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電子鼻が茶葉を判定?95%精度の品質評価システムが茶業界に革命

現代の紅茶製造技術—伝統と革新の交差点における技術革新

第5部:品質と効率を両立させる製茶技術の進化

紅茶製造は数世紀にわたる伝統技術と現代の科学技術が独特に融合した領域である。生鮮茶葉から香り高い紅茶へと変換するプロセスは、外見上は単純に見えるかもしれないが、実際には複雑な生化学的反応と精密な工程制御の連続であることが明らかになっている。本稿では、伝統的な紅茶製造方法から最新の技術革新まで、製茶技術の歴史的発展と現代的課題を検証する。特に、品質と効率を両立させるための技術的取り組み、持続可能性への挑戦、そして職人技と機械化の最適なバランスについて考察を深める。

 

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1. 紅茶製造の基本工程:伝統から現代へ

紅茶製造は基本的に「萎凋」「揉捻」「発酵(酸化)」「乾燥」という4つの主要工程から成る。これらの基本工程は数世紀にわたって維持されてきたが、その実行方法は劇的に変化している。

a) 萎凋(ウィザリング)技術の発展

萎凋は収穫された新鮮な茶葉の水分含有量を減少させ、柔軟性を高める工程である。伝統的には、茶葉を薄く広げたトロリー(萎凋ラック)に載せ、自然風と室温で12-18時間かけて行われていた。

現代では、複数の研究により、環境制御された萎凋室や機械的萎凋装置の開発が進んでいる。興味深いことに、実験的条件下では温度(20-25℃)の精密制御により、品質の安定化と萎凋時間の短縮が実現されている。これらの知見から、茶葉の適切な萎凋度を判定するための科学的手法として、近赤外分光法(NIRS)を用いた水分含有量のリアルタイムモニタリングや、画像認識技術を用いた萎凋度の自動評価システムが実用化されつつある。

萎凋プロセスにおける生化学的変化は、単なる物理的な水分除去を超えた複雑な現象である。萎凋中には、タンパク質の分解によるアミノ酸の生成、カロテノイドの分解による香気成分の形成、そしてポリフェノール酸化酵素(PPO)活性の変化が並行して進行することが確認されている。これらの研究により、萎凋は紅茶品質形成の基盤となる工程であることが実証されている。

b) 揉捻工程の機械化と革新

揉捻工程は茶葉の細胞構造を破壊し、細胞内酵素と基質を接触させる目的で行われる。伝統的には手作業や単純な機械的揉捻機が使用されてきたが、現代では精密制御技術の導入により飛躍的な進歩を遂げている。

現代の揉捻技術で最も広く使用されているのは、1880年代に開発されたジャクソン揉捻機の改良型である。近年の技術革新として注目されるのは、揉捻圧力と揉捻時間の精密制御が可能な電子制御式揉捻機である。これらの装置では、茶葉の品種や萎凋度に応じて最適な揉捻条件を選択することが可能となり、品質の安定化と省エネルギー化が実現されている。

注目すべきは、超音波技術の応用分野における進展である。ただし、記事で言及されていた「超音波補助揉捻技術」については、現在の学術文献では確認できない概念である。実際に研究が進んでいるのは、茶成分の「抽出」における超音波支援技術(Ultrasound-Assisted Extraction)であり、これは製造工程ではなく成分分析や機能性成分の抽出に用いられている技術として理解される。

c) 発酵(酸化)工程の科学的管理

発酵工程は紅茶製造の核心であり、カテキン類がテアフラビンやテアルビジンに変化する酵素的酸化反応が進行する段階である。この工程こそが、緑茶と紅茶を決定的に分ける重要なプロセスであることが明らかになっている。

伝統的には、揉捻した茶葉を薄く広げた発酵ベッドで、室温(22-28℃)と高湿度(90-95%)の条件下で2-3時間発酵させる方法が一般的であった。現代の発酵室では、相対湿度95-98%、温度20-26℃での精密な環境制御が可能となっている。これらの条件下で、テアフラビン/テアルビジン比率の最適化が達成されることが実験的に確認されている。

発酵工程の革新的技術として実用化が進んでいるのは、近赤外分光法(NIR)を用いた発酵進行度のリアルタイムモニタリングである。この技術により、発酵の終点を客観的に判断し、過発酵や発酵不足を防ぐことが可能となった。さらに、電子鼻技術(E-nose)を用いた発酵香気成分のモニタリングシステムの開発も進んでおり、香りの変化に基づいた発酵制御の実現が期待されている。

d) 乾燥技術と品質保持

乾燥工程は発酵を停止させ、水分含有量を3-4%まで減少させることで紅茶の保存性を高める目的で行われる。この工程は、生化学的変化を完全に停止させる重要な役割を担っている。

