この転換は単なる技術的変化ではなく、時間意識の文化的革命であり、日常生活の経験を根本的に変容させた。
4.3.2 カフェインと産業的時間規律の共進化
カフェイン消費の拡大と新たな時間規律の発達には、相互強化的な関係が見られる:
カフェインの時間調節効果:
- サーカディアンリズムの調整: カフェインはアデノシン受容体を遮断することでサーカディアンリズムを修飾し、自然な眠気サイクルを抑制
- 労働時間の延長: 夜間や長時間労働を可能にする効果
- 時間的同期: 工場のシフトや事務作業など、固定的労働スケジュールへの身体的適応を促進
消費パターンの工業化:
- 「朝のコーヒー」の儀式化: 労働日への認知的準備として機能
- 休憩時間の制度化: 多くの工場や事務所で「コーヒーブレイク」が公式・非公式の休憩として定着
- シフト間の橋渡し: 特に複数シフト制の導入に伴い、シフト移行をスムーズにする役割
消費量の歴史的増加:
- 1700年代初頭: イギリスでの年間コーヒー輸入量は約100トン
- 1800年代中期: 年間約1,000トンに増加
- 同時期: 茶の消費も急増し、1801年の約2,500トンから1851年には約22,000トンへ
興味深いことに、この時期、カフェインはただの嗜好品ではなく、産業労働者の「必需品」と見なされるようになった。チャールズ・ブースの労働者階級調査(1889-1903)では、茶とコーヒーが多くの労働者家庭の基本的な生活費に含まれていることが記録されている。
4.3.3 生産性パラダイムの形成
カフェイン文化は、産業資本主義における生産性の新たな概念と実践の発展に寄与した:
「生産的身体」の概念:
- カフェインは「効率的な身体」「疲れない身体」の理想に貢献
- 「生理学的な最適化」という考え方の普及
- 生産性と身体の自己調整を結びつける「自己管理」の文化
早期の科学的管理法とカフェイン:
- フレデリック・テイラーの科学的管理法は「疲労」を効率の敵と位置づけ
- 疲労研究(fatigue studies)の発展と刺激物の役割
- カフェインが「効率的作業者」の生理学的基盤を提供
工場労働から事務労働へ:
- 19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ホワイトカラー労働の急増
- 「精神労働」におけるカフェインの特別な役割
- タイピスト、経理、管理職など、持続的注意と精神的警戒を要する職業の出現
生産性文化を象徴する広告:
- 19世紀末から20世紀初頭のカフェイン製品の広告では、生産性と効率が強調された
- 「疲れを知らない労働者」「活力に満ちた知性」などのイメージが普及
- 例: 1890年代のポストム社の広告「脳労働者にとって不可欠」
この時期に発展した生産性パラダイムは、単に「より多くを生産する」という量的概念ではなく、人間の身体と精神を時間的に規律化し、機械的リズムに適応させるという質的転換を含んでいた。カフェインはこの転換の化学的媒介物として機能したのである。
4.3.4 都市化、疲労、社会的加速
産業化と都市化は社会的加速(social acceleration)と呼ばれる現象を生み出し、カフェインはこの加速に対応するための文化的・生理的適応として機能した:
都市空間と時間の変容:
- 大都市の出現: 1800年から1900年の間にロンドンの人口は約100万人から650万人へと増加
- 都市のリズム: 農村の季節的・日照依存的リズムから、時計に基づく都市的リズムへの移行
- 移動の加速: 鉄道、路面電車、自転車など、新たな移動手段による時空間圧縮
近代的疲労の出現:
- 「神経衰弱」(neurasthenia): 1860年代から広く認識された「近代生活の病」
- 情報過負荷: 新聞、広告、流行、商品など情報量の爆発的増加
- 感覚的刺激の増大: 騒音、群衆、交通、人工照明など都市環境の感覚的強度
カフェインと「近代的神経」:
- 神経系の再調整: カフェインは増大する刺激に対応するための神経系調節剤として機能
- 「冴えた神経」: 常に警戒し、反応する準備ができた状態の文化的価値化
- 集中力の維持: 絶え間ない気晴らしの中での注意維持の必要性
社会学者ハルトムート・ローザが論じるように、この「社会的加速」は単なる「速さの増加」ではなく、時間構造の質的変化を表している。カフェインはこの加速する社会に対応するための化学的補助手段として重要な役割を果たした。特に、カフェインの効果—覚醒、集中力向上、反応時間短縮—は、近代都市環境の要求に特に適合していた。
4.3.5 反抗と適応:カフェイン消費の社会的分化
カフェイン文化の発達は一様ではなく、階級、性別、地域によって異なるパターンを示し、時間規律と生産性の新しいレジームに対する様々な反応を反映していた:
階級的分化:
- 労働者階級: 強い甘い紅茶(特にイギリス)が主流、エネルギー源(砂糖)と刺激物(カフェイン)の組み合わせとして機能
- 中産階級: コーヒーと紅茶の両方を消費、特に「適切な作法」での消費が社会的区別の標識に
- 上流階級: 高級コーヒーと茶の消費、余暇的消費と労働的消費の区別が明確
性別化されたカフェイン空間:
- 男性的空間: コーヒーハウス、後のコーヒーバーは主に男性の社交・商談の場
- 女性的空間: ティールームとカフェテリアの発達、「適切な」女性のための公共空間として機能
- 家庭的消費: 家庭でのコーヒー・茶の準備は主に女性の役割とされた
抵抗と適応の戦略:
- 宗教的反対: クエーカー教徒などによるカフェイン禁止運動
- 禁欲と過剰のサイクル: 労働時の過剰摂取と宗教的/健康的断食の交替
- 民俗医療: 疲労や「弱い神経」の治療としてのカフェイン使用の民間知識
このように、カフェイン消費は単に産業的時間規律に従属したわけではなく、それを交渉し、時に抵抗し、時に転用するための戦略としても機能した。例えば、労働者による「コーヒーブレイク」の要求は、産業的時間の流れの中に「人間の時間」を確保する闘争の一部であった。
このような観点から見ると、カフェイン文化と産業的時間規律の関係は単純な因果関係ではなく、複雑な相互構成の過程として理解すべきである。カフェインが新たな時間規律を可能にすると同時に、その時間規律がカフェイン消費の特定のパターンを形作るという双方向的関係が存在していたのである。
参考文献
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Hochschild A. 1997. The time bind: When work becomes home and home becomes work. Metropolitan Books.
Libert S, Pointer K, Bell EL, Das A, Cohen DE, Asara JM, Kapur K, Bergmann S, Preisig M, Otowa T, Kendler KS, Chen X, Hettema JM, van den Oord EJ, Rubio JP, Guarente L. 2011. SIRT1 activates MAO-A in the brain to mediate anxiety and exploratory drive. Cell, 147(7):1459-1472.
Thompson EP. 1967. Time, work-discipline, and industrial capitalism. Past & Present, 38:56-97.
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