伝統的には単純な熱風乾燥機が使用されてきたが、現代では様々な革新的乾燥技術が開発されている。最新の技術として確立されているのは、流動床乾燥機(FBD)である。この方式では茶葉を浮遊させながら熱風で乾燥させることで、均一な乾燥と高いエネルギー効率を実現している。

従来の熱風乾燥と赤外線加熱を組み合わせる手法により、乾燥時間の短縮とエネルギー消費の削減が可能となっている。二段階乾燥システムでは、最初に高温(90-95℃)で短時間乾燥し、次に低温(70-80℃)でゆっくり乾燥する方法が採用されており、これによりメイラード反応による香気成分形成を促進しつつ、香気成分の過剰な揮発を防止している。

乾燥後の品質保持技術も飛躍的に進歩している。特に窒素充填パッケージング(酸素濃度0.1%以下)の採用により、紅茶の賞味期間が従来の1年程度から2年以上に延長されることが実証されている。最新の研究では、エチレンスカベンジャーや脱酸素剤を組み込んだアクティブパッケージングの開発も進んでいる。

2. CTC製法とオーソドックス製法:異なる製造アプローチの比較

紅茶製造には大きく分けて2つの製法が存在する:伝統的なオーソドックス製法と、現代的なCTC(Crush-Tear-Curl)製法である。両者は単なる製造方法の違いを超えて、異なる茶文化と消費パターンを反映している。

a) CTC製法の開発と特性

CTC製法は1930年代に開発され、特に第二次世界大戦後に普及した比較的新しい製法である。この方法では、萎凋後の茶葉を特殊な回転ローラーに通し、一度の工程で細かく粉砕・裁断・巻縮させる。

CTC製法の主な特徴は、高い生産効率にある。毎分60-100kgの処理能力があり、オーソドックス製法と比較して3-4倍の処理速度を実現している。細かい粒度(1-2mm)により、ティーバッグ用として理想的な特性を持つ。細かく粉砕された茶葉は表面積が大きく、発酵時間が短縮される(通常60-90分)。

化学的組成の面では、CTC紅茶は研究により12-18%程度のテアルビジン含有量を示すことが報告されており、テアフラビン/テアルビジン比率が低い(0.1-0.2)ことが特徴として挙げられる。これが、CTC紅茶の濃厚な色合いと力強い風味の化学的基盤となっている。

b) オーソドックス製法の特徴と復興

オーソドックス製法は伝統的な紅茶製造方法で、萎凋した茶葉を揉捻機で徐々に揉み込み、より大きな葉片(5-10mm)を残す製法である。この手法は、単に古い方法というだけでなく、独特の品質特性を生み出す製法として再評価されている。

オーソドックス製法の特徴として確認されているのは、複雑な香気プロファイルの形成である。細胞破壊が緩やかで不均一なため、様々な酵素反応が並行して進行し、より複雑な香気成分のプロファイルが形成される。適切な条件下では、テアフラビン含有量(1.5-2.5%)とテアフラビン/テアルビジン比率(0.3-0.6)が高くなり、明るい色調と爽やかな風味をもたらすことが実証されている。

現代では、オーソドックス製法の非効率性を克服するための技術革新も進んでいる。特に注目されるのが、Rotovane(回転式揉捻機)やLTP(Lawrie Tea Processor)などの半機械化システムである。これらの装置は伝統的な揉捻の特性を維持しつつ、処理能力を向上させている。

c) 両製法のハイブリッド化と最適化

近年の興味深い傾向として、CTC製法とオーソドックス製法の長所を組み合わせたハイブリッドアプローチの開発が進んでいる。「オーソ-ロト」方式と呼ばれるハイブリッドプロセスでは、伝統的な揉捻機での初期処理後、Rotovaneでの二次処理を行う。この方法により、複雑な香りとCTC紅茶の強い色・風味の両方の特性を持つ紅茶の生産が可能となっている。

3. 持続可能な紅茶生産のための革新

紅茶産業は気候変動、資源制約、消費者の環境意識の高まりなど、様々な持続可能性の課題に直面している。これらの課題に対応するための技術革新と実践が急速に発展している。

a) エネルギー効率と再生可能エネルギーの利用

紅茶製造は、特に萎凋と乾燥工程で大量のエネルギーを消費する。一般的な紅茶工場では、全エネルギー消費の約60-70%が熱エネルギー(主に化石燃料)で、残りが電力であることが調査により明らかになっている。

エネルギー効率向上のための革新的技術として、以下の手法が実装されている:

熱回収システムの導入により、乾燥機の排気熱を回収し、萎凋室の加熱に再利用するヒートポンプシステムが開発されている。この技術により、エネルギー消費の大幅な削減が実現されている。

太陽熱とバイオマスの統合システムでは、太陽熱集熱器と茶葉の廃棄物(枝や剪定枝)を利用したバイオマスボイラーを組み合わせたシステムが導入されている。スリランカやケニアの一部の茶園では、この方式により化石燃料依存度を大幅に削減した事例が報告されている。

変動制御技術として、負荷に応じてファン速度や熱供給を自動調整するインバーター技術の導入により、電力消費の削減が実現されている。

b) 水資源の保全と廃水管理

紅茶製造には、特に洗浄工程で大量の水が使用される。伝統的な製茶工場では1kgの紅茶生産に相当量の水が消費されていたが、革新的な水資源保全技術の開発により、この状況は改善されつつある。

クローズドループ水システムでは、使用済み水を処理して工場内で再利用するシステムが開発されている。最新の膜ろ過技術を用いることで、水消費量の大幅な削減が可能となっている。

乾式洗浄技術として、圧縮空気と静電気を利用した洗浄システムの導入により、特定の工程では水使用量をゼロにすることが可能となっている。

バイオリメディエーションでは、茶ポリフェノール分解能を持つ特定の微生物を用いた自然浄化システムにより、廃水処理コストを削減しつつ環境負荷を低減している。

c) 精密農業と茶園管理のデジタル化

茶葉栽培の持続可能性を高めるために、精密農業技術の応用が急速に進んでいる。以下の技術が特に注目されている:

ドローンとリモートセンシングにより、多分光カメラを搭載したドローンによる茶園のモニタリングが実現し、病害虫の早期発見や施肥の最適化が可能となっている。インドのダージリン地方では、この技術により農薬使用量の削減が実現された事例が報告されている。

IoTセンサーネットワークでは、土壌水分、気温、葉面湿度などをリアルタイムでモニタリングするセンサーネットワークの展開により、灌漑の精密制御が可能となり、水使用効率が向上している。

AI予測モデルとして、気象データと生育データを組み合わせた機械学習モデルによる収穫最適時期の予測により、労働効率が向上し、最適な品質の茶葉を収穫することが可能となっている。

ブロックチェーン技術の導入により、生産から消費までのサプライチェーン全体を追跡するシステムが開発され、持続可能な生産方法の透明性確保と価値の適正分配が促進されている。

4. 伝統的燻製紅茶と現代的安全基準の両立

伝統的な燻製紅茶(特に中国のラプサンスーチョンやキームン)は、特有の香りと風味が魅力だが、現代的な食品安全基準との両立が重要な課題となっている。特に、燻製過程で生成される多環芳香族炭化水素(PAH)の含有量について、安全性の観点から注意深い検討が必要である。

a) 伝統的燻製技術と現代的課題

ラプサンスーチョン(正山小種)は中国福建省武夷山地域の伝統的紅茶で、松の木で直接燻製することで独特のスモーキーな香りを持つ。同様に、キームン(祁門)紅茶も松脂の煙を用いた乾燥工程を経る。

研究によれば、伝統的手法で製造された燻製紅茶には、発がん性を持つベンゾ[a]ピレンなどのPAH類が含まれている場合がある。食品安全の観点から、これらの化合物の含有量について継続的な監視が行われている。

b) 安全性と風味を両立させる革新的燻製技術

この課題に対応するため、伝統的風味特性を維持しつつPAH含有量を低減する新しい燻製技術が開発されている。革新的アプローチとしては:

間接燻製システムでは、燃焼室と燻製室を分離し、煙を水フィルターで冷却・ろ過した後に茶葉に接触させる方式が開発されている。これにより、PAH含有量を大幅に削減しつつ、スモーキーな香りを維持することが可能となっている。

液体スモークエッセンスとして、木材を低酸素条件下で高温分解して得られる液体スモークエッセンスを用いた処理方法が開発されている。この方法では、PAH類が除去された安全なスモーク成分のみを茶葉に付与できる。

精密温度制御燻製では、燻製温度を350℃以下に厳密に管理することで、PAH生成を最小限に抑えつつ、望ましい香気成分の生成を促進する方法が確立されている。

これらの技術革新により、食品安全基準を満たしながら伝統的な風味を保持した燻製紅茶の生産が可能になりつつある。改良型間接燻製システムで製造されたラプサンスーチョンでは、PAH含有量が大幅に低減されることが実証されている。

5. 品種改良と遺伝子技術の応用

紅茶品質の向上と持続可能性の強化には、茶樹自体の品種改良も重要な要素である。特に近年の分子生物学的技術の発展により、従来の交配育種に加えて新たな可能性が開かれつつある。

a) 伝統的育種と近代的アプローチ

伝統的な茶樹育種は、望ましい特性を持つ個体間の交配と選抜に基づいており、新品種の開発には15-20年の年月を要する。紅茶用品種の育種目標としては以下が重要視されてきた:

高いポリフェノール含有量(紅茶品質の基礎となるカテキン類の高含有量)、発酵適性(PPOやPOD活性が高く、効率的なテアフラビン生成が可能)、高い収量性(単位面積あたりの生産量の向上)、そして病害虫抵抗性(特にブリスターブライト病やヘミレヤさび病への抵抗性)である。

近年の分子マーカー支援選抜(MAS)技術により、望ましい遺伝子型を持つ個体の早期選抜が可能となり、育種プロセスが10-12年程度に短縮されている。特に、カテキン含有量やPPO活性に関連するQTL(量的形質遺伝子座)の同定により、紅茶品質に直接関連する形質の選抜効率が向上している。

b) ゲノム編集と将来の可能性

2017年に茶樹(Camellia sinensis)の全ゲノム解読が完了し、ゲノム編集技術の適用が現実的になりつつある。特に期待されている応用領域としては:

F3’5’H遺伝子の最適化では、エピガロカテキンガレート(EGCG)の生合成に関わる鍵酵素をコードする遺伝子の調整により、テアフラビン前駆体の含有量を増加させる可能性が検討されている。

病害抵抗性遺伝子の強化として、主要病害に対する抵抗性遺伝子の導入または強化により、農薬使用の削減と生産安定性の向上が期待される。

乾燥耐性の向上では、気候変動に対応するため、乾燥耐性関連遺伝子(特にアクアポリン遺伝子群)の最適化が研究されている。

ただし、遺伝子編集茶樹の商業的利用には、消費者受容性や規制上の課題など、技術的な課題以外の側面も慎重に考慮する必要がある。

6. 紅茶製造における品質評価と制御の新技術

最終製品の品質保証は紅茶産業の重要課題である。従来は熟練したティーテイスターによる官能評価が主流であったが、現在では科学的分析手法と人工知能を組み合わせた新たな品質評価・制御システムが発展している。

a) センサー技術と機械学習の統合

近年、電子鼻(E-nose)、電子舌(E-tongue)、コンピュータビジョンなどの先端センサー技術と機械学習を組み合わせた品質評価システムが実用化されている。

電子鼻と電子舌の応答データを融合した機械学習モデルにより、ダージリン紅茶の品質等級を95%以上の精度で予測することが達成されている。同様に、電子舌技術を用いて、異なる産地の紅茶を高精度で識別するシステムが開発されている。

特に革新的なのは、これらのセンサー技術を製造ラインに統合し、リアルタイムで品質をモニタリングする試みである。発酵工程中のテアフラビン/テアルビジン比率をNIRでモニタリングし、その結果に基づいて発酵条件を自動調整するフィードバック制御システムが開発され、品質の一貫性が大幅に向上することが示されている。

b) 分子マーカーに基づく品質評価

最新の分析化学的アプローチでは、特定の分子マーカーの定量により品質を客観的に評価する方法が発展している。

GC-MSを用いた紅茶の香気成分プロファイリングと機械学習を組み合わせ、紅茶の品質と産地を高精度で予測するモデルが開発されている。特に、リナロールオキシド、ゲラニオール、フェニルエタノールなどの特定の揮発性化合物の濃度パターンが、紅茶品質と強い相関を示すことが明らかになっている。

同様に、HPLCを用いたテアフラビン異性体の詳細なプロファイリングにより、紅茶の品質を客観的に評価する方法が開発されている。特に、テアフラビン-3,3′-ジガレート(TF3)の濃度が高品質紅茶の重要な指標であることが実証されている。

c) 非破壊検査と画像認識技術

紅茶の外観特性(色、粒度、均一性など)も重要な品質指標である。これらの評価には、コンピュータビジョンと画像解析技術の応用が進んでいる。

深層学習(ディープラーニング)を用いた画像認識システムにより、紅茶の等級を96%以上の精度で自動分類できることが実証されている。このシステムでは、茶葉の色調、形状、大きさ、均一性などの複数の特徴を同時に評価し、熟練評価者の判断を模倣することができる。

また、高速ハイパースペクトルイメージング技術の応用も注目されている。この技術では、紅茶サンプルの可視光から近赤外領域までの反射スペクトルを空間的に測定することで、成分分布の不均一性までも評価することが可能になっている。

7. 現代的紅茶製品の多様化と技術革新

消費者ニーズの多様化に応じて、紅茶製品自体も進化している。特に、即席紅茶、機能性強化紅茶、フレーバーティーなどの新しいカテゴリーの開発が活発化している。

a) 即席紅茶技術の進化

即席紅茶(インスタントティー)は、溶解性と風味保持の両立が技術的課題であったが、現代の革新的技術により画期的な改善が実現されている。

超臨界CO₂抽出では、高圧CO₂を用いて茶葉から風味成分を選択的に抽出し、水溶性成分と組み合わせる技術が開発されている。従来の熱水抽出と比較して、香気成分の保持率が大幅に向上している。

マイクロカプセル化技術により、揮発性香気成分をシクロデキストリンやマルトデキストリンなどのキャリアでカプセル化し、保存安定性と放出制御を実現している。この技術により、お湯を加えた際の香りの放出タイミングを最適化することが可能となっている。

凍結乾燥最適化では、アンチアグロメラント(凝集防止剤)の選択と凍結乾燥条件の最適化により、溶解性と風味保持を両立している。最新の技術では、-50℃以下の超低温凍結と真空度の精密制御により、熱感受性成分の劣化を最小限に抑えている。

b) 機能性強化紅茶の開発

特定の健康効果を強化した機能性紅茶の開発も進んでいる。主な開発アプローチとしては:

生体利用能強化では、テアフラビンやL-テアニンなどの生理活性成分の生体利用能を高めるための技術開発が行われている。例えば、リポソーム化やナノ乳化技術により、脂溶性成分の吸収率を大幅に向上させることが可能となっている。

プロバイオティクス統合として、特定の乳酸菌株を紅茶と組み合わせることで、腸内環境改善効果を強化した製品が開発されている。特に、紅茶ポリフェノールがプレバイオティクスとして機能し、特定のプロバイオティクス菌の成長を選択的に促進することが見出されている。

生物変換技術では、特定の酵素や微生物を用いて紅茶成分を生物学的に変換し、機能性を高める方法が実用化されている。例えば、β-グルコシダーゼ処理によりカテキン配糖体を加水分解し、生理活性を高める技術が確立されている。

c) フレーバーティー技術の革新

フレーバーティーの製造技術も大幅に進化している。現代のフレーバーティー技術として注目されているのは:

分子蒸留香料では、特定の温度・圧力条件下で天然素材から香気成分を選択的に蒸留する技術により、天然の香りプロファイルを忠実に再現することが可能になっている。

反応風味技術(RFT)として、特定の前駆体を紅茶に添加し、抽出時の温度や pH 条件下で化学反応を起こさせ、フレッシュな香りを生成する技術が開発されている。これにより、保存中の香りの劣化問題を克服できる。

コントロールドリリース技術では、温度、時間、pH などの条件に応じて香料を徐々に放出する技術が確立されている。例えば、低温では緑茶様の香り、高温では花様の香りが放出されるデュアルフレーバーティーなどが開発されている。

8. 結論:紅茶製造の未来展望

紅茶製造技術は、数世紀にわたる伝統的知識と最新の科学技術が融合する独特の領域として発展を続けている。現代の紅茶産業が直面する主要な課題は、品質と効率の両立、持続可能性の確保、そして多様化する消費者ニーズへの対応である。

これらの課題に対応するための技術革新は、製造プロセスの各段階で急速に進展している。近赤外分光法や電子鼻などのセンサー技術、精密制御システム、バイオテクノロジー、人工知能など、多様な先端技術の統合により、紅茶製造の未来像が形作られつつある。

特に注目すべきは、「伝統と革新の交差点」という概念で理解できる現象である。伝統的な知識と技術の価値を認識しつつ、それを現代科学で強化・最適化するアプローチが、紅茶産業の持続的発展の鍵となっている。例えば、熟練工の経験的知識を AI システムが学習し、職人技と機械化の最良の組み合わせを模索する試みは、産業全体のモデルケースとして機能している。

今後数十年の間に、気候変動への適応、資源効率の向上、消費者ニーズの変化など、紅茶産業はさらなる挑戦に直面するだろう。しかし、適切な技術革新と伝統的価値の尊重のバランスを取ることで、紅茶はこれからも世界中の人々に愛される飲料であり続けるだろう。

興味深いことに、この技術進歩の過程で明らかになったのは、最新技術と伝統的手法の融合が、単なる効率向上を超えて、新たな品質次元の創出につながるという事実である。これは、他の伝統産業にとっても重要な示唆を提供する現象として理解できる。

 

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参考文献

